第四話:ヒーローの誕生と唯一の理解者
会議室を出た俺は、まだ夢見心地だった。数分前まで「給料泥棒」と罵られていた俺が、社長に直接「よくやった!」と褒められたのだ。役員たちの視線も、軽蔑から尊敬へと劇的に変わっていた。
「吉野さん! すごいです! 本当にトラブルを解決しちゃいましたね!」
隣で、葵がパタパタと手を叩きながら、満面の笑みを浮かべている。その顔は、まるで自分のことのように喜んでいる。
「ああ。葵ちゃんがいなかったら、気づかなかったことばかりだ」
俺は素直に感謝の言葉を口にした。彼女の純粋な好奇心と、俺の言葉を信じてくれたこと。それらがなければ、俺はシステム部の冷たい対応に諦め、この才能が埋もれたままだっただろう。
「そんなことないです! 吉野さんの才能ですよ!」
葵はぶんぶん首を振る。そのひたむきさに、俺の心は温かくなった。この会社で、こんなにも真っ直ぐに俺を信じてくれる人間がいるなんて、思ってもみなかった。
◆
会議室から戻ると、データ・リンク部のフロアは、すでに騒然としていた。俺のデスクの周りには、人事部員や他部署の社員たちが集まってくる。
「吉野さん、本当にありがとうございました! おかげで経費精算間に合いました!」
「まさか吉野さんがこんな才能をお持ちだったとは…失礼いたしました!」
普段は俺に目もくれないような社員たちが、口々に感謝や謝罪の言葉を述べてくる。その中には、先日コピー機の不具合を愚痴っていた社員もいた。みんな、手のひらを返したように俺を褒め称える。俺を馬鹿にしていた上司たちも、今では「君の部署はもっと重要な役割を担うべきだ!」と、目を輝かせながら俺を見ている。
そんな中、背後から冷たい視線を感じた。振り返ると、佐藤が憎々しげな顔で俺を睨みつけている。その顔には、先ほどの会議での屈辱がはっきりと刻まれていた。彼は何も言わず、ただ睨みつけ、人混みの中に消えていった。
そんな彼ら名様子を見ている中で、冷静な自分もいた。この状況は、一時的なものかもしれない。またすぐに、俺は窓際に戻される可能性だってある。
その時だった。人混みの中から、すらりとした女性が現れた。
「吉野くん、今回の件、見事だったわ」
透き通るような声。現れたのは、37歳の先輩社員、高瀬美緒さんだった。彼女は会社の中でも数少ない、女性管理職の一人だ。クールで仕事ができると評判で、俺とは普段ほとんど接点がない。
「高瀬さん…」
「あなたの『ハーモニー・ウェイブ』の分析力。まさか、そこまで社内の深層を読み解いていたとはね。正直、驚いたわ」
高瀬さんは、俺を値踏みするような視線を向けた。だが、それは佐藤のような侮蔑ではなく、何かを探るような、純粋な興味の視線だった。
「『データ・リンク部』という部署は、これまで会社で軽視されてきた。でも、今回のことで、その価値は証明されたわ。社長も、この部署に新しい役割を考えているみたいよ」
高瀬さんの言葉に、俺は思わず息を呑んだ。新しい役割?
「あなたの才能は、もっと会社のために活用されるべきだわ」
高瀬さんはそう言い残すと、颯爽と去っていった。彼女の言葉は、今後の展開を示唆しているようだった。
周囲の喧騒の中、俺の隣にいる葵だけが、変わらず俺を信じて見上げていた。その瞳は、まるで希望の光を宿しているかのようだった。
「吉野さん、これからもっと、吉野さんの才能をみんなに知ってもらえますね!」
葵は屈託のない笑顔で言った。そうだ、俺を信じてくれたのは、葵だけだ。そして、俺の才能を最初に「すごい」と見出してくれたのも、彼女だ。
この状況は、葵がいてくれたからこそ生まれたものだ。彼女の存在は、俺にとって、この会社の誰よりも大きな支えになってくれるだろう。
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