表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/20

第四話『狐の嫁入り』

俺たちが起こした本当の奇跡、それを一から説明しようとなると、結構時間がかかる。


「いいからおいらに説明してみろって」

「和文に理解できるかどうかわからないけど、まあ、いいか」

「よし、望むところだ!」

前回のあらすじというと、天音が『霧』のかかった日に、家の窓から川に小舟が浮かんでいるのを見た。しかし、それを俺に報告した時には『霧』は晴れ、小舟は浮かんでいなかった。

「で、幼馴染が見たものを証明するために、俺はわざわざそいつの家に泊まって『天気』を操って同じ状況を作り上げたんだ」

「傑も苦労してんなー。おいらには耐えられねえよ」

「まあ、力の練習にもなるし、そこは特に気にしてない」

同じ状況、具体的に言うと、『霧』の発生条件として直前に『雨』が降らせ、自然発生してくれればよかったのだが、さすがにそこまでの奇跡は起きなかったため、俺が春の『霧』、『霞』を発生させた。

「とりあえず、上手くいったってことだな」

「ああ、小舟も実際見えたしな」

「じゃあ、川に浮かんでたのか?」

俺と天音は河川敷に確認に行ったが、俺の力の有効範囲に届いておらず、河川敷の少し前の時点で『霧』は晴れていた。そして、小舟の代わりに浮かんでいたものは、ボート部が使っていた水上フラッグだった。

「詳しくは説明しないが、俺たちは幻影、『蜃気楼』を見ていたんだ」

「しんきろう? うーん、よく分かんないけど、小舟じゃなかったんだな。それで、結局何が奇跡なんだ?」

「ああ、それはな……」

俺は『天気』を操り、奇跡を無理やり作り出した。しかし、天音が最初に見た蜃気楼もまた、俺の力が関係していたのである。

「傑、あの日何かしたのか?」

「ほら、特訓で見せた『狐の嫁入り』だ」

「そういえば、『雨』降らせてたっけ」

あの日、『晴れ』に『雨』を降らせた。『狐の嫁入り』が晴れた後、それは『曇り』となり、翌朝に『霧』が自然発生した。そしてその範囲は、意図せず証明の日と被っていたのだ。

「理解できたか?」

「お、おう! 分からん!」

「そうだろうと思ったよ」

つまり、俺が『狐の嫁入り』を発生させなければ『霧』は起きず、天音が小舟を見ることはなかった。仮に『霧』が起きていたとして、力の範囲が河川敷まで及んでいれば、『蜃気楼』が起きることはなかった。まず、ここまでで奇跡が起きている。

「おお! なんかすげえ!」

「まだあるぞ」

その奇跡が起きた上で、『蜃気楼』だと分かる前にこれと全く同じようにするのは、力を使ったとしても至難の業だったというわけで、今回の事は全て偶然が引き起こした本当の奇跡だったのだ。

