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触れぬ光

作者: 徒華

コンクールで表彰された絵

学年で2位だった英語のテスト

難関高校の合格通知


見向きもされなかった絵

怒鳴られた数学のテスト

当たり前だと言われた日


幼い頃から褒められた記憶はない。

完璧でないと愛されないと知ったのは小学五年生。

大好きな母親が私の成績が悪いのはお前のせいだと父親に怒鳴られた時からだ。

人に期待しない方が幸せだということを覚えたのはいつだったか。

もう遠い過去の話だ。


「おはようございます!」

光里(ひかり)ちゃんおはよう。」

元気で気持ちの良い挨拶。を掲げる会社になんとか入った私は重たい体を引き摺りながらもそれを微塵も感じさせないように笑顔を作った。

小中高専門と地味なモブ人生を送ってきた私は普通の会社に入って普通のしがない会社員(販売業)を始めた。

きっとこれが正解。

実家から約400kmの縁もゆかりも無い土地。

だけど父親の監視から逃れられる機会。

そして私にはキラキラな人生なんて送れるわけがない。

盛大なため息が漏れる。

自分のフロアにはまだ誰も来ていなかったから"いつも元気な光里ちゃん"のイメージは崩れなかった。

開店の準備をなんとか1人で進める。

ご飯を食べ損ねたので胃が痛い。

ラッキー。今日も掃除当番じゃない!

新卒は雑務からが多いというが私の場合それはあまり感じなかった。

きっとそれがなんとか仕事を続けられている理由なのだろう。

人と喋ることや必要とされることが大好きというかつまらない単純作業が嫌いなのだ。

だから開店準備も掃除とかよりレジ開けとかしてる方が楽しい。

「おはよう光里ちゃん。今日も早いねぇ。」

パートのおば様達がロッカールームから降りてきた。

消えていた笑顔を復活させて「おはようございます!」と言う。

あぁ今日もつまらない1日が始まる。

土曜日ということもあってか人が多い。

でもこれもいつも通り。

なんとか営業スマイルを携え捌ききってあっという間に昼休憩。

閉まっていたスマホを取り出すとLINEに通知が1件。彼氏からだ。

お昼ご飯のパンをもぐもぐと食べながらチェックしようとLINEを開こうとした時同じフロアのパートで年齢も近い女性が話しかけてくる。

「お疲れ様。土曜日は人すごいね〜。でも光里ちゃんはすごいよ…よくそんなに手際よくやれるね将来有望ってこの間店長が喜んでたよ!これも彼氏パワーか!今度いつ会うの?」

