第十一話『力の拮抗』
天音が『精神』の力を持っていることが判明した。昔から悩んでいたのに、俺は全く気付いてやれなかった。
「天音を、この戦いには巻き込みたくない」
「その気持ちは痛いほどわかる。でもね、あの子も選ばれた中の一人だ。覚悟を決めないといけない時が来るよ」
京子さんと真剣に話をしていると、店の扉が開いた。
「あれ、こんな時間まで何してるんだ?」
「和文こそ、こんな遅い時間までどこに行ってたんだよ」
「おいら? 神社だけど」
やはり和文は神社に行っていたらしい。この店から神社はかなり距離があるが、そんなに頻繁に行って何をしているのだろうか。
「あんまり夜中に出歩くもんじゃないよ。心配するだろう?」
「姐さん、ごめん」
「もうそろそろ店を開けるよ、傑は帰りな」
俺は半ば強制的に帰ることになった。
翌日、学校にはいつも通り天音がいた。
「おはよう、傑」
「もう、落ち着いたのか?」
「お家にいたって楽しくないでしょ」
天音の家は特に家族仲が悪いというわけでもないはずなのだが、まだ悩みでもあるのか。
「悩みがあるなら聞くけど」
「傑のくせに気が利くじゃん。でも、大丈夫だよ」
そんな簡単に言われても信じられない。
「本当か?」
「しつこいなあ。し・ん・ぱ・い、しなくていいんだってば」
天音の言葉に、俺は妙な安心感を抱いた。これは、わざと誘導している。
「もう騙されないからな。俺の気持ちを『変える』んじゃない」
「あーあ、バレちゃったか」
「俺にそんなことしないでくれよ。なんか傷つくだろ」
不安な気持ちを取り除いてくれようとしたのは分かる。しかし、長い付き合いだというのに、もう少し俺を信じてくれてもいいんじゃないかと思う。
「もしかして怒ってる……? そりゃそうだよね。勝手に心読んだりなんかして、嫌な気持ちになるよね」
「そうじゃない。そんなのはこれからどうにかしていけばいいんだ。それに故意じゃないんだろ? なら、そんな顔するな」
俺は知っている。天音が故意に人を傷つける奴じゃないことを。どこまでも優しい奴だって、十分に理解しているから。
「ありがとう……」
「そうだ、天音も特訓に参加しないか?」
「特訓?」
天音の力が戦闘向きじゃないとしても、生きていくうえで不自由のないように、コントロールの練習はした方がいいだろう。
「俺たちがほぼ毎日やっていることだ。まあ、その理由はまた店で話してやるから、とりあえず、気が向いたら店に来い」
「わ、分かった……」
元気のない天音は、見ていてむずがゆくなる。もしかしたらこれが本当の天音なのかもしれないが、俺は、あの明るい天音が全て噓だったなんて、信じたくない。
放課後、俺は和文と特訓をしていた。
「もう、おいらの力はほとんど見せちまったよ」
「俺も見せられるものは、ないかもな」
「じゃあ、力比べでもするか!」
いきなり何を言い出すかと思えば、和文らしい提案だ。
「一番最初に勝負した時は、俺が勝っただろ?」
「いいや、おいらも成長してるからな、今回は分かんないぞ」
そう言われても、どう力比べしたらいいんだ。
「ルールはどうする」
「こんなのはどうだ?」
和文が提案したルールは、直接相手に触れるのではなく、物を当てたほうの勝ち、というものだ。
「意外と面白そうじゃないか」
「名付けて、アタック勝負だ!」
「そのまんまだな」
今回は京子さんが買い出しに行っているため、自身の申告制となる。
「じゃあ、早速おいらから!」
「合図無しなんてズルいだろ!」
和文はお構いなしにポケットから何か取り出して、俺に狙いを定めた。あれは、輪ゴム?
