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第十三話『想起』

忘れられないという代償を負った京子さんが、別の力によって唯一忘れてしまった『記憶』。空白の十四年を思い出すのにもまた、力が必要だった。

「聞きたがりだねえ、傑は」

そう言って、京子さんは前回の続きを話し始めた。


京子は、蝶香が営んでいるBARを手伝うようになった。

「京ちゃん、無理に思い出さなくていいんだよ」

「だけど、少しでも、京子が何してたか知りたい」

蝶香はしばらく困った顔をしていたが、しばらくして棚から一つの煙管を取り出した。

「これも覚えてないかい?」

「ごめん、分からない。それは何?」

「これは煙管といってね、色んな香りを楽しめるんだよ」

精神年齢は六歳だが、京子はもう身体は二十歳で、煙管を吸うことが出来る。

「京ちゃんは、いつもあたしの匂いが好きだって言ってくれたから、京ちゃんが二十歳になったら渡そうと思ってたんだよ」

「ほんとだ、蝶香さんと同じ匂いがする」

「あたしが好きなのは柑橘系だけど、店には色んな種類を置いているから、試してみるといいさ。ほら、これプレゼントね」

蝶香から煙管をもらった京子は、早速試してみることに。

「げほっ! ごほっ!」

「おやおや、大丈夫かい? 最初はゆっくり吸いな。慣れてきたら、香りを楽しめるようになるから」

「う、うん」

よく見ると、煙管には花柄が描いてある。京子はそれをじっくりと見つめていた。

「今日はもう店じまいだから、先に寝ておいで」

「はーい」

京子はベッドに寝そべり、煙管について考えていた。本当に『覚えて』いないのか。

「煙管、憧れていた煙管……花柄の……蝶香さんとお揃いで……」

そのうち眠りについた京子は、『記憶』の夢を見る。


「それでね、あたいは『記憶』の破片を見たのさ」

「一気に思い出したわけじゃないのか」

「十四年は大きいからねえ。一気に思い出せば、時の歪みにやられたときと同じくらい、脳が傷ついてしまうよ」

全ての事象には代償が付きまとう。『忘れる』のも『思い出す』のも、何かしらで脳に影響を及ぼすのだろう。

「その、『記憶』の破片ってなんだ?」

「人間はねえ、『記憶』を種類ごとに箱に入れて保存しているのさ。その箱に入っているのが破片だよ」

「そんな風になってるのか」

これは、人の『記憶』を覗ける京子さんにしか分からないことだ。じゃあ、思い出した破片は、きっと煙管だ。

「一つ思い出せば、他の関連する『記憶』も付随して思い出すことが出来る。あたいはあの時、煙管に関する全てを思い出したんだ」

「それは、良い『記憶』だったのか?」

「良いかどうかは分からないけれど、『クロネコ』に関することはなかったよ」

京子さんはあの日見た『記憶』の夢の話をしてくれた。


誰かが煙管を吸っている。

「お母、あたしにも煙管吸わせて!」

「仕方ないねえ、少しだけだよ? 京子ちゃんはダメだからね」

学生時代の蝶香が、母親の煙管を吸ってむせている。

「きせる……?」

「まだ七歳の京ちゃんには分かんないよ。あたしはお母の匂いが大好きだから、煙管も好き」

「むせながら何言ってるんだい。ほら、返しな」

これは、京子が『進んだ』時間の一部。 村から逃げてきて一年後の事だった。そこからもやがかかり、次の破片が見えてくる。

「お母、お父、どうして……」

「蝶香さん、大丈夫……?」

その目には、涙が浮かんでいた。

「ううん、京ちゃんの前で泣いてられないよね。ごめんね」

「そんなことないよ。悲しい時はね、大事なものを見るといいんだって、お母ちゃんが言ってた」

「大事なもの……煙管……」

蝶香は母が使っていた煙管を握りしめ、また静かに泣いていた。

「京子、あっちいってるね」

「うん……うん……」

さっき見た『記憶』から二年後の事だった。蝶香の両親は、京子がかつて住んでいた村で、遺体で見つかったのだった。そしてまた、もやがかかり、次の破片が見えてくる。

「蝶香さん、ずっと煙管吸ってるね」

「あたしはこれが好きだから、もしかして、京ちゃんは嫌いかい?」

「ううん、好きだよ。蝶香さんの匂い」

あれから蝶香は母の煙管を形見に、よく吸うようになった。母と同じ、柑橘系の匂い。蝶香が二十五、京子が十四の歳で、さっき見た『記憶』から五年後の事だった。

「どうして、『忘れて』いたんだろう」

京子が目を覚ますと、窓から朝日が差し込んでいた。これが京子の、煙管に関する『記憶』の破片。


「あたいが煙管を吸い続けているのは、そういう理由もあるのさ」

「でも、そのせいで辛くなったりするんじゃ……」

「大事な人の匂いはね、たとえ辛い『記憶』だとしても思い出したいんだよ。あの人がしたのと同じようにね」

京子さんが匂いを大事にする理由が分かった気がした。匂いを『記憶』として、蝶香さんから受け継いできたんだ。俺は誰に、何を残すことが出来るだろうか。

「俺は、煙管の匂い自体は別に嫌いじゃない」

「そうかい。そう言ってもらえて嬉しいよ」

「そういえば、また和文はいないな」

俺がそう言うと、京子さんは深いため息をついた。

「あの子、最近帰りが遅くてねえ、店じまいまで帰ってこないこともしばしばあるんだよ。どうにか言ってやってくれないかい?」

