第十九話『全能』
和風BAR『KO-RO』に何かしらの能力者である三人を連れてくることに成功した。
「全員帰ってきたようだね」
「京子さん、これからどうするんだ?」
「一旦、和室に集まりな。これからのことを説明するよ」
俺と天音、和文は能力者が待機している和室へと入った。そこには不安そうに座っている三人がいた。
「ぼ、僕たち、何か怪しいことに巻き込まれてる?」
「違うんだ……そういえばあなたの名前は?」
「傑、先走るんじゃないよ。まずは自己紹介だ」
最初に、俺たちから自己紹介をすることになった。
「俺は佐藤傑、高校三年生の十八歳だ」
「い、伊豆天音です……傑と同じ高校に通う幼馴染です」
「おいらが桐谷和文! 名前は好きはように呼んでくれ!」
三人はぽかんとしている。
「あたいは三船京子。この店の経営者だよ。じゃあ、そちらの自己紹介も頼むよ」
一人ずつ、静かに名前を言い始めた。
「僕は、石田朔、その、傑くんに連れられて来たんだ」
「私は可五色野乃です。そこの、天音さんに連れられて……」
「自分は……久留井大輝。高校一年生で、放課後に声を掛けられてここに来た」
それぞれ名前を聞いた後は、どんな力を持っているのか、京子さんが紹介していった。
「あたいが見た限りだけど、石田さんは『大地』、可五色さんは『色』、久留井くんは『音』、それがあんたたちの使える力さ」
「あの僕、その『神の力』って、どういうものなのかよく分からないんだけど……」
「そうだねえ、『大地』の力は……」
俺が連れてきた背の高い石田さんの『大地』の力は、地震の予知と発動、土の品質変化が主なものらしい。本人が自覚しているのは地震の予知ぐらいだ。
「僕が、地震を起こせるだって?」
「相当強い力がないと無理だろうから、今のままでは出来ないだろうね」
「そ、それなら良かった……」
石田さんはそっと胸を撫でおろしている。いきなり地震が起こったら、周囲もたまったものではないだろう。
「私の力も、説明していただけますか?」
「可五色さんの『色』はねえ……」
天音が連れてきた、艶のある長い黒髪の女性、可五色さんの『色』の力は、人の感情やその場の雰囲気を色で判断することができ、人の色彩感覚を変えることができる。
「あの違和感は、気のせいではなかったんですね」
「人に害を及ぼすような力ではないけれど、少し伝わりづらい場面があるかもしれないねえ」
「そう、ですね」
可五色さんは静かに俯いている。きっとこの人も、人と自分が何か違うということに気づいていたのだろう。俺はその気持ちを十分に理解しているつもりだ。
「自分のことも、教えてもらっていいですか」
「久留井くんの『音』は……」
京子さんが連れてきた、眼鏡をかけた小柄な青年、久留井くんの『音』の力は、人の感情やその場の雰囲気を音で判断することができ、自分の奏でた音で相手の感情を変えることができる。
「自分の音……自分は嫌いです。自分の音は誰にも受け入れられないから」
「そりゃあ、好き嫌いはあるさ。でも、相手に寄り添うことも大事なんじゃないかい?」
「寄り添う……ですか」
久留井くんには『音』の力とは別に、音楽の才能があるのかもしれない。きっと『音』に関する全てを感じ、苦しんできたんだ。
「質問は以上かい? なら、こっちの力についても話そうかね」
「はいはい! おいらから!」
「そんなに慌てなくても誰も取らないよ。じゃあ、かずから」
和文は間に合わなかったことを気にしないように、必死に明るく振舞っているように見える。
「おいらの力は『時間』、いろんなものの時を『戻し』たり『進め』たり、『止め』たり『遅らせ』たり、『飛ばし』たりできるんだ!」
「全部言ったな」
「いいじゃん、傑もほら!」
俺の力など、一言で説明できる。
「俺は『天気』を操れるんだ。簡単に言えば、『晴れ』、『雨』、『曇り』とかに変えることができるってことだ」
「もっと自慢しないのか?」
「自慢してどうする。ほら、次は天音だぞ」
天音はもじもじしながら口を開く。
「えっと、私の力は『精神』……で、人の心を読むことができます。人の気持ちを変えたり、自分と同じ気持ちにさせることもできます……」
早口で話し終えると、天音は俺の後ろに隠れた。
「おい……」
「も、もう説明したから!」
相変わらず、俺以外への人見知りが激しい。
「次、姐さんっすよ」
「はいはい。あたいの力は『記憶』だよ。『見る』ことができるし、『忘れ』させたり『書き換え』たりすることが可能さ。その代わり、一度見たものは忘れることができないけどねえ」
一通りの自己紹介が終了した。さて、これから『クロネコ』についての話が始まる。
「僕たち、なんで集められたのかな?」
「あんたたちに命の危険が及んでいるからだよ。『クロネコ』っていう殺人鬼が、あんたたちを狙っているのさ」
「さ、殺人鬼!?」
石田さんは腰を抜かし、あからさまに怯え始めた。可五色さんも久留井くんも、不安な表情を見せる。