「パートさん達ありきですよ。皆さんの教え方が上手いからなんとかやれてるんです。彼氏とは2週間後に会いますよ。ちょうど彼氏からLINEも来てるんですよ。」

「いや〜やっぱり光里ちゃんの飲み込みが早いからだよ!彼氏くんに早く返しな!」

はい!とニッコリ笑い私はスマホに目を落とす。

彼氏は不思議な人だ。と常々思う。

私のことを可愛いと言うし運命とか言うしずっと一緒にいたいとか言う。

どうせ別れるのに

そんな酷い思考がよぎり返信の手が止まる。

人に期待することをやめ、恋愛ソングより失恋ソングの方が好きな私にとって恋愛は何よりも難しいものだ。

もちろん彼のことは好きだ。

でもずっと一緒にいる自信はない。

グルグルと別れる時のことばかり考えてしまう。

はっと気づいた時には休憩の残り時間は10分だった。

やば。急いでロッカーに物をしまい身だしなみをチェックする。

あと数時間いつもの午後を過ごせば今日も終わりに近づく……と思ってた。

小さい子がおやつとごねだす午後3時。

私は売り場の見回りに出ていた。

ある一角に周りをキョロキョロと見回すおよそ5歳ぐらいであろう小さい女の子がいた。

まぁ家族連れもよく来る店だ。

迷子とか親が近くで商品を見ているとかはよくある話だ。

でもなんだか不思議な子だった。

その歳にしては大人びているというか何か探していそうなのにそれはおもちゃでも親でもなさそうなのだ。それになんか…

その子と視線があう。

「どうしたの?」

そう声をかけようとした時だった。

「いた!」

突然無邪気な笑顔で私の方へ走ってきたのだ。

「え?」

「見つけた!」

「私はママじゃないよ?」

勘違いしてるのだと思いつたえる。

「知ってるよ!」

意味が分からない。

お姉ちゃんと勘違いしているのだろうか。

とりあえずその子を連れて迷子の放送をしようと思いレジの方へ戻った。

「あらおかえり。どうしたの?」

「迷子の子がいるので連れてきたんです。マイクどこでしたっけ?」

パートさんは不思議な顔をした。

「え?どこにいるの?」

「え?ここにいるじゃないですか。」

と下を見る。

女の子と目が合う。

「え?大丈夫?誰もいないけど…。疲れてるなら後ろで休んできてもいいよ?」

あ、と思った。

「ちょっと疲れてるかもしれないですね…後ろで水飲んできます!」

きっとこの子は私にしか見えてないんだ。

バックヤードに行く時も私におつかれ〜と言っても誰もこの子には触れなかったから。

えーっと…とお茶を飲みながら脳みそをフル回転させる。

なんだこの子幽霊か?!取り憑かれたの?!なんかいわく付きのものあったっけ…。ってかこの後の仕事どうする?