「奇跡って難しいんだなあ」

「ふう、俺も説明し疲れたよ」

「今日は特訓終了ってことで!」

都合のいい奴め、そんな呑気な事を言っていると、ろくなことにならないぞ。

「おやあ? そんな簡単に終わらせていいと思っているのかい?」

俺たちの後ろで目を光らせていたのは、京子さんだった。

「ね、姐さん! これはかくかくしかじかで……」

「和文、諦めるんだ」

「あたいが良いと言うまで終わらせないよ!」

ほーら、言わんこっちゃない。

俺たちは夜までしっかり特訓する羽目になった。


翌日、疲労が限界を迎えようとしていた。

「傑、今日は一段と静かじゃん」

「俺は天音と違ってなあ、やることも考えることもいっぱいあるんだよ」

「またそういう言い方する」

天音は機嫌が悪そうだ。

「そっちこそ、楽しい話の一つでも出したらどうだ?」

「そんなこと言ってられないよお。だって、来週から……」

「自己診断テスト、だもんな」

学生の本分と言えば、もちろん勉強。俺はともかく、天音が苦手中の苦手とすることだ。

「いーやーだー! もう勉強したくないよー!」

「いい歳して駄々をこねるな。今まで学んできたことが、そのままテストで出るだけじゃないか」

「嘘だ! 絶対難しくしてるに決まってるもん……」

そもそも天音は勉強をしていないことが問題なのだが。

「はあ、もう三年目だぞ? 毎回遊び呆けているからそんなことになるんだ」

「じゃあ、一緒に勉強して」

「今更かよ。いつも俺から誘ってるのに、その都度「大丈夫」って言って断るのは、どこのどいつだ」

天音の両親はどう思っているのか。こんな勉強嫌いの娘をもって、さぞかし苦労していることだろう。

「お母さんもお父さんも、「勉強以外にも道はある」って言うから甘えちゃうんだ!」

それは、『勉強しなくていい』という意味では絶対にないと思う。

「分かった。今回はそうならないように、俺がずっとそばで勉強見てやる。それなら文句ないだろ?」

「ってことは、またお泊り?」

「いや、泊まるとまでは言ってない」

天音は頬を膨らませ、また不機嫌そうにする。この顔を見るたびに、仕方ないなあ、と思ってしまう俺も俺でおかしいのかもしれない。

「分かったから、そんな顔するなよ……。俺も鬼じゃないからな、テスト週間が終わるまで泊まりでいい」

「やったー! じゃあ、今日一緒に帰るってことで!」

「はあ、了解」

ただ、テスト週間に泊まりで勉強漬けになるだけだ。いかがわしいことは何一つないし、力を使うようなことは起きないだろう。多分。


あー、あれからどれだけ時間が経っただろうか。勉強って、詰め込むもんじゃないと改めて実感している、今日この頃。

「すーぐーるー。お腹空いたー」

「いいからその計算式を解け」

「やだー、お腹が空いて力が出なーい」

聞き覚えのあるフレーズを口ずさんでいる天音。いや、分かってはいたんだ。期待した俺が悪い。

「なあ、今日の朝に話したこと、覚えてるよな?」

「うん! テストが終わるまでお泊りパーティー!」

「違うだろ! 何を聞いてたんだお前は!」

驚くかもしれないが、実際あれから一日も経っていない。ありえないほどに時間が止まって感じるし、天音の勉強は一ミリも進んでいない。

「傑が怒ったあ、やだあ」

またあの顔だ。「私、不機嫌ですけど」っていう顔。

「分かった! 何が食べたいんだ? 急いで買ってくるから言え。その代わり、絶対にその計算式だけは解いてもらうからな」

「えー、うーん、仕方ないかあ」

仕方ないのはこっちだ……!

「ほら、早く」

「傑の手料理が食べたい」

「……は?」

何だろう、和文のタイムストップを受けた時のような感覚になった。

「だから、傑の手料理が食べたいんだってば」

「え? 本気で言ってる? 冗談じゃなくて?」

信じられない、どうしよう、頭に情報が入ってくれない。

「冗談でこんなこと言わないよー」

こいつは酒でも飲んだのか? それぐらい、天音はふざけた調子でけらけらと笑っている。

「面倒だから却下だ」

「じゃあ、勉強しない」

「それは話が違うだろ……」

これは埒が明かない。また頬を膨らましてやがる。まあ、でも、俺も腹減って来たな……。

「何作ってくれるの?」

「はあ、俺も腹が減ってるから作るんだからな! 炒飯が無難かな」

「炒飯! 楽しみ!」

なんか、家庭教師として来たのに、家政婦として働かされてます、みたいな、そんな理不尽を今受けている。


文句を言いつつ、俺は炒飯を作り終えた。

「いっただっきまーす!」

「いただきます」

うん、即席にしてはよくできている。自分で言うのもなんだが、美味い。

「美味しい!」

「それなら良かったよ。さあ、食べ終わったら、分かってるだろうな?」

「うう、ちゃんとやるってばあ」

炒飯を食べ終わり、天音の勉強は何気に捗っていた。

「今日はこの辺にしとくか。明日も学校がある」

「やっと終わった……」

捗っていたと言っても、数学しか進んでいない。

「明日は現代文だ。それが嫌なら、英語か地理だな」

「全部嫌い。とりあえずもう寝る!」

逆に好きな教科なんてあるのか。

「俺はちょっと外の空気を吸ってくるよ。大人しく寝ろよ」

「分かってるー」

天音はベッドに倒れこんだ。その瞬間、すーすーと寝息を立て始めた。

「早すぎだろ……」

俺は寝てしまった天音に布団を掛け、散歩に出かけた。


夜に出かけるのは、昔からよくあることだった。

「あれ、傑じゃん」

「和文?」

月明かりが照らす、神社の境内でばったり、和文と出会った。

「何してんだ?」

「散歩」

「丁度いい、今日は特訓してなかったから、今からやろうぜ」

俺の苦労も知らず、おめでたい奴だ。

「じゃあ、和文から先にどうぞ」

「いいのか? 今回のは特にすげーからな! 手伝ってくれ」

「何をすればいいんだ?」

和文は俺に、その辺に落ちている石を投げるように指示をした。

「しっかりおいらを狙えよ?」

「ああ、当ててやるよ……!」

「来い!」

和文が両手でそれぞれOKサインを作り、Oの部分を前後で重ねる。俺は和文に向かって、小さい石を思いきり投げつけた。

「ピンポイント・タイムストップ!」

「お、おお?」

「どうだ、すげーだろ」

石が空中で見事に止まっている。自慢気の和文に、ちょっとだけ腹が立つのはなぜだろう。

「それ、いつまで続くんだよ」

「え、それは分かんねえけど、解除なら出来るぞ」

「ちょっと待て、そのまま解除したら……」

和文が指をパチンと鳴らす。投げた時と同じ速度で動き出した石は、思いきり和文の眉間にヒットした。相当痛かったようで、その場にうずくまる和文。

「痛ってー……」

「言わんこっちゃない」

「つ、次は傑の番だぞ……」

痛そうな和文を横目に、俺が見せるのは、ちょっとした言い換えみたいなものだ。

俺は両手を組み、静かに祈る。

(おぼろ)

神社の境内に『霧』がかかり始めた。

「これ、あの時と同じ……『霞』か?」

「この前、夜に『霞』を試したら出なかったんだよ。それで色々やってみた結果がこれだ」

春の『霧』のことを『霞』、そのうち夜に出るものは『朧』という。

「へえ、頑張ってんのな」

「和文こそ、よくやってるじゃないか」

ちなみに、『朧』は『霞』と同様、直前に『雨』が降っていたことが条件だ。

「なんか、夜の方が綺麗だな」

「朧月夜なんて言葉もあるくらいだからな。それが一つの情景として成り立つのさ」

これで少しは疲れもとれただろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