「タイムスロー」
俺は咄嗟に避ける動作をしたが、その輪ゴムは飛んでこない。
「時が『止まって』……いや、少しずつ動いている……?」
「見惚れてると、痛い目見るぞ」
和文が指を鳴らした瞬間、輪ゴムが勢いよく飛んできた。
「あっぶないな! 和文お前、前から仕込んでたな……!」
「くっそー、当たらなかったかー。ちょっと、護身用に持ってただけだって」
「そんなバレバレな嘘、通用するか!」
すかさず俺も反撃体制に入る。
「突風」
周りに強い風が吹く。その拍子に散っていた葉が舞い上がる。
「確かに当てれば勝ちって言ったけど、それはないだろ!」
「和文に言われたくないね!」
俺だってそれなりにプライドはある。だが、先に仕掛けてきたのは和文だ。
「た、タイムストップ!」
和文が両手を左右に伸ばし、その周囲の時が『止まった』。
「そんなことされたら何しても当たんないじゃないか」
「からの、タイムリターン!」
葉はあっという間に、散った状態に『戻った』。
「そうくるか。じゃあ、これならどうだ?」
「ちょ、ちょっとま……」
俺は静かに祈る。
「夕立」
ぽつぽつと『雨』が降り始める。
「タイム……ストップ!」
頭上に片手を伸ばした和文は、かろうじて周りだけ『雨』を止めている。
「まだ『止める』か」
「傑……『雨』はさすがに……」
「だって水も物体だろ?」
和文は苦しそうな顔をしている。
「そんなの理不尽だあ……!」
「こんな力使える時点で理不尽もクソもない!」
俺はとどめを刺しにいく。和文の『タイムストップ』は限界だろう。
「突風」
降り続ける『雨』に加えて、強風が吹き荒れる。
「う、うわあ……『天気』は頻繁に変えれないって言ってたじゃないか……!」
「場合によっては同時発動出来たり、連続で変えたり出来るのさ」
「うう、もうダメだ……」
和文の『タイムストップ』が解除され、『雨』に濡れてしまった。さすがに力を使い過ぎて、和文は立てないようだ。
「俺の、勝ちだな」
「ちょ、ちょっと失礼……うう」
茂みに移動した和文は、『時間酔い』のせいで嘔吐していた。
「すまん、やりすぎた」
「逆に傑は大丈夫なのか……?」
「俺は、特に何も異常ない」
和文はひとしきり嘔吐した後、その辺りに大の字で寝転んだ。
「はあ、すっきりした。『晴れ』てんのに、『雨』降ってんなあ。あれ、さっきの『風』は?」
「さっきの『突風』は短時間で収まるから、条件なく発生出来るんだよ。この『夕立』も、もうすぐ止むと思う」
俺の身体には、何の変化もなかった。京子さんの言う代償、俺にはまだ感じられない。しかし、確実に嫌な予感は増している。
「どうした?」
「いや、和文みたいに分かりやすい代償が出てくれたなら、少しは安心できるだけどな」
「そんなに心配すんなよ。出た時にまた考えりゃいいだろ?」
そうは言っても、『天気』を変えるということは、俺だけに影響があるわけではないから、余計に心配だ。もしかしたら、俺の知らない所で、『天気』で迷惑を被っている人がいるかもしれない。
「とりあえず、天気予報をこまめにチェックするよ」
「それがいいぜ。今日はもう疲れた、姐さんにご飯作ってもらおう!」
「そう言うと思っていたよ。さあ、店にお入り」
こっそり俺たちの様子を見ていた京子さん。いつの間にか買い出しから帰ってきて、ご飯を作ってくれていたみたいだ。
「やったー! 傑、行くぞ!」
「ああ、俺も腹が減ったよ」
京子さんに晩御飯をごちそうになり、今日はおとなしく家に帰った。
翌日、学校が休みのため、俺は朝から店にいた。
「和文、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「おいらに質問? なんだよ」
「昨日使ってたやつ、もう一度詳しく見せてほしいんだ」
勝負の時、輪ゴムを飛ばした際に使っていた力。あの時、一体何が起こっていたのか。
「あれか。あれはな、『タイムスロー』って言うんだ」
「あんなのいつ身につけたんだよ」
「知りたいか? じゃあ、裏庭に行くぞ」
裏庭に移動すると、和文が少し水の入ったペットボトルを台の上に置く。そして、ポケットから輪ゴムを取り出し、そのペットボトルに狙いを定める。
「タイムスロー!」
放たれた輪ゴムはゆっくりとペットボトルの方へ進んでいく。これは、時を『遅らせ』ているのか。
「これって、輪ゴムにしか力が発動していないんだよな」
「その通り! 指を鳴らせばいつでも解除できるぞ」
「このままぶつかったらどうなるんだ?」
和文は静かに首を傾げた。やったことないみたいだな。いい機会だ、このまま見届けてみよう。
「なんか、遅すぎて暇だな」
「それ、和文の匙加減じゃないか?」
「あ、確かに。でも、細かい『時間』の操作って、一回やっただけでも頭痛くなんだよ」
数回力を使うと『時間酔い』が起こるのに、その精度を高めようとすると、余計に『時間酔い』が起きやすくなるという事か。
「ほら、そんなこと言っている間に、もうすぐ当たるぞ」
「お、どうなるんだ?」
輪ゴムがペットボトルに触れた瞬間、『時間』は正常に動き出し、見事ペットボトルを台から落とした。
「和文、何かやったか?」
「おいらは何も」
「そうか、なんとなく理解した」
おそらく、時を『遅らせ』た対象物が、別の物体に触れると、力が自然解除されるようになっているんだろう。
「勝手に解除されるって、前にもあったよな?」
「ああ、あれの理屈は、今回とはまた別だと思う」
前回やったのは、時を『止めた』対象物を、周りの時と合わせるように『進め』ると、『タイムパラドックス』は起きないのか、というものだ。結論、『タイムパラドックス』は起きなかったが、周りの時と同じになったら、力が自然解除される。といった感じだった。
「おいらの力って難しい」
「そういえば、『タイムスロー』は解除されるまで発動を持続させているんだろ? 身体は大丈夫なのか?」
「それは大丈夫だ! ずっと続くわけじゃないから、えーっと、なんて説明すればいいんだ」
和文が言いたいのは多分、『タイムスロー』の持続時間は決まっており、その時間内だったら好きにコントロールできる、ということだと思う。
「なんとなく理解はできる。俺は俺なりに解釈しているから問題ない」
「傑はやっぱすげーな。おいらも頭が良ければなあ」
「あんまり考えすぎても頭が痛くなるだけだぞ。きっと、和文みたいに感覚で使えるのも良いことなんじゃないか?」
最初に出会った日より、全然上達している。俺も和文も、成長し続けているんだ。