「安心しな、あんたたちには指一本触れさせやしない。もちろん、戦えとも言わない」
「もしかして、あの時の猫のお面の人……?」
「おや、石田さんは知っているのかい」
そうだ、俺だけではなく、石田さんも一瞬だけど『クロネコ』を見ている。これは、あの時あったことを話さないといけないようだ。
「京子さん、話があるんだ。俺が石田さんを迎えに行ったとき、『クロネコ』と接触した」
「傑、あんたまさか、戦ってないだろうね?」
「それはしてない。でも、『クロネコ』の過去を見せられたんだ」
俺はその過去の内容を、考察も含め全員に話した。
「両親をも手にかけていたんだねえ。本当に、呆れた奴だよ」
「あいつは、同情されることを望んでいた。でも、俺は当然、無理だった」
「それでいいのさ。そこにいたのが、傑で良かった」
京子さんが意味深な言葉を吐く。その目線の先には、暗い顔をした和文がいた。
「おいらは……ううん、なんでもない」
「かず、あんたは違うだろう? 一度だって、人を殺したいと思ったことなんてないはずだよ」
「……そうっすね」
和文は、あの時のことを後悔していないと言っていたが、ちゃんと、心に傷は残っていたのだ。先生を突き飛ばしたこと、町全体の時を『止めて』しまったこと。『タイムパラドックス』の影響で、町の人たち全員が和文を忘れてしまった、あれは和文が起こした悲劇だ。
「大丈夫だ。今は俺たちがいるから」
「傑、ありがとう」
和文を落ち着かせ、話を進める。
「じゃあ、『クロネコ』の力の正体は『統治』ってこと?」
「天音の言うことは半分合ってる。でも、複数の力を取り入れた『クロネコ』にはそれ以上の何かがあるんだ」
「傑は、もうそれが何なのか、分かっているみたいだねえ」
なんとなくだが、察しはついている。『統治』の力を使い、能力者から『神の力』を奪い続けた『クロネコ』の力は、もう『統治』ではなく、『全能』へと変化したんだと思う。
「全ての力を統べる『神』、真似事から始まったそれは現実で『全能』という力に成り代わったんだ。『統治』し続けた結果の、最悪なパターンだよ」
「おいらの力も使えるんだよな? 使えるのは全く同じなのか?」
「いや、多分『クロネコ』の方が上だ。俺の力も使っていたけど、確実に上だった」
しかし、俺たちには秘策がある。それは、京子さんだ。
「あたいが使えるのは、能力者の『記憶』にある力だけ。その能力者以上の力は絶対に出せないよ」
「それでもいいんだ。俺と和文の力を使えるだけでも、きっと『クロネコ』への打開策を見いだせる」
「え、姐さん、おいらの力、使えるの?」
そういえば和文は知らないんだった。京子さんが、能力者の力を『覚えて』使えることを。
「多少はね。傑と出会う前だったから、あの時のかずが使えたものに限るけどねえ」
「あの、僕たちの力は役に立つかな?」
「一応、『記憶』を見せてもらおうか。『覚えて』いて損はないだろうから」
京子さんはそれぞれ、石田さん、可五色さん、久留井くんの『記憶』を見ていった。
「じ、自分の『記憶』なんか、音楽しかなかっただろ?」
「それがどうしたんだい。恥ずかしがることはないよ、それだけあんたは、『音』に真剣に向き合っていたということだろうさ」
「仕方なかっただけ……」
久留井くんは『音』に対してコンプレックスを持っているようだ。
「私の『記憶』は、絵を描いてばかりでしょう?」
「ああ、興味深いものだったねえ。とても色鮮やかで、綺麗だったよ」
「それは、ありがとうございます……」
可五色さんは照れくさそうに下を向いた。
「僕なんか土いじりばかりだから……」
「食べ物を育てるには色んな知識が必要でねえ、あんたの知識量はすごいものだった」
「そんなあ、言い過ぎですよ」
石田さんは頭をぽりぽり搔きながら謙遜している。みんなそれぞれ、各方面で努力をしてきたんだろう。
「姐さんは褒め上手だなあ」
「かず、あんたの『記憶』も見せてくれるかい?」
「もちろん!」
京子さんは険しい顔をしたものの、和文の『記憶』をなんとか見終わったようだ。
「天音も、お願いできるかい?」
「は、はい!」
天音の『記憶』も見終わった京子さんは、全員に告げる。
「あたい、傑、かずはこれから『クロネコ』がいる場所に向かう。天音はこの店で三人を守っていておくれ」
「いよいよだな」
「おいら、頑張るっすよ!」
俺と和文は気合を入れる。
「わ、私、守って見せます」
「良かったら、僕たちに力の使い方を指導してくれないかな? そしたら、守られるだけじゃなくなると思うんだ」
天音は少し迷っていたが、しばらくして首を縦に振った。
「私のことは気軽に野乃とお呼びください。頑張りますから」
「じ、自分も、大輝でいい」
「じゃあ、僕も朔って呼んでくれると嬉しいな」
こうして俺たちの、最後の戦いが始まろうとしていた。
町を抜けた山の奥、登山ルートから外れた雑草だらけの場所、かつての村に、俺たちはやってきた。村の中は殺風景だったが、明らかに異様な、木造の一軒家がぽつんと建っていた。
「やあ、待ってたよ」