第十話『ピンポイント』
京子さんの過去を聞いた後、俺たちはまだ話をしていた。
「和文の力はかなり代償が大きい気がするけど」
「ああ、あの『記憶』を見たのかい。あれを見るのはもう勘弁だよ」
やはり京子さんは和文の『記憶』を見たようだ。俺が把握しているのは、時を長く『止めた』り、大きく時間を操ると、『タイムパラドックス』が起きるということ。
「代償をなくすことは出来ないのか?」
「そうだね。それがないと人間が『神』に成り代わってしまうから。物事は都合の良いようにはできていないのさ」
「俺は、今まで力を使ってきて、これといった代償を感じたことがない。それはなぜなんだ?」
和文や京子さんのような、自身に強く影響する出来事が、俺にはない。
「代償というのはねえ、少しでも使えば出るはずだよ。ただ、それが表に出るか出ないかの話」
「表に出るか出ないか……俺にはまだ分からないな」
「まあ、今後何かしらで分かるようになるさ。『天気』は予想できないから」
俺の力は頻繁に使うものではない。そもそも『天気』を変えて一時間は上書きすることが出来ない、という制約がある。いや、俺が思い込んでいるだけなのか?
「京子さんの力は、基本一人に向けてやるものだよな? 和文の『時間』も、あまり広範囲に使うものではないだろ?」
「良い着眼点だ。ついでに教えとくけどねえ、範囲が縮小するほど、力は強くなるのさ」
ということは、『記憶』と『時間』は元々大きな力を秘めているのか。そう考えると、『天気』は比較的弱いほうなんだな。
「俺の『天気』も、使い方によってはそうなるってこと?」
「そういうこと。そうだ、この前和文が使ってたらしいじゃないか。『ピンポイント・タイムストップ』って言うんだっけ?」
「夜の神社で会ったとき、俺が投げた石だけの時を『止めて』いたやつだな」
和文は何でもかんでも京子さんに話しているみたいだ。情報がダダ洩れじゃないか。
「まあ、生き物には試さないほうがいいかもねえ」
「それは、『タイムパラドックス』のせいか?」
「そうだねえ。過去に起きたように、強く時を『止める』行為を人にやると、必ず脳に影響が出る。これは『記憶』でも言えることだよ」
多分、時を『止め』過ぎる、『戻し』過ぎる、『進め』過ぎるのが、『タイムパラドックス』が起こる原因なのだろう。しかし、和文がまだ試していないことがあることに、俺は気づいた。
「ちょっと待て、試したいことがあるから、和文を呼んでいいか?」
「構わないよ」
俺は裏庭にいる和文を呼びに行った。
俺の仮説はこうだ。もし一部の時を『止めた』として、もちろん周りの時は『進んで』いる。じゃあ、『止めた』ものをそのまま解除せず、周りの時に合わせるように『進めて』から解除したなら、『タイムパラドックス』は起きないのか。
「和文、俺の言ってること分かったか?」
「分かんねえけど、とりあえず何か『止めた』らいいんだな?」
「そうだ。いきなり人相手は怖いからな、俺がこの水の入ったコップを倒すから、それを『止めて』くれ」
和文は両手を構える。
「ピンポイント・タイムストップ!」
水がこぼれかけたコップの時が『止まった』。まずここまでは成功だ。
「よし、じゃあ、次は同じように『ピンポイント』で時を『進める』んだ」
再び和文が両手を構える。
「ピンポイント・タイムフォワード!」
コップの時は『進み』、早送りされていく。そして、水がこぼれきった瞬間に時は正常に動き出した。
「和文、力の発動をやめたのか?」
「い、いや、おいらじゃない。勝手に終わったんだよ」
「そこから時をさらに『進め』られるか?」
和文は訳が分からない、という顔だが、渋々両手を構える。
「ピンポイント・タイムフォワード!」
早送りが開始された。時がどんどん『進み』、こぼれた水は床まで滴り落ちていく。そこまでくると、和文が急に力の発動をやめ、その場にへたり込んだ。
「大丈夫か?」
「う、気持ち悪い……」
力を使わせ過ぎてしまった。
「すまん、立てるか?」
「うん、大丈夫……なんか、急にめまいがして、乗り物酔いみたいな……」
無言で様子を見ていた京子さんが口を開いた。
「それは『時間酔い』だよ。『時間』を操作し過ぎて、具合が悪くなったんだろうさ。ほら、水を飲みな」
「ありがとう、姐さん」
和文はちょっと回復したみたいだ。
「今はとりあえず休んでくれ。俺は、今見たものを頭で整理するから」
「分かった……」
二階に上がる和文を見届け、俺は京子さんに質問する。
「あれは、『タイムパラドックス』が起きなかったってことでいいよな?」
「そうだね。でも、現在流れている時と同じ速さに合った瞬間、力の発動は自然に止まるみたいだねえ。それ以上『進める』場合は、もう一度発動し直す必要がある」
和文の力は『タイムパラドックス』を引き起こさないようにするために調節することが出来るが、それをすると、反動で自分に『時間酔い』が起こる、というわけだ。
「まだ、人に試していない……」
「やめときな。そんなの誰で試すんだい? 好奇心は良いことだけどねえ、誰かを犠牲にするなら話は別だよ」
「わ、分かった」
京子さんから怒りを感じ、俺はこれ以上の詮索をやめることにした。
数日後、俺は天音を連れて店にやってきた。
「傑、いつもこんなお店に入り浸ってるの?」
「別にそういう店じゃないぞ。健全な和風BARだ」
「でも、お酒飲めないし。てか、なんで連れてきたの?」
天音は何かを疑っている。この際、俺の力がバレるのは仕方がないだろう。しかし、変な誤解はされたくない。
「いいから、ちょっと確かめたいことがあるだけだ」
「まあ、いいけど……」
店に入ると、いつも通り京子さんは煙管を吸いながら座っていた。
「おや、その子が幼馴染かい?」
「もしかして、もう何か分かったのか」
「傑、その子は『当たり』だよ」
そうか、やっぱり天音にも『神の力』が宿っていたんだ。
「どういうこと? 私さっぱり分かんないよ!」
「俺からは説明しづらい。この店のママ、京子さんに聞いてくれ」
天音は明らかに動揺している。それもそうだろう、そんな力があるなんて、信じてもらえるはずがない。
「あんた、名前は?」
「い、伊豆天音です……」
「そうかい。天音、あんたは昔から思い通りに過ごすことが出来たんじゃないかい?」
俺にも天音にも、心当たりはあった。しかし、天音自身は思い通りにいくことに違和感を覚えることができなかったのだろう。
「それってみんなやってることじゃないですか? こうなりたいって努力して……」
「じゃあ、人の気持ちが分かったり、感じたりしたり、それもみんな出来ていると思うのかい?」
「な、なんでそのこと……」
もちろん初耳だった。天音は人の心を読むことが出来るのか?
「あたいには分かるのさ。上手く隠してきたつもりだろうけど、傑のこともかずのことも、本当は『神の力』の存在を理解していることもねえ」
「だって、『聞こえて』くるから……! 私には分かりません!」
「天音……もう隠さなくていいんだ」
この反応は図星だ。聞く限りでは制御ができていないのかもしれない。
「違うよ、私は知らない! だから、気持ち悪いなんて言わないで……」
「そんなこと言うはずないだろ! 天音、京子さんの話を聞くんだ」
「混乱するのも無理ないよ。少し座りな」
俺は天音を店内の椅子に座らせ、落ち着くまで待つことに。
「他人に心の中を知られてるって、怖いことでしょ? 私だって聞きたくて聞いてるんじゃないよ。勝手に聞こえてくるの」
天音は泣きながら話し始めた。
伊豆天音は、幼い頃から人の心を聞いてきた。
「あ! お菓子食べたいんでしょ! 私持ってるよ!」
「え? あ、ありがとう……」
その人のしたいことや欲しい物、全てが聞こえてくる。
「鬼ごっこがいいんだよね? やろうやろう!」
「あ……うん」
天音は人に好かれたい、役に立ちたいと思い、その内なる願望を叶え続けていた。しかし、それは当然普通ではなかったのだ。
「天音ちゃん、なんか怖い」
「あの子に全部見透かされてるみたいで気持ち悪いのよ」
ショックだった。友達もその保護者も、天音と距離を置くようになった。
「傑……私っておかしいのかな」
「思いやれるのはいいことだろ? 気にすんなよ」
傑だけは違った。発する言葉はいつも本音だったからだ。天音は、傑以外に心を許せる人がいなかった。
「私、傑が『天気』を操れること知ってた。あの日、和文くんがお家に来た時も、『時間』が操れる人なんだって知った」
「なら、どうして今まで……」
「嫌われたくなかったから、傑も離れて行っちゃうと思ったから……!」
天音は思い通りに過ごしてきたんじゃない。本当に自分から目を逸らし、怪しまれないように普通を演じていただけだったんだ。
「力の存在を知っているなら話は早いよ。あんたの持っているそれは、『精神』の力さ」
「詳しいんですね……」
「もしかして、天音の力も……?」
京子さんがその力を知っているということは、過去にその能力者が村にいたということ。『クロネコ』が俺の心を読んでいたのは、『精神』が関係していたんだろう。
「ああ、傑の思っている通りさ。その力はね、人の心を『読む』、気持ちを『変える』、場合によっては人の願いを『叶える』ことが出来るんだよ」
「その通りです……多分」
俺が天音に気持ちを左右されたり、昔に天音が猫になったのも、全て力が関係していたんだな。
「あいつも使えるってことだよな……」
「あいつ?」
「その話はまた今度しようか。今日はもう遅いから帰りな」
天音を家まで送り、俺はまた店に戻って、京子さんに詳しい話を聞くことにした。
「わざわざ戻ってこなくてもよかったのに」
「気になって寝れないからな。『クロネコ』のことについて色々話に来た。和文は?」
「そういえば、今日は見てないねえ。またあの神社にでも行ってるんだろうさ」
和文とはよくあの神社で会ってたけど、何をお願いしているんだろうか。
「まあ、いないほうが都合良いか」
「そんなこと言ってやるんじゃないよ。仕方ない、話をしようか」




