第三話:解析の閃きと最初のざまぁ
「吉野さん、本当に原因が分かるんですか!? 何か手伝えること、ありますか!?」
俺の言葉に、葵は前のめりになって尋ねてきた。彼女の純粋な期待が、俺の背中を強く押す。システム部にも、上司にも、佐藤にも無視され続けた俺の言葉を、この子だけが信じてくれている。
「ああ、手伝ってくれ、葵ちゃん。俺の頭の中にある仮説を、具体的なデータで裏付けたい。システム部や経理部が混乱してる今なら、逆に普段見られない情報が見えるはずだ」
俺はすぐにPCに向き直り、キーボードを叩き始めた。葵は言われるがまま、てきぱきと手元のスマホで『ハーモニー・ウェイブ』の過去ログを検索し、俺に読み上げてくれる。
「『アカウンティング・リンク』の仕様変更、一部でバグがあるって投稿が三週間前にありました! あと、『備品管理システム、新しいバージョンに強制アップデート』ってのが二週間前!」
「よし、それだ!」
俺の脳内で、パズルのピースが次々と嵌まっていく。コピー機の不具合が『アカウンティング・リンク』の経費精算モジュールの障害と直結しているという俺の仮説。そこに備品発注の遅延が加わることで、さらに複雑な問題を引き起こしている。
「葵ちゃん、もしかしたら…」
俺は、数秒で明確な結論に達した。
「原因は、『アカウンティング・リンク』のアップデートが、備品発注システムとの連携を壊している。そのせいで消耗品の発注データがシステム側で正しく処理されず、現場に届かない。結果、コピー機は紙詰まりやトナー切れを起こし、その不具合がさらに経費精算システムの負荷を上げ、全体の障害を引き起こしてるんだ!」
「ええっ!? そんな、じゃあコピー機は悪くないんですか!?」
葵は驚きを隠せない。
「ああ、元凶はシステム連携の不具合だ。コピー機はただの被害者ってわけだ」
俺たちはすぐに分析結果をまとめ、システム部と経理部の混乱の最中に、社長や役員も含めた関連社員が参加する障害対策会議の招集をかけた。
「吉野さんが解決策を見つけたって、本当ですか?」
人事部員が半信半疑で尋ねてきた。
「はい、確信しています」
俺は真っ直ぐ答えた。葵が隣で、ギュッと俺の服の裾を掴んでくれている。その小さな手が、俺に勇気をくれた。
◆
会議室は異様な熱気に包まれていた。役員たちが苛立ちと不安の表情を浮かべ、システム部長と経理部長が冷や汗をかきながら頭を下げている。佐藤も営業部長の隣で、不機嫌そうな顔で俺を睨んでいた。
「で、吉野くん。君がこの緊急事態の原因を突き止めたと聞いたが、本当かね?」
社長の声が響き渡る。
「はい。今回のシステム障害の原因は、経理システム『アカウンティング・リンク』の不完全なアップデートにあります」
俺はプロジェクターに資料を映し出し、説明を始めた。
「三週間前の『アカウンティング・リンク』の小規模アップデートが、備品発注システムとの連携モジュールに予期せぬバグを発生させました。その結果、コピー機などの消耗品の発注データが正しく処理されず、品切れが頻発。現場の社員は手動で発注せざるを得なくなり、それが経費申請の件数を爆発的に増加させました」
俺は『ハーモニー・ウェイブ』のタイムラインを証拠として提示した。社員たちの些細な愚痴や報告が、具体的なデータとして画面に表示される。
「この突発的な経費申請の増加が、『アカウンティング・リンク』に過剰な負荷をかけ、最終的に経費精算モジュール全体のダウンを引き起こしたと考えられます」
会議室に、ざわめきが起こる。
「馬鹿な! そんな些細な情報でシステム障害の原因が分かるわけがないだろう!」
佐藤が立ち上がり、俺を指差して叫んだ。
「なんだ、その根拠のない妄想は!? 俺たちの重要な業務が滞っているんだぞ! データ・リンク部のお遊びにつき合ってる暇はない!」
システム部長も眉をひそめ、不満げな顔で「我々の部署は何度もチェックしている。そんなバグは存在しない」と反論した。
「ならば、試してみましょうか」
俺は冷静に言い放った。
「備品発注システムのアップデートを一度ロールバックしてください。それだけで、経費精算システムへの負荷が減り、モジュールが回復するはずです。同時に、在庫不足の消耗品も正しく発注されるようになる」
会議室が静まり返る。システム部長は顔色を変えた。バックアップからのロールバックは、最終手段に近い処置だ。それを、俺のような窓際社員が指示するなんて、ありえない。
「そんな無責任なこと、できるわけがないだろう!」
佐藤がまた叫んだ。
その時、社長が大きく息を吸い込んだ。
「……吉野くん。君の提案、試してみる価値はある。システム部、吉野くんの指示に従え」
社長の鶴の一声に、システム部長は渋々といった様子で頷いた。佐藤は呆然と立ち尽くしている。
システム部員たちがすぐに作業に取り掛かる。会議室の緊張感は最高潮に達していた。
数分後。
「社長! 経費精算モジュールの負荷が下がりました! システムが回復しています!」
システム部員の一人が、興奮した声で報告した。会議室に、歓声が沸き起こる。
「まさか……」
佐藤が信じられないといった顔で立ち尽くしている。
「うそだろ……。お前が、本当にやったのか…?」
俺は、呆然と呟く佐藤を一瞥し、そして隣で、感動で瞳を潤ませている葵の顔を見た。彼女だけが、最初から俺を信じてくれた。
「吉野くん、よくやった!」
社長が立ち上がり、俺の肩を力強く叩いた。
「君の部署は、会社の未来にとって不可欠な部署だ。今回の件で、その価値を証明してくれた」
役員たちの俺を見る目が、完全に変わっていた。先ほどまで俺を嘲笑していた佐藤は、顔面蒼白で口をパクパクさせている。周囲の社員たちも、尊敬と驚きの視線を俺に送っている。
この瞬間、窓際で終わるはずだった俺の人生は、大きく動き出したのだ。
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