チラッと女の子を見るとこっちを見てニコニコしている。

作り笑いじゃない無邪気な笑顔だ。

やっぱりこの子…と触ろうとすると「光里ちゃーん!大丈夫?」と別のパートさんの声が聞こえた。

「今行きます!」

まぁ多分害はないだろう。とりあえず今日の仕事は終わらせよう。

その後は閉店まで怒涛の忙しさであの子のことを考える余裕なんてなかった。

おつかれさまです。

と言いいつものバスに飛び乗る。

あー明日も仕事か…とか夜ご飯作るのめんどくさいとか考えながら家までたどり着く。

「ここがお家?」

ひっと声が出る。

そうだ。大きな問題があった。

「ねぇ君名前は?」

「ひかり!」

「え同じ名前だね。」

「うん!そだよ!」

そう言うと部屋の中に駆けていってしまう。

「ちょっと!」

足音はしなかった。やっぱり幽霊なのだろうか。

居間でキョロキョロしているひかりちゃんに色々聞いてみることにした。

「お家はどこなの?」

「わかんない!」

「ママとパパは?」

「とおいとこ!」

寺案件か。

「何歳?」

そこでひかりちゃんはピタッと止まり私の方を見た。

「わかんないの。」

悲しそうな寂しそうななんとも言えない顔だった。

そして5歳児ではなく私と同じ歳の20歳の顔に見えた。

「ひかりはね分かんなくなっちゃったの。何でここに居るかも分かんないの。でもねひかりはひかりなの。」

私こそよく分からない。

見つけたって言ってたやん。

私がこめかみを抑えながら考えていると

「おやすみ〜。」

と突然言って倒れてしまった。

え?!びっくりして支えようとするも手はその体をすり抜けてしまった。

やっぱり幽霊の類なのだろう。

寝顔は5歳ぐらいに見えた。

22時30分。

彼氏である(しゅう)と日課になっている電話をする時間だ。

柊とは地元の専門学校で出会った。

だから今は遠距離恋愛。

お互い寂しいけれど月に1回会ったり毎日電話をしたりLINEを送りあったりしてなんとか続いている。

でもやっぱり頭の隅にはあの酷い考えがあり、こんなのが彼女でいいのかとも思ってしまう。

浮気してもいいよ。別に。とかね。

言えるわけないけど。

『永遠なんて理想でしょ興味ないわ』

かなり前に変えてそのままの着信音が流れる。

大好きなアーティストの曲。

恋愛に期待したくない私が大好きな歌詞。

「お疲れ様。」

「光里おつかれ!」

大好きな声がスマホから流れる。

いつもこんな客がいたとか推しがとか他愛のない話をするけれど今日の話題は一択だ。

「どうしよ。柊。幽霊に取り憑かれた。」

「え?どういうこと?」

「急に店に女の子が現れてずっと着いてくる。他の人には見えてないし今も家にいる。」

「え?!見れたりする?」

「見えるのかな…。」

とカメラをつけひかりちゃんが寝ている方向へ向ける。

「いや見えないね。うん床に放置してある本が見える。」

「最悪っ!映すと思ってなくて片してなかった!」

「そんなとこも可愛いよ。」

「〜//ばかっ!」

「ごめんごめん。どんな見た目なの?名前とか。」

「名前は…ひかりって言うらしい。見た目は……。」

「?どうしたの?」

「そうだ。私に似てるの。いや顔のパーツは違う気がするんだけど雰囲気が?」

ひかりちゃんはコロコロとした丸めの体に重たい一重まぶた。光里は痩せてるとまではいかなくても普通ぐらいで目は二重だ。

「え〜可愛いってこと?」

「可愛いけど多分幽霊だよ。」

なんか柊がニコニコしてる気がする。

「家も家族もどこか分からないって。」

「成仏させられないってこと?」

「まじでなんもわかんないの。」

「数日様子見る?」

「うん。そのつもり。」

「もし何かあったら言うんだよ!」

「ふふありがとう。」

「そういえば最近小説書いてるの?」

ドキッとした。

私は高校生の頃からネットで小説を書いている。

元々小説が好きで妄想も好きだった。

けどどんどん思いつかなくなったし書けなくなった。

自分の小説は大嫌いだ。

文から感情が感じられない。

アイデアもなにも出てこないからとここ数ヶ月は小説投稿サイトすら開いてなかった。

柊は音楽を作ってネットであげている。

だからたまにこういう話をするのだ。

「あー忙しくてなかなか書けてないかな〜。」

「俺も。社会人って大変だよなぁ。」

バレたくない。バレたら軽蔑されるかもしれない。

彼は頑張ってるのに。

その心配は杞憂に終わった。

そのまま彼は寝落ちてしまったからだ。

「ふふふ。おやすみ。」

電話を切る。

最近小説書いてるの?という言葉がぐるぐるまわり投稿サイトを久々に開いてみる。

新規作成というボタンを押すもなにもアイデアが浮かばない。

悶々としていると

「おねえちゃんなにしてるの?」といつの間にかベットの上にひかりちゃんが来ていた。

「お、おはよう…。」

「おはよ!ねぇ何それ!」

と覗き込んでくる。

「しんきさくせい?なにつくるの?」

「小説。」

「ほん!ひかりもねおはなしつくるのだいすき!ひかりがおひめさまになってせかいをすくうの!」

「いいわね。」

「おねえちゃんはどんなのつくるの?まほうつかいとか?」

「そんなの書かないわよ。」

投稿サイトを閉じる。

「あ…何で書かないの?」

また大人びた顔だ。

「思いつかないからよ。それに…嫌いなの。自分の小説。」

「可哀想。」

憐れむような顔をされて怒りが湧く。

私だって書きたくなくて書いてないわけじゃない。

思いつかなくて苦しいの!

