第二十七話:社長への告白
社長に俺と葵の関係を打ち明ける日。その朝、俺はスーツに身を包み、いつも以上にネクタイをきつく締めた。まるで、これから大一番のプレゼンテーションに臨むかのような緊張感だ。いや、それ以上かもしれない。
葵は、いつもの制服姿ではなく、あの日、俺が選んだ白のパーカーとジーンズという、少しカジュアルながらも清潔感のある服装で、会社のロビーに現れた。彼女の顔は、俺と同じように少しだけ緊張しているように見えたが、その瞳には、揺るぎない覚悟が宿っていた。
「吉野さん、大丈夫です。きっと、分かってくれますよ」
葵は、俺の手をそっと握ってくれた。その温かさが、俺の緊張をわずかに和らげてくれる。
社長室へ向かう廊下は、いつもよりも長く感じられた。一歩踏み出すごとに、心臓の鼓動が速くなる。だが、俺の隣には葵がいる。彼女がいてくれるなら、どんな困難も乗り越えられる。そう、自分に言い聞かせた。
◆
社長室の扉をノックすると、社長のいつもの朗らかな声が聞こえた。
「入りたまえ」
扉を開けて中に入ると、社長はデスクに座り、書類に目を通していた。俺と葵の姿を見ると、彼は少し驚いたような顔をした。
「おや、吉野くんと葵ちゃん、二人でどうしたんだね? 何か用事かね?」
俺は、深呼吸をして口を開いた。
「社長、本日は、我々二人から、お話ししたいことがございます」
俺の声は、思ったよりも落ち着いていた。社長は、俺たちのただならぬ雰囲気を察したのか、書類から目を離し、真剣な表情で俺たちを見つめた。
「改まりたまって。何だい?」
俺は、葵と目を合わせ、頷き合った。そして、もう一度深呼吸をして、言葉を紡いだ。
「私と、葵さんは…その、お付き合いさせていただいております」
社長の顔から、一瞬にして血の気が引いていくのが分かった。彼の表情は、驚きと困惑、そして、わずかな怒りが入り混じったものへと変わった。
「な…なにを、言っているんだ、吉野くん…? 葵ちゃん、これは本当なのかい?」
社長の声は、怒りというよりも、信じられない、という響きが強かった。彼は、葵を大切に思っているからこそ、突然の告白に動揺しているのだろう。
葵は、社長の視線から逃げることなく、真っ直ぐに彼を見つめた。
「はい、おじさま。私、吉野さんのことが…大好きです」
葵は、自分の気持ちを、はっきりと、そして力強く言い切った。その言葉は、社長にとっても、そして俺にとっても、衝撃的だった。彼女の口から、こんなにもストレートな「好き」という言葉が出るとは思わなかった。
社長は、しばらくの間、何も言えずに固まっていた。その沈黙が、俺の心臓を締め付ける。最悪の事態が頭をよぎる。猛反対され、葵と引き離されてしまうのか。
やがて、社長は深く息を吐き出した。
「葵ちゃん…君はまだ、高校生だろう? そして、吉野くんは…私の会社の社員だ」
社長の声は、落ち着いていたが、その言葉には、はっきりと懸念が込められていた。年齢差、そして社会的な立場。俺が最も恐れていた問題だ。
「おじさま、年齢は関係ありません。吉野さんは、私を誰よりも大切にしてくれます。そして、吉野さんがどれだけ真面目に、そして一生懸命に仕事に取り組んでいるか、私は一番よく知っています。私、吉野さんと一緒なら、どんな困難も乗り越えられます」
葵は、社長の言葉に臆することなく、自分の気持ちを訴え続けた。その言葉は、俺の心を大きく揺さぶった。彼女の覚悟と、俺への揺るぎない信頼が、社長にも伝わっていくのが分かった。
社長は、再び沈黙した。そして、俺と葵の顔を交互に見つめた後、ゆっくりと椅子から立ち上がり、俺の前に立った。俺は、覚悟を決めて、社長の視線を受け止めた。
「吉野くん…葵は、私にとって、目に入れても痛くない大切な娘のような存在だ。そんな葵ちゃんを、君に任せて、本当に大丈夫なのかね?」
社長の問いかけに、俺は迷わず答えた。
「はい、社長。私が、必ず葵さんを幸せにします。どんな困難があっても、私が、葵さんを守り抜きます」
俺は、社長の目を見て、これまでの人生で最も真剣な表情で、そう断言した。
社長は、俺の目から、嘘偽りのない覚悟と、葵への真摯な愛情を感じ取ってくれたようだった。彼の顔に、微かな笑みが浮かんだ。
「…吉野くん、君のことは、私も高く評価している。窓際部署から、この会社を変えようと努力し、実際に結果を出してきた。それは、葵ちゃんのサポートがあったからこそだろうがね」
社長はそう言うと、俺と葵の顔を交互に見て、深くため息をついた。
「分かった。君たちの気持ちは、よく分かったよ。だが、一つだけ約束してほしい。葵ちゃんを、決して泣かせないこと。そして、二人の関係が、会社に、そして葵ちゃんの学業に悪影響を及ぼさないよう、最大限の配慮をすること。もし、それが守れなかったら…」
社長の言葉は、そこで途切れたが、その後の意味は、言わずとも伝わってきた。
「はい! 必ず守ります!」
俺と葵は、同時に、力強く返事をした。社長の言葉は、俺たちの関係を認めると同時に、俺への責任と、葵への愛情を強く試すものだった。
社長は、俺たちの覚悟を受け止めてくれたようだった。俺たちは、社長室を後にした。扉が閉まると同時に、俺と葵は、安堵のため息を漏らし、互いの顔を見合わせて、満面の笑みを浮かべた。
未来への大きな一歩を踏み出した。だが、これはまだ始まりに過ぎない。俺と葵の「恋」は、これから、様々な壁を乗り越え、より確かなものへと成長していくことだろう。