第六話:高瀬の加入と葵の助言
『イノベーション推進室』に集まってくれたのは、全員が女性社員だった。営業企画部の小川莉子を始め、彼女たちの目は輝いていた。俺の才能を信じ、SNSを使った新しい企画への期待を抱いている。男性社員からの偏見や、新設部署のキャリア的リスクを顧みず、純粋な好奇心と熱意で集まってくれた彼女たちに、俺は新たな責任を感じていたが、同時に少しだけ不安を感じてもいた。
その最大の理由は、葵が今日をもって職場体験を終了する日だったからだ。
「吉野さん、今までありがとうございました! すごく勉強になりました!」
葵は深々と頭を下げた。その顔は、ほんの数週間前、窓際部署で俺に「データ管理って何ですか?」と尋ねてきた時よりも、ずっと大人びて見えた。
「ああ、俺も助けられたよ、葵ちゃん。君が来てくれなかったら、俺の才能なんて、ずっと埋もれたままだった」
素直な気持ちだった。彼女がいなければ、俺は今もあの窓際部署で、何の希望もなく時間を潰していただろう。俺の人生を変えてくれたのは、間違いなく彼女だ。
「そんなことありませんよ。吉野さんならきっと私なんて居なくても今以上の成果を出せていました」
そう言ってはにかんだ葵が、上目遣いで見上げて来た。
「……また、遊びに来てもいいですか?」
その言葉に、俺はなぜかホッとした。
「もちろん大歓迎だ。いつでも来い」
去っていく彼女の背中を見送りながら、俺は心にぽっかりと穴が開いたような寂しさを感じた。たった数週間。だが、俺にとって、葵の存在はそれほどまでに大きくなっていたのだ。
◆
数日後。オフィスで新しいメンバーたちと顔合わせをしていた俺の元に、予想外の人物が現れた。
「吉野くん、私もこの部署に参加させてもらうわ」
すらりとした長身。透き通るような声。そこに立っていたのは、37歳の先輩社員、高瀬美緒さんだった。彼女は女性管理職の一人で、社内でも一目置かれる存在だ。
「高瀬さん…!?」
俺は思わず立ち上がった。高瀬さんが、こんなキャリア的リスクの高い新設部署に来るとは、全くの想定外だった。
「驚いた顔ね。でも、社長から直接指示があったのよ。あなたの補佐役として、この部署の立ち上げを手伝うようにと」
高瀬さんは涼しい顔でそう言ったが、俺は彼女の瞳の奥に、ただの業務命令ではない、何か別の感情が宿っているのを感じた。彼女は以前から俺の分析能力に注目していたはずだ。
「吉野くんのデータ分析力は本物だもの。それに、私のようなベテランが一人いる方が、この部署も安定するでしょう?」
彼女はそう言って、にやりと笑った。高瀬さんの加入は、この『イノベーション推進室』にとって、計り知れないほど大きな戦力となる。経験豊富な彼女の存在は、まだ手探りの俺たちにとって、非常に心強い。
「高瀬さん、ありがとうございます! ぜひ、力を貸してください!」
俺は頭を下げた。高瀬さんは、俺が率いる女性だけのチームに、安定と信頼という、確かな支柱をもたらしてくれた。
◆
新しい『イノベーション推進室』での日々が始まった。高瀬さんを含めた女性メンバーたちは、皆、真面目で前向きだ。俺の分析能力に尊敬の念を抱いてくれているのが、ひしひしと伝わってくる。
俺は、これまで『ハーモニー・ウェイブ』で培ってきた分析技術を、メンバーたちに共有し始めた。
「社員の投稿には、単なる愚痴だけじゃない。そこには、まだ形になっていない会社の課題や、新しいビジネスのヒントが隠されている」
俺がそう説明すると、小川莉子をはじめとするメンバーたちは、真剣な眼差しでメモを取っている。高瀬さんも、時折鋭い質問を投げかけ、議論を深めてくれる。
そんな俺たちの議論に、ひょっこりと顔を出したのは、やはり葵だった。彼女の職場体験期間は既に終わっているはずだが、放課後や休日に、時々様子を見に来てくれていた。
「失礼します。……吉野さん、皆さん、お疲れ様です!」
「葵ちゃん、どうした?」
「ちょうど通りかかったので! 皆さん、何か面白いこと考えてるんですか?」
葵は俺たちの議論に興味津々だ。俺たちは社内全体の活性化を目的とした新しい企画、通称『社内バズチャレンジ』を検討していた。社員が自由にアイデアを投稿し、それが『ハーモニー・ウェイブ』でどれだけ注目されるかを競う企画だ。
「『社内バズチャレンジ』か…。面白いとは思うけど、どうすれば社員が積極的に参加してくれるか、頭を悩ませているところよ」
高瀬さんがそう漏らすと、葵はスマホを弄りながら、あっけらかんと言った。
「きっともっとエモくて、みんなが共感できるテーマにすれば、積極的に参加してくれますよ!」
「エモい…?」
俺や高瀬さんは、思わず顔を見合わせた。
「例えば、会社の歴史とか、部署ごとの隠れた魅力を社員が紹介し合うとか! あとは、ちょっとしたプライベートな一面が見えるような、クスッと笑えるような企画とか!」
葵の口から次々と飛び出すのは、俺たちには思いつかないような、若者ならではの感覚だった。彼女のSNSを使いこなす世代の視点は、まさに『ハーモニー・ウェイブ』を活性化させるための、金脈のようなものだ。
「なるほど…! 『ハーモニー・ウェイブ』の利用者層の感覚を直接聞けるのは、すごく助かるわ」
高瀬さんが感心したように頷く。
「吉野さんの分析力に、葵ちゃんのアイデア。最強の組み合わせですね!」
小川莉子も目を輝かせた。
葵の何気ない一言が、俺たちの企画に新たな光をもたらした。俺は、改めて葵の存在の大きさを感じていた。彼女は、俺がこの新しい場所で成功するために、必要不可欠な存在だと。
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