「あんたに何が分かんのよ!」

つい声を荒らげてしまった。

「ごめん。おやすみ。」

ひかりちゃんの顔は見れなかった。


ごめんなさいお母さん。

こんな不出来な娘で。

私がしっかりしてればお母さんは苦しまずに済むのに。

ごめんなさいごめんなさい。

階段を降りながら懺悔する。

足が滑る。

落ちる。


「っ!またこの夢…。」

社会人になってから階段から落ちる夢が多い。

夢占いだと将来への不安かららしい。

現在時刻は午前四時まだ4時間は寝れるのに目が冴えてしまい眠れない。寝返りを打つとそこにはひかりちゃんがすやすやと寝ていた。

罪悪感がじわじわと湧き上がるが何故か寝顔を見ていたら安心しそのまま私も眠ってしまった。


次の日も仕事。

なんてことない日曜日。

ひかりちゃんは「お家にいる」と言ったので置いてきた。

まぁ幽霊だからドアもすり抜けられるだろうし悪さしなければ別にいい。

相変わらず今日も家族連れが多い。

「ママ!見て!」

小さい男の子がショーケースの中の車の模型を見て走り出す。

「コラ危ないだろ?」

と父親とみられる男性が男の子を抱えあげる。

抱っこされた男の子はキャッキャと笑っている。

微笑ましい。

ああいう家庭がきっと幸せな家庭って言うんだろう。

チクリと胸の隅が痛む。

ブンブンと頭を振り仕事に集中する。

今日もなんてことない1日。

「だぁーっ疲れた!」

「おかえり!」

ひかりちゃんは私が見えるなり走ってくる触れないけど。

「ただいまいい子にしてた?」

まるで母娘の会話だななんて思った。

「おうちからでれなかった。」

「え?」

嘘だこの子物理干渉しないやん。

「おねえちゃんのとこいきたかったのに…。」

今にも泣き出しそうな彼女を見て勝手に口が動いた。

「明日は私休みだから一緒にどこか行こうか。」

「いいの?!行く!」

そしてまたご飯を食べたあと柊との電話の時間。

「おつかれ。」

「お疲れ様!どうひかりちゃんは?」

「なんか家から出れなかったとか言ってる。」

「え?幽霊じゃなかったっけ?」

「そうだと思うんだけど…。」

「不思議だね。明日の休みはどうするの?」

「休み被ってるけど買い物行ってくる。柊も好きにしていいよ。」

「…わかった〜。」

「ねえそのおにいちゃんだれ?」

「びっくりした!」

「どうしたの?!光里!」

「ごめんひかりちゃんが…。」

「なんか言ったの?」

「柊くん見て誰?って。」

「へ〜。俺柊!光里の彼氏だよ!」

「かれし!」

すごい楽しそうにひかりちゃんは言った。

「すごいねぇ。おねえちゃんかれしいるんだ!」

「なんか反応してる?」

「私に向かって彼氏いるんだって言ってるよ。」

「そうだよ〜!」

何故か柊までニコニコしている。

「俺もひかりちゃん見てみたいな〜。光里に似てるならすごい可愛いんだろうな〜。光里の将来の子どもだったりして!」

「そんなわけないでしょ。第一私は子ども欲しくない。」

「俺は光里の子ども見たいけどね。」

「はいはい。」

ひかりちゃんはなぜか大人しくしていた。

何かを考えてるみたいだ。

そのまま私と柊は他愛のない話をして通話を終えた。

昨日みたいにひかりちゃんは何か言ってくるかと思ったがいつの間にか寝てしまっていた。

触れないのはわかっているけど頭を撫でたくなった。

でも寸前で手が止まってしまった。

子ども。ねぇ。

確かに子どもは好きだ。

でも私の遺伝子が入ると思うと吐き気がする。

こんな完璧でない出来損ないの血を継ぐなんて子どもが可哀想だ。

だから。子どもは作らない作っちゃいけない。

その時ひかりちゃんの寝言が聞こえた。

「ふふ。ひかりはいい子。」

「そうねひかりちゃんはいい子ね。」


次の日ひかりちゃんを連れて1番近いショッピングモールに来た。

休みの日は基本家にいるからなんだか新鮮。でも来るだけで疲れた。

苦手なんだよなぁ。

ひかりちゃんは目をキラキラさせてすごいねぇと言っている。

まぁ小さい子はすぐ飽きるって言うしさっさと帰れるはず。

と思ったがなんだかんだで2時間が経過し私は満身創痍になっていた。

やばい小さい子の体力舐めてた。

痛くなってきた足を休めるために立ち止まった。

ふと見ると服のお店が目に入る。

普段私が着ないような可愛い服が並んでるお店。

彼氏はこういうのが好きらしい。

ピンクとか白が基調のフリフリとしたthe女の子って感じ。

