第十七話『統治』
京子さんから過去の話を聞き、力の特訓を続け、夏休みがやってきた。
「夏休みだよ! 傑!」
「天音、俺たちは特訓で忙しいだろ?」
「行きたいとこあるなら一緒に行ってあげるって言ってたじゃん」
確かに、言った気がする。しかし、呑気に遊ぶ気にはなれないんだよなあ。
「傑! 夏休みだぞ!」
「いや、和文には関係ないだろ」
「ほらあ、和文くんもどこか行きたいって」
天音と和文は、物欲しそうな顔でこちらを見つめている。
「分かったよ。でも、京子さんに許可取ってからな」
お願いだ、OKしないでくれ。
京子さんに直談判しに行くと、店の雰囲気が異常だった。
「きょ、京子さん?」
「なんだい、今はちょっと、話しかけないでおくれ」
珍しく怒っているようだ。しかも、煙管の代わりに棒付き飴をくわえている。何があったのだろう。
「姐さーん! おいらたち海に……って、なんか、まずい感じ?」
「かず、あんたは呑気すぎるよ。いい加減自覚しな」
「ね、姐さんが怒ってる……!」
和文がとばっちりを受けた。天音がそっと遠くから俺たちの様子を見ている。さすがにこの雰囲気に突っ込んでくるほどの勇気はなかったようだ。
「京子さん、何かあったのか?」
鋭い目つきが少し優しくなり、京子さんは数秒黙った後、ぼそっと呟いた。
「……『クロネコ』が動き出したんだよ」
衝撃すぎて、俺も和文も言葉が出なかった。具体的に何があったのか聞かなくても、悪い事が起こり始めたことは察しがつく。
「こんなふざけた手紙を送りつけてきやがったんだ。本当に、人をなんだと思ってるんだろうねえ」
飴をがりがりと嚙み潰す京子さん。目の前に差し出された手紙にはこう書かれてある。
「僕も完全な『神』になるために、特訓でもしようかな。あいにく、能力者は君たち以外にもいるから、一つずつ、もらっていくとするよ」
これから何が起ころうとしているのか、最悪な光景が目に浮かぶ。これは、海に行っている場合ではない。和文も、手紙を見て理解したようだ。
「なんだよ……なんなんだよ……!」
「す、傑、ごめん。おいらたちが浮かれたりしてるから……」
「違う……俺だって本当は、みんなで息抜きぐらいしたかったんだよ。それを、『クロネコ』は……!」
怒りが沸々と湧いてくる。何としても阻止しないと、村のように、皆殺しになる。
「店はしばらく休みにする。あたいが何とかするから、あんたたちはおとなしくしてな」
「なんでだよ! 姐さんだけ行かせるわけないだろ! おいらたちだって……」
「俺も和文に賛成だ。一人で行くなんて自殺行為だよ」
京子さんは顔をしかめる。外はいつの間にか『雷雨』になっていた。少し、頭が痛いような気がする。
「そこにいる天音も、同じ気持ちかい……?」
「も、もちろんです!」
天音は京子さんに近づこうとしない。何かを感じ取っているのだろうか。
「……仕方ないねえ。あたいの言う事をちゃんと聞くなら、協力してほしい」
「絶対聞くっす!」
「ああ、約束するよ」
京子さんは俺たちに、これからすることを説明する。
「あたいが能力者の場所を教えるから、一人ずつ、その場所に行くんだ。それで、全員この店に連れてきな。いいかい? もし『クロネコ』と会っても、絶対に戦うんじゃないよ」
俺たちは一斉に頷き、能力者探しへと動き出した。
京子さんの感知は的確だった。能力者は引き寄せ合う、その言葉の通り、数人の能力者がこの地域に集まっていた。俺は西に、天音は南に、和文は北に、京子さんは東へとそれぞれ散らばった。
俺が今いるのは、誰もいない森の奥。
「この一軒家だな……」
力の感知が出来るといっても、力を発動している時でなければ感知できないらしい。しかし、天音のような力の場合は、人によっては常時発動なため、ある程度年齢を重ね、力が強くなると、正確に場所が特定できるようだ。
「どなたですか?」
俺に気づいた背の高い男性が声を掛けてきた。
「あの、聞きたいことがあって……」
この作戦にはひとつ穴があった。それは、京子さん以外、力を持っている人かどうか判別できないこと。では、どう聞けばいいのか。
「こんな辺鄙な場所に来るなんて珍しい。僕になんの用かな?」
「その……『神の力』を持ってるって言ったら、信じます?」
怪しい宗教への誘いみたいな話し始めになってしまった。どうにか分かってくれないだろうか。
「あはは! 君面白いこと言うね。そんなこと初めて言われたよ。もしかして、僕の噂を聞きつけてきたのかな?」
「あなたの噂?」
「あれ、知らずにそんなこと聞いたのかい? たまに記者がくるから、君もそういう類なのかと」
明るい笑顔のその男性は、噂について話してくれた。
「地震の予測が出来る?」
「そう。なぜかいつ来るか分かるんだよ。それを伝えていたら人は僕を気持ち悪がってね、今はここにひっそりと暮らしているんだ」
これだけではさすがに判断できない。
「他には何かあったりします?」
「そうだなあ。そういえば、僕の周りの土地は、地面がふかふかになってね、野菜が育てやすくなるんだよ。不思議だよね」
これは当たりかもしれない。すぐにでも京子さんに見てもらおう。
「あの、俺についてきてくれませんか。会ってほしい人がいるんです」
「僕に会ってほしい人? まあ、毎日野菜を育てるだけの毎日だから、全然大丈夫だよ」
「じゃあ、早速……」
男性と一緒に行こうとした、その時。俺は背後に強大な力を感じた。
「おや、先を越されたみたいだねえ」
「お前……!」
そこにいたのは全身黒の服に、猫のお面、『クロネコ』だった。
「あの人は、君の知り合い?」
「すみません、後で必ず迎えに行きます。とりあえず家の中に入っていてください」
「何か分からないけど、君の言う通りにするよ」
男性を家の中に避難させ、俺は『クロネコ』と一対一になる。
「残念だなあ。僕はあの力が欲しかったのに」
「そんなことはさせない。もう、誰も死なせない」
「僕のこと、知らないからそんなこと言えるんだ。ねえ、旅行は興味あるかなあ?」
不穏な空気が流れ始めた。『クロネコ』が俺に何かしようとしている。
「お前と戦っている暇は……」
「ほーら、タイムトリップといこうか」
周りの景色がガラッと変わり、俺と『クロネコ』は、さっきとは違う、どこか知らない光景が広がっている場所にいた。
「ここは……?」
「ここは僕の『過去』、僕のお家だよ。ほら見て、幼い頃の僕がいるだろう?」
俺は理解が追い付いていなかった。単に『戻った』わけではなさそうだ。
「母上、今日もテスト満点でした!」
少年が女性に紙を広げて見せている。その子たちは俺と『クロネコ』に気が付いていない。というか、そもそも俺たちのことが見えていないらしい。
「これは僕の『記憶』でしかないのさ。『幻想』を見せているに過ぎないんだ。さあ。存分に楽しんでくれよ」
「おい……!」
聞きたいことも聞けないまま、『クロネコ』はどこかに消えてしまった。俺はこの空間に閉じ込められてしまったようだ。
「玄徒、それは当たり前なのよ」
「はい、母上……」
「当たり前のことで喜ぶものじゃありません。さあ、勉強してらっしゃい」
女性は少年をあしらう。悲しそうに、少年は部屋に行ってしまった。周りの景色は、少年の部屋へと移り変わる。
「母上は、僕を褒めません。父上は、いつも仕事でいません。僕は、もっと偉くなって、みんなに認められたいです」
少年は紙に書かれた作文を声に出して読んでいる。それを読み終わると、棚に並ぶ沢山の本の中から、一冊を取り出して、付箋が貼られたページを開いて読み上げる。
「人を『統治』する。意味、人々を支配し、管理すること」
この少年は自分の過去だと、『クロネコ』が言っていた。この少年『玄徒』が『クロネコ』になった原因が、絶対にあるはずだ。
玄徒はページをめくり、別の文章を読み始める。
「全治『全能』の神。意味、あらゆることを知り、あらゆることをなしうる存在」
本を閉じ、また別の本を開く。
「この世界には『神の力』を持つ者がいる。私はそれをあの村で見た」
それは怪しい伝記のようなものだった。京子さんの住んでいた村のことが書かれているみたいだ。だが、なぜこの家にこんなものが?
「村には力を持つ者たちが集まって暮らしている」
その伝記には『神の力』の詳細が書いてあった。
「ある者は『天気』を、ある者は『時間』を、ある者は『精神』を、他にも様々な力を操る者がいる」
ずっと、玄徒が本を読む光景が続いている。しばらくして『クロネコ』が姿を現わした。
「僕は本が好きでねえ、家にある本は全て読み漁った。『神の力』のことはそれで知ったのさ。そして、自分が力を持っていることにも徐々に気づき始めたんだ」
景色が移り変わる。『クロネコ』はまたいなくなり、学校らしき建物が周りに現れた。また玄徒がいる。小屋に入って、ウサギの世話をしているようだ。
「僕の言う事を聞いて、僕以外は君の敵、分かった?」
ウサギに妙なことを吹き込んでいる。
「僕以外には懐くんじゃない、これがルールだよ」
しばらくして、玄徒と入れ替わるように別の子供が小屋に入ってきて、ウサギに餌をやろうとしたが、ウサギはそっぽを向いた。
「おい! 『クロ』! お前、ウサギに何かしただろ!」
「僕は何もしてない。君がその子の敵なだけ」
「なんだと!」
子供は玄徒に殴りかかった。
「僕を殴るな。それがルールだ」
玄徒の顔面すれすれで拳が止まる。子供は急におとなしくなり、校舎へと戻っていった。
「そうか、僕は『統治』できるんだ」
そこで俺も気づいた。玄徒が、『クロネコ』が持っていた力の正体に。そしてまた、『クロネコ』は戻ってきた。
「おや、そんなに青ざめてどうしたんだい。僕の力はすごいだろう? 特別に、『統治』の力について教えてあげるよ」
そう言うと、景色は再び部屋へと戻った。玄徒が母親と話している。
「母上、僕を褒めて。それがルールだよ」
「急に呼び出したかと思えば、そんなくだらないこと? 早くお勉強に戻りなさい!」
「どうして……なの?」
母親に、玄徒の『統治』は効果がなかった。