第十話:新たな目標と関係性の深化
あれから、俺と葵のジム通いは毎週日曜の習慣となった。
最初は息切ればかりしていたランニングも、今では無理なく続けられるようになった。
身体が軽くなったおかげで、仕事の集中力も増し、以前よりも効率的に業務をこなせるようになった。
「吉野さん、今日のランニング、ペース上がってますね! すごいです!」
隣で走る葵が、満面の笑顔で声をかけてくれる。彼女はいつも、俺の小さな変化にも気づき、心から喜んでくれる。その声が、俺にとって何よりの励みだった。
「ああ、葵ちゃんのおかげだよ。本当に誘ってくれてよかった」
「でしょ? 運動って、こんなに気持ちいいんですよ!」
「ありがとう。葵ちゃんは、俺にとって、誰よりも特別な存在だよ」
そう言うと、葵は楽しそうに笑い、さらにペースを上げた。彼女の健康的な美しさは、俺のモチベーションを常に刺激し続けてくれた。
◆
ジムでの時間は、単なるトレーニングに留まらなかった。貸し切り状態のジムで、他の誰にも邪魔されることなく、俺と葵は二人きりの時間を過ごすことができた。
トレーニングの合間には、休憩スペースで他愛もない話をする。葵の学校での出来事、友達との会話、最近ハマっているSNSのトレンド。そして、俺の仕事のこと、部署のメンバーのこと。最初は仕事の話ばかりだった俺も、徐々にプライベートな話をすることも増えていった。
「吉野さん、最近、すごく楽しそうですね」
ある日、ストレッチをしている時に、葵がふいにそう言った。
「そう見えるか?」
「はい! 前はいつも、なんだか元気ない感じでしたけど、今はキラキラしてます!」
キラキラ、か。自分ではそう思わなかったが、葵の言葉は素直に嬉しかった。
「それは、葵ちゃんが俺の部署に来てくれて、俺の才能を信じてくれたからだよ。それに、こうしてジムに誘ってくれて、身体も心も健康になれた」
俺がそう言うと、葵は少し照れたように俯いた。
「私も、吉野さんと一緒にいると、すごく楽しいです。吉野さんの話を聞くのが、すごく刺激になります」
彼女の言葉は、俺の心にじんわりと温かさを広げた。会社では室長として、高瀬さんや他のメンバーを率いる立場だ。強くいなければならない。だが、葵の前では、弱い部分も、素直な気持ちも話すことができた。彼女は、俺を「吉野室長」としてではなく、「吉野悠斗」として見てくれている。そのことが、俺にとって何よりも心地よかった。
ジムでの時間を共有する中で、俺と葵の距離は、確実に縮まっていた。
◆
体力と気分の向上は、仕事にも良い影響をもたらした。新たな企画のアイデアが次々と浮かび、メンバーとの議論もより活発になる。俺は、これまで誰も気づかなかった『ハーモニー・ウェイブ』の深層に眠る情報を、より鋭く、より効率的に読み解けるようになっていた。
「吉野室長、このデータ、やはり社内の特定の部署間で、微妙な温度差がありますね。特に、システム部と営業部…。これは、次の企画のヒントになるかもしれません」
高瀬さんが、俺が分析した資料を見て、真剣な表情で呟いた。彼女も、俺の分析能力が向上していることに気づいているようだ。
「ええ。このデータを使えば、新たな社内連携の仕組みを提案できるかもしれません」
俺の言葉に、高瀬さんが満足そうに頷く。
『イノベーション推進室』は、今や社内での存在感を確固たるものにしていた。俺の人生は、文字通り『ハーモニー・ウェイブ』によって大きく変わった。そして、その変化の中心には、いつも葵がいた。
彼女が俺にくれたものは、単なる「健康」だけではない。俺の隠れた才能を見出し、信じ、そして常にそばで支え、励ましてくれる存在。俺は、彼女との出会いに心から感謝していた。
次の目標は、この『イノベーション推進室』を、会社になくてはならない存在として、さらに確立することだ。そのためには、もっと大きな成果を出す必要がある。俺は、これからの挑戦に、身体も心も準備万端だった。