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第二話『催花雨』

ある歓楽街で面倒事に巻き込まれてしまった俺、佐藤傑は、和風BAR『KO-RO』のママである三船京子に頼まれ、弟子の桐谷和文も一緒に、命がけのお願いを聞くことになってしまった。


「傑? 聞いてるの?」

「え、あ、ごめん……聞いてなかった。何の話だっけ」

今は高校の休み時間、隣にいる黒髪ポニーテールは幼馴染の伊豆天音(いずあまね)だ。実に幼稚園からの腐れ縁で、家族ぐるみで付き合いがある。

「ひどい、近くにパンケーキ屋さんできたから行こうって話だよ」

「パンケーキなんて家で生地焼いてバターとはちみつかけて食べりゃ、どれも一緒だろ」

「何もわかってない! 焼き加減とかトッピングとか、あと見た目とか。色々あるんだからね!」

俺は甘い物が苦手だ。その理由は、おおむね天音のせいなのだが、本人は覚えていないらしい。

「他の奴と行けよ。ほら、友達いんだろ」

「傑とがいいの! 最近付き合い悪いじゃん」

「俺は、その、用事があんだよ」

用事とは、もちろん『神の力』の特訓である。

「何、私よりその用事の方が大事だって言うの?」

「恋人でもないのに、彼女みたいなこと言うなよ。そんなんだから彼氏ができないんじゃないのか?」

「余計なお世話です!」

天音は怒って自分の席に戻ってしまった。今は天音に構っている暇はないんだ、ごめんよ。


歓楽街、和風BAR『KO-RO』、裏庭。

「傑! これ見ろよ」

和文がわざとコップを倒し、中に入っていた水をまき散らす。そして、『時間』の力を使って、元の状態に戻した。

「すげーだろ」

「ああ、すごいすごい」

俺は適当に褒める。

「だろ? やっぱおいらの能力は強いんだよなー」

「なるほど、和文がそこまでバカだとは思わなかったよ」

「なんだと!」

こいつはダメだ。多分嫌みとか通じないんだろうな。純粋な子供の相手をしている気分になる。

「じゃあ、俺のも見てけよ」

「おう、やってみろよ」

俺は両手を組み、静かに祈る。今の天気は『晴れ』だ。

「狐の嫁入り」

何の前触れもなく、『雨』が降り始めた。

「おお? 普通の雲から雨?」

「これで雨雲を出現させるよりも早く雨を降らせることが出来るし、通常の雨よりも早く止むんだ」

ちなみに、『晴れ』でなければ『狐の嫁入り』は使えない。

「これ意味あんのか? てか、雨降らせるなら言えよ。びしょ濡れじゃねえか」

「意味は、今は分からない。何か役に立つ時が来るかもしれないだろ? びしょ濡れなのは俺も同じだ。許せ」

「あんたら何やってんだい。お風呂沸かしたから、入ってきな。雨が止んだら、また再開すればいいだろう?」

俺たちは京子さんの言葉に甘え、風呂に入ることにした。

「おいらが先な!」

「勝手にしろ」

和文が先に風呂に入っている間、俺は『狐の嫁入り』を見つめていた。

「そんなところにいたら、風邪をひくよ」

「京子さん、俺は、本当に役に立つのか?」

二人並んで、会話を始める。

「そんなこと、今は気にしなくていいのさ。あたいにもそんな時期があったから」

「結局、京子さんの目的は何なんだ?」

「やけに質問ばかりしてくるじゃないか。そうだねえ、敵討ちだよ」

敵討ちなんて、江戸時代が舞台のドラマか何かだろうか。

「まだ、話してくれないんだな」

「その割に、傑は協力してくれるんだねえ。あたいはそこが不思議でならないよ」

確かに、どうして俺は京子さんの命がけのお願いに付き合っているのだろう。

「俺も不思議だ。和文みたいに、何かしら理由でもあれば良かったのかもしれないが」

「傑は、『クロネコ』って聞いたことあるかい?」

急に話題を変えてきた。黒猫……?

「それは、動物の?」

「いや、知らないならいいのさ」

意味深な言葉を浮かべ、京子さんは店の中に戻っていった。


俺が風呂に入り終えた時には、とっくに雨は止んでいた。

「桜が咲いてる」

先に外に出ていた和文は、驚いたように桜を見つめていた。

「春に桜は咲くだろ」

「いや、違うんだよ。この前まで全く咲く気配なんてなかったし、ニュースの開花予想すらまだなんだぞ?」

言われてみればそうだ。しかも、咲いているのはこの辺りの桜の木だけ。

「ああ、それは『催花雨』の効果だろうねえ」

京子さんがふいに呟いた。

「『催花雨』は開花を促す雨と言われていてね、傑があの時降らせた『催花雨』が作用して、この辺の桜だけが先に咲いたんだろうさ」

俺は『種類』を知っているだけで、『意味』までは考えていなかった。

「じゃあ傑は、はなさかじいさんってことか?」

「意味分からんことを言うな」

「ふふ、そうかもしれないねえ」

会話が弾んでいく。俺の力が、こんな形で役に立つとは思いもしなかった。いや、そういえば俺の周りの花は咲く時期が早かった気がする。


幼い頃の俺は、よく『雨』を願う子だった。

「運動会なんて、なくなっちゃえばいいんだ」

そう願えば、運動会当日に『雨』が降った。

「あら、おかしいわね。昨日の予報は晴れだったのに。傑、今日はお母さんとお家で遊びましょうか」

「うん」

俺の家に父はいなかった。俺が生まれる前に、事故でこの世を去ったらしい。だから母は、俺に構っている暇なんてなかったんだ。

でも、外行事の日に『雨』が降れば、園や学校は休みになり、母は幼い俺を置いて仕事に行くなんてできないから家にいてくれたんだ。

「お花がよく咲いているわね」

「うん」

母は花が好きだ。花壇には様々な種を植え、それが咲くと俺と一緒に眺めてくれる。

「でも、どうしてかしら、この前植えたばかりなのに」

「そうだね」

俺の受け答えはつまらないものばかりだっただろう。俺は花なんて興味がなかったから。ただ、母が隣にいてくれさえすれば、なんでも良かったから。


「きれいだな」

俺はふと、そう口走った。

「じゃあさ、ひまわり咲かせてみろよ!」

「いや、季節外れ過ぎて無理だ」

「ちぇ、つまんねえの」

呑気な和文に振り回されながら、俺たちは談笑を続ける。

「二人とも、花は好きかい?」

「姐さんが好きなら、おいらも好きっす!」

和文は相変わらずだ。俺は、あの時から少しでも変われているだろうか。京子さんの優しい眼差しが俺に降り注ぐ。

「傑は?」

「好き、かもしれない」

曖昧な答え方しかできなかった。でも、今咲いている桜が綺麗だと思ったのは、紛れもない本心だ。


翌日、いつも通りの日常、隣には天音がいる。

「すーぐーるー!」

「何だよ。そんな大きな声を出さなくても聞こえている」

「今日、時間ある?」

今日は……まあ、少しぐらい付き合ってやってもいいか。

「ある、けどそれがどうした」

「ちょっと頼みたいことあってさ」

天音が俺に真面目な頼み事? 珍しすぎて変な『雨』が降りそうだ。

「出来ることなら手伝ってやる。なんだ?」

「詳しい話はあとで! 放課後一緒に帰るんだからね」

「わ、分かった」

天音は軽くウインクすると、自分の席に戻っていった。


放課後、俺と天音は高校近くの河川敷にやってきた。

「あれ見て」

天音が指さしたのは、つぼみのままの桜が並ぶ道だった。

「桜の木が、どうしたんだ」

「あれ、どうにかして咲かせられないかな」

全然真面目な頼み事ではなかった。いや、天音からしたら大真面目なんだろうが、なぜ俺に言うんだ。

「否定する前に、理由だけ聞いておこうか」

「なんで否定する前提なのよ!」

天音は俺の力を知らない、はずだ。ただ、幼い頃から一緒にいるから、何か勘づいている可能性はある。

「で、どうしてそんな無茶ぶりを?」

「もうすぐ台風が来ちゃうでしょ? そうなったら、あの桜はきっと耐えられない。咲けないまま春が終わっちゃうんだよ」

そういえば、ニュースで見たような気はする。

「それはそうだとして、俺に言う意味が分からないんだが」

「だって、傑なら出来ると思ったから」

「俺を何だと思ってる。過信するんじゃない」

確か台風が来るのは三日後、毎年なんだかんだ逸れていくはずが、今年はそうはいかないらしい。

「でも、でもでも! 傑の周りだったら、すぐお花が咲くもん!」

「そんなの気のせいだ。というか花の種類にもよるだろ」

「いいからどうにかしてよ!」

無茶ぶりすぎる。でも、出来ないことはない。俺は少し考えて、天音に質問した。

「天音、明日の天気は?」

「え? えっと、明日は『雨』だけど……」

「そうか。じゃあ、先帰ってろ」

さすがに見られるわけにはいかない。

「え、え、意味わかんない……!」

「あの桜たちは咲く。そう信じて今日はもう帰れ」

「わ、分かった!」

天音は走って帰っていった。

『雨』に『雨』は適用されない。だから、やるなら今日しかない。力の有効範囲は歳を重ねるごとに広がり、今では限界まで見えた距離を半径とした、俺の周り全てだ。

両手を組み、静かに祈る。

「催花雨」

雨雲が現れ、『雨』が降り始めた。

範囲はある程度絞ることが可能で、最大値はさっきの通り、最小値は……やったことがないから分からない。ちなみに、有効範囲と持続時間は反比例する。

「よし、俺も帰るか」

俺は『雨』に濡れながら、帰路についた。


翌日、朝早くに家のチャイムが鳴った。

「はーい」

ドアを開けると、そこには天音がいた。

「傑! 今すぐ河川敷に行くよ!」

「お、おい!」

どこか慌てた様子で、俺を外に連れ出した。

河川敷に着くと、桜が舞う、圧巻の風景が広がっていた。

「見て! 桜がみんな咲いてる!」

天音は辺りを犬のように走り回っている。

「ああ、良かったな」

開花を促す『催花雨』の効果は抜群だった。台風が近いからか少し風が強く、水面は桜の花弁で覆われていた。

「傑! ありがとう!」

俺に向かって、遠くで天音が叫んでいる。あんなに喜んでくれるとは、予想外だ。

「おや、傑じゃないか」

「京子さん?」

買い物袋を持った京子さんが声を掛けてきた。異様な人通りを見て、寄り道をしたらしい。

「これは、もしかしなくても、傑のおかげだろう? かずも見習ってほしいもんだよ」

「俺はただ、『雨』を降らせただけで……何も」

『催花雨』はあくまで開花を促すだけで、絶対に咲くわけではない。だからあの桜たちは、この春に咲いておきたかったんだと思う。

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