第八話:吉野の健康と葵の気遣い
『社内バズチャレンジ』の成功と、社長からの強力なバックアップを受け、『イノベーション推進室』はまさに順風満帆だった。俺は室長として、新たな企画の立案や人員の調整で、目が回るような忙しさの中にいた。会議は増え、残業も続き、気づけば終電を逃す日も珍しくない。
「吉野室長、この資料の最終確認をお願いします!」
「吉野さん、次の打ち合わせ、15分後です!」
小川莉子をはじめとする女性メンバーたちは、皆、俺の期待に応えようと必死に働いてくれる。高瀬さんも的確なアドバイスとサポートで、俺を支えてくれていた。だが、身体は正直だった。慢性的な寝不足と運動不足で、朝起きるのが辛くなっていた。肩は凝り固まり、時折、頭痛に悩まされることもあった。
(さすがに、そろそろ限界か…?)
ディスプレイに映る自分の顔は、少しやつれているように見えた。
◆
そんなある日の昼休み。俺がデスクで簡単なサンドイッチを齧っていると、ひょっこりと葵が顔を出した。彼女はいつも通り、明るい笑顔で俺に話しかけてきた。
「吉野さん! お疲れ様です! あ、それだけですか? ちゃんとご飯食べてますか?」
彼女の鋭い指摘に、俺は思わず咳き込んだ。
「ああ、まあ、時間がないからな…」
「ダメですよ! 吉野さん、最近顔色悪いです! ちゃんと寝てますか? まさかとは思いますが、運動とか全然してないんじゃ…?」
葵は俺の顔を覗き込み、心配そうな表情になる。図星だった。運動なんて、この数年間、ほとんどできていない。
「見てくださいよ、吉野さん! 肩、カッチカチじゃないですか!?」
葵が俺の肩をぐいっと掴んだ。その小さな手から伝わる力に、俺は思わずうめき声を上げる。
「痛たた! おい、葵ちゃん…」
「ほら、やっぱり! 吉野さん、完全に運動不足ですよ! これじゃあ、せっかくすごい企画を考えても、身体がついていきませんよ!」
葵は真剣な表情でそう言い放ち、俺の前にスマホを差し出した。画面には、スポーツジムのウェブサイトが表示されている。
「あのですね、吉野さん! 私、最近ジムに通い始めたんですよ! すごく気分転換になりますし、健康的になれるんです! 吉野さんも、一緒にどうですか!?」
「ジム…?」
俺は、彼女の提案に思わず渋い顔をした。ジムなんて、俺には縁のない場所だ。運動なんて面倒だし、それに…
「いや、俺は別に…」
言い訳をしようとすると、葵は俺の顔をじっと見つめてきた。その瞳は、まるで俺の内心を見透かしているかのように真っ直ぐだ。
「吉野さん。私、吉野さんがもっともっと活躍して、会社を、そして日本を良くしていく姿が見たいんです。そのためには、吉野さんの身体が資本でしょう? 少しでも元気になってほしいんです」
葵の言葉は、飾らない純粋な気遣いに満ちていた。俺を信じ、俺の才能を信じ、そして俺の健康まで気遣ってくれる。この子がいてくれるからこそ、俺はここまで来られたのだ。
「…分かったよ、葵ちゃん。君がそこまで言うなら、行ってみるか」
俺の返事に、葵はパッと顔を輝かせた。
「本当ですか!? やったー! じゃあ、今度の日曜日、一緒に体験に行きませんか!?」
葵の無邪気な笑顔を見ていると、ジムに行くのも悪くない気がしてきた。むしろ、彼女との時間を過ごせるなら、それは最高の気分転換になるだろう。
俺の新たな挑戦は、仕事だけにとどまらないようだ。窓際で終わるはずだった俺の人生は、今、健康な身体を手に入れて、さらに加速しようとしていた。
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