「俺が言って聞くなら、構わないけど」

京子さんの言う事を聞かないのであれば、俺の話など、和文が聞くはずがない。一体、どうしたというんだ。

「嫌な予感が当たらなければいいけどねえ。さあ、今日はもう帰りな」

「分かった。ついでに和文でも探してくるよ」

俺は店を後にした。


夜の神社に寄った俺は、階段でうずくまる和文を見つけた。

「おい、大丈夫か?」

「う、うん。ちょっと『時間酔い』が……」

「なんでそんなになるまで使うんだ。店にも帰らないで、遅くまで何やってるんだ」

和文は俯いたまま何も言わない。わざと心配させたいわけではないことは分かっている。あんなに京子さんを慕っているのに、迷惑をかけたいと思っているはずがないんだ。

「おいらは、傑みたいに上手く力を使えないから」

「そんなこと……」

「そんなことあるさ! じゃあなんで、姐さんは傑にばっかり大切な話をするんだよ!」

真っ直ぐに俺を見る和文は、悔しさか怒りか寂しさか、様々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合ったような、複雑な表情をしている。

「それは、京子さんが和文に心配かけたくないからだ」

「姐さんはおいらを頼らない。傑には過去の話までするのに、おいらには優しく微笑むだけだ!」

「和文……違うよ……京子さんは……」

京子さんはきっと、和文に辛い『記憶』を増やしてほしくないんだ。慕われているのを、大事にされているのを理解しているから。

「うるさい、うるさい、うるさい……!」

「落ち着け、和文!」

これはまずい。和文は耳を塞いで、呼吸を浅くしている。

「姐さんと二人きりだった時に『戻り』たい……」

「ダメだ、和文、それ以上言うな!」

「おいらをあの時に『戻して』くれ……!」

どうしてこんなことになってしまったんだろう。誰か、助けてくれ。

「落ち着いて、和文くん」

俺は和文から、確かに力の発動を感じた。しかし、時は『戻って』いない。後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには天音がいた。

「天音……」

「天音ちゃん……?」

「和文くん、久しぶり。私の目を見ても、まだ『戻り』たい?」

和文は天音を見るなり、呼吸を安定させ、その場に倒れこんだ。

「和文? 和文!」

「大丈夫だよ、疲れて眠っちゃっただけ」

「天音、どうしてここに?」

俺は何が起こったのか分からなかった。

「家に居たら、大きな心の声が聞こえてね、慌てて駆けつけたの」

「和文に何をしたんだ?」

「ちょっと『シンクロ』させたの。私と和文くんの気持ちをね」

いつの間にそんなことが出来るようになったのか。俺の知らない所で、それぞれが努力していたんだ。

「ありがとう、助かったよ」

「ううん、こちらこそ役に立てて良かった」

「和文は俺が店に連れて帰るよ。天音は、一人で大丈夫か?」

天音は、俺の心配など無用といった感じで頷くと、小さく手を振って走っていった。


俺は寝てしまった和文をおぶり、店まで連れて帰った。

「傑、それと、かず? 何があったんだい」

「和文の力が暴走しかけたんだ。とりあえず、二階に寝かせてくる」

京子さんは驚きと心配の表情をしながらも、どんな状態でも帰ってきてくれたということに安堵している様子だった。

「また、迷惑かけちまったみたいだね」

「いいんだ。俺のせいでもあるから」

「どういうことだい?」

俺は神社であったことを京子さんに話した。

「和文のことを想うなら、京子さんの話を聞かせてあげてくれ」

「あたいの考えが安易だったよ。それにしても、傑にはとばっちりだったねえ。ごめんよ」

「俺にも責任はあるよ」

もっと早く和文を誘っていれば、悩んでいるのに気づいていれば、ここまでならなかったかもしれない。けれど、最悪な事態にならなくてよかった。

「ここまで運んでくるの、大変だっただろう?」

「まあ、ちょっと足腰にはきたかも」

「もう夜も遅いし、泊っていくかい?」

そう言ってもらえるのはありがたいが、母さんを一人にはしておけない。

「家で待ってる人がいるから、帰るよ」

「そうかい、気を付けてね」

和文と同じように、俺にも大事な人がいる。和文が起きたら、しっかり話し合いだな。俺はそう思いながら、夜道を歩いて帰った。


翌日、俺は学校で天音に再度お礼を言う。

「昨日は本当にありがとう」

「それは昨日聞いたってば。傑も和文くんも、大変だったね」

「ああ。和文があんなに悩んでいたなんて、全く気付いてやれなかった」

天音がふいに、俺の頭を撫で始めた。

「大丈夫、大丈夫」

「な、何するんだ!」

「ごめんごめん。でも、ちょっと大丈夫って思えてきたでしょ?」

確かに、それはそうだ。天音の力のおかげだろうか。俺が思ったより『精神』の力を使いこなしている。

「天音はもう、振り切ったんだな」

「うーん、前よりかはね。それも、傑のおかげだよ」

「そうか……。俺も和文も、いい加減覚悟決めないとな」

俺たちは今まで以上に、『神の力』を受け入れていかなければならない。

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