私は韓国系とかカッコイイ系が好きだし何より似合わない。

「ねぇ!」

「わっ。何よ。」

「おようふくかわいいねぇ。おねえちゃんもああいうのきるの?」

「着ない着ない。」

「なんで?」

「似合わないからよ。」

「着たことあるの?」

「っ!」

またその顔大人びたわたしを憐れむような顔。

私が狼狽えていると

「おねえちゃんああいうのにあいそう!ひかりもにあうかな?おひめさまみたいなやつ!」

「ひかりちゃんには似合うと思うよ。」

「じゃあひかりといっしょにきてくれる?」

「いつかね。」

もう見たくなくてひかりちゃんの手を引こうとした。

でも彼女は幽霊だ。すり抜けた。

「そろそろ疲れたから帰ろ?」

「うん!たのしかった!」

帰りのバスの中、私の頭の中はさっきの服のショップのことでいっぱいだった。

もちろん彼氏のことは大好きで彼の好みのものは着てあげたい。

でも心が着たいっていう気持ちを邪魔してくる。

「デブが着たところでねぇ。」

「あれは可愛い子が着るもの。」

「お前なんかが着たって彼氏も萎えるよ。」

うるさいうるさい。

そんなの私が1番分かってる。

頭を振って服のことを忘れようとする。

ひかりちゃんに何か言われるかと思ったが隣でひかりちゃんは眠っていた。

夜はもちろん柊との電話。

歩き疲れたことや柊の仕事の話をした。

服のショップのことは言わなかった。

ひかりちゃんに「おようふくのはなししないの?」と言われたが聞こえないふりをした。

「なんでおようふくのはなししなかったの?」

電話が終わってひかりちゃんに聞かれる。

「……忘れてたわ。」

なんて言ったらいいかわからず少し沈黙したあとなんとか絞り出した。

「ふーん。」

ひかりちゃんはそれ以上何も言わずにおやすみーと眠ってしまった。


階段を降りる。

壁には私の写真。

醜く太っていた中学生の私。

病んで目が虚ろな高校生の私。

写真からは声が聞こえる。

「醜い。」

「痩せなきゃ。」

「生きたくない。」

耳を塞いで降りていく。

「私に価値なんてない。」

その言葉を聞いた瞬間

足が滑る。

落ちる。


またこの夢……。

最近は起きる頻度も多くなってきてしんどい。

私に価値なんてない……か。

その通りだけど。

布団にもぐりこみなんとか目をつぶる。

おひさまみたいな匂いがした。

目覚ましの音で目が覚める。

その後は1度も起きなかった。

「おはようございます!」

いつもよりも少し体調がいい。

「おはよう。元気だね〜。」

絶対この人たちには分からないだろうけど。

体調がいいからかいつもよりも元気に仕事をしていた。

もうちょっとで終わり…という時間になって電話がなる。

出てみると別のお店の人からだ。

「あの商品の伝票ってさ〜。」

頭が真っ白になる。

「すみません。確認します。」

やらかした。

「申し訳ありません。こちらのミスです。」

「はぁー。新卒なのはわかるけどさ。しっかりしてくれない?」

「申し訳ありません。急いで修正しますので。」

「頼むよー。」

残業確定。しかもよりによって店長がいない日。

うわ明日怒られるの確定やん。最悪。

なんでこんなミスしたんだろう。

ほんとに使えないわ。帰りにバスに轢かれた方がマシかもしれない。

んなこと考えてる暇無い。

修正かけて早く帰ろ。

マイナスの方向へ考えが進んでいくのをなんとか振りほどき仕事に戻る。

「光里ちゃん大丈夫だった?」

長らく後ろにいたせいでパートさんに心配される。

「私のミスなんで大丈夫です!現場早く戻りますね。」

「別にもう少し…」

「大丈夫です。」

心配する声を遮って戻る。

今後ろにいたらきっと自己嫌悪で涙が出てしまう。

なんとか修正をかけLINEで店長に報告をし5分の残業で済ませて帰宅する。

バスの中でも自己嫌悪は消えず暗い気持ちを引きずりながら帰る。

こういう時柊が近くにいれば……。

いや柊も大変だし弱いとこ見せちゃだめだ。

それに愚痴を言う女は嫌われる。

自分のミスやし。

入った玄関でうずくまりたくなる。

「おねえちゃんおかえり〜!」

「ただいま。」

「おねえちゃんだいじょうぶ?」

そんなことも見透かしてくるのか。

「大丈夫よ。」

「でも……。」

「ご飯作るからちょっと待ってて。」

「うん……。」

涙が出そうでひかりちゃんの顔は見れなかった。

ご飯をなんとか食べて少し落ち着いてきたときだった。

「だっこ。」

「え?」

「だっこして!」

「えいやだって……。」

触れないんだけど。

「だっこしてほしいの!うわぁーん!」

「ちょっと勘弁してよ……。」

こっちだって疲れてるし私だって泣けるものなら泣きたい。

どうすることも出来なくてとりあえず放っておくと泣き疲れたのか寝てしまった。

そのタイミングで柊から電話がかかってくる。

「おつかれ〜って光里どうしたの?」

「え?」

「疲れた顔してるよ?」

そんなに顔に出ていたのだろうか。

「さっきひかりちゃんが抱っこしてって言ってきて……でも触れないからさ。」

「ひかりちゃんは?」

「泣き疲れて寝ちゃったみたい。」

「他には?」

「え?」

「他にもあるでしょ?しんどかったこととかさ。」

言葉につまる。

そんなに取り繕えていなかったのだろうか。

「ないよ。」

甘えることなんて出来なくて素っ気ない返事をした。

「まただ。」

「え?」

「俺ってさ頼りない?」

「そんな事ないよ。」

「でも悩んでることとかしんどいこととか何も言ってくれないじゃん。疲れてる顔してるのにさ。」

「それはたまたま」

「いつもだよ。」

言葉が遮られる。

「気づいてないと思ってるの?暗い顔してる時、何回言っても大丈夫って光里は言うよね。」

「ごめん。」

「別に責めたい訳じゃないんだ。ただもう少し頼ったり甘えたりしていいんだよ?光里は完璧主義すぎ!」

「うん……。」

甘え方が分からない私にはそれしか言えなかった。

電話を切ったあとひかりちゃんがむくりと起き上がった。

「だっこ。」

「ごめんね私はひかりちゃんに触れないのだから出来ない。」

「できるもん!」

ひかりちゃんは不貞腐れたように背を向けて寝てしまった。

「あー……。」


階段を降りる。

壁には出来損ないのものが並んでる。

満点取れなかったテスト。

画力の無い絵

ひとりぼっちの写真

父親の罵声が響き渡る。

もうやめてよ。完璧になるからやめて……。

足が滑る。

落ちる。


くそっまただ。

体に微かに残る浮遊感が不愉快だ。

自己否定に塗れた卑屈な人間。

それが私。

人に期待されるような人間でも無い好かれるような人間でも無い。

私はみんなを騙して生きているんだ。

頭を掻きむしる。

ストレスとかホームシックとかいろいろなものが溜まっているのだろう。

発狂しそうになる。

今すぐ泣き叫んでしまいたい。

誰か誰か"助けて"

その手を温かい何かが触れた。

確かに何かが触れたの。

「大丈夫だよ。」

私はベッドに崩れ落ちて眠った。


朝目を覚ます。

酷く悪い夢を見ていた気がする。

忘れてしまったけれど。

とりあえず出勤の準備をする。

ひかりちゃんの姿が見えなかった。

けれど時間が迫ってくる。

「いってきます。」

まぁきっと帰ってきた時にはいるだろう。

ミスの処理に問題もなく特に怒られることも無くなんとかいつもの仕事を終わらせる。

「ただいま。」

部屋からは何も返ってこない。

「ひかりちゃん?」

走っても来ない。

寝てるのだろうか。でも部屋に入ってもいない。

トイレとかお風呂場とか洗濯機の中まで覗いたけどいない。

なんで急に……。

「ねぇ!ひかりちゃんがいなくなっちゃった!」

いつもは柊から掛けてくるけど待っていられなくて私からかける。

「え?いきなりなの?てか落ち着いて!」

柊は驚きつつも話を聞いてくれる。

1度深呼吸をし、朝起きるとひかりちゃんがいなかったこと、帰ってきてもどこにも居ないことを話した。

「成仏したならいいけど……。」

「ひかりちゃんは力をいったんつかい果たしたんじゃない?」

「どういうこと?」

「朝、光里に触れたのはひかりちゃんじゃないかな?って。」

「でもひかりちゃんには触れないのに。」

「でも誰かが触れたんだよね?ひかりちゃんじゃなかったら誰か侵入してるけど。」

「鍵はちゃんと閉めてるんだけど!」

「じゃあやっぱりひかりちゃんじゃない?」

「なんで……。」

「それはわかんないけど。ずっと思ってたんだ。ひかりちゃんって光里自身じゃないかな?って」

「私自身?」

「まず安直だけど名前が同じでしょ?それから光里の小さい頃の写真見たけど幼い頃は一重だったよね。触れないのはその頃の自分を今の光里が受け入れられないから。だっこしてとかもその頃の光里が言えなかったことなんじゃない?そうすれば今の光里が甘えられないことにも納得がいく。どう?」

否定したい。けどできない。

小