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第二十五話:年齢の壁と覚悟

 プライベートプールでのあの日以来、俺と葵の関係は、誰の目にも明らかになった。言葉を交わさずとも、互いの視線が交錯するたびに、甘く、そして確かな「恋」の予感が、俺たちの間を漂う。俺は、葵への感情が、もはや「親愛」などという生易しいものではなく、揺るぎない恋愛感情へと変化していることを、はっきりと自覚していた。


 葵もまた、俺への想いが「尊敬」や「憧れ」だけではない、一人の男性として俺を愛しているのだと、その仕草や表情から伝わってくる。彼女の笑顔は、これまで以上に俺の心を照らし、その存在は、俺の人生においてかけがえのないものとなっていた。


 だが、その確かな幸福感の裏で、俺は大きな葛藤を抱えていた。


 ◆


 俺と葵の間には、年齢差がある。俺は30代半ば、彼女はまだ高校生だ。社会的な立場も違う。俺は一介のサラリーマンで、彼女は社長の姪。周囲が、この関係をどう見るか。もし、俺が彼女の立場を利用していると誤解されたら? 俺のキャリアにも、彼女の未来にも、悪影響を与えるのではないか。


 これまで、俺は仕事の成功だけを考えてきた。だが、葵と出会い、彼女に恋をしてから、俺の人生の優先順位は大きく変わった。彼女を幸せにしたい。だが、そのために、彼女に苦労をさせてしまうのではないか。そんな不安が、俺の心を締め付けていた。


 ある日の夜、ジムでのトレーニングを終え、二人きりになった休憩スペースで、俺は意を決して、葵に話しかけた。


「葵ちゃん…」


 俺の声は、自分でも驚くほど震えていた。


「はい、吉野さん。どうしました?」


 葵は、いつものように純粋な眼差しで俺を見つめる。その真っ直ぐな瞳に、俺は言葉を選んだ。


「俺は…君のことが、大切だ。誰よりも、大切に思っている」


 葵の顔が、みるみるうちに赤くなる。彼女は俯き、何も言わない。


「だからこそ、考えてしまうんだ。俺と君では、年齢も違うし、社会的な立場も違う。世間は、この関係をどう見るだろう? 君に、辛い思いをさせてしまうんじゃないかと…」


 俺は、自分の不安を正直に打ち明けた。彼女の未来を思えばこそ、このまま曖昧な関係を続けるわけにはいかない。


 長い沈黙が流れた。俺は、葵がどんな答えを出すのか、固唾を飲んで見守っていた。彼女が、俺の不安に気づき、この関係から一歩引いてしまうのではないかという恐怖が、俺の心を支配していた。


 ◆


 やがて、葵がゆっくりと顔を上げた。彼女の瞳は、潤んでいるように見えたが、その奥には、これまで見たことのないほどの、強い光が宿っていた。


「吉野さん…私、そんなこと、少しも気にしてません」


 葵の声は、驚くほど澄んでいて、力強かった。


「年齢なんて、ただの数字じゃないですか。吉野さんが、どれだけ私を大切に思ってくれてるか、私にはわかります。それに、吉野さんが会社でどれだけ頑張ってるか、私が一番よく知ってるんですから」


 彼女は、俺の手をそっと握った。その小さな手から伝わる温かさが、俺の心に、確かな勇気をくれた。


「社長の姪だからとか、そういうのも関係ありません。私は、吉野さんだから、一緒にいたいんです。吉野さんだから、もっと吉野さんのことを知りたいって思うんです」


 葵は、俺の目を真っ直ぐに見つめ、一言一句、大切に言葉を紡いだ。


「吉野さんとなら、どんな困難も乗り越えられます。私が吉野さんを支えたいんです。吉野さんがどんな壁にぶつかっても、私が吉野さんの隣にいます。だから、不安にならないでください」


 彼女の言葉は、まるで俺の心の奥底に染み込むように響いた。それは、単なる甘い言葉ではない。俺への揺るぎない覚悟と、深い信頼が込められた、真実の言葉だった。


 俺は、葵の純粋な愛情と、彼女の決意に、ただただ感動していた。俺が勝手に抱いていた不安や葛藤など、彼女にとっては取るに足らないものだったのだ。彼女は、俺という人間を、ありのままに受け入れ、未来を共に歩む覚悟を決めている。


 俺は、葵のその手を取り、強く握り返した。彼女の温かい手が、俺の心を解き放ち、新たな決意を促した。


(ああ、俺は、この子を、一生かけて守り、幸せにしよう)


 俺と葵の間で、恋愛感情は確固たるものとなった。年齢の壁も、社会的な立場も、もう関係ない。俺は、葵と共に生きることを、この瞬間、心に決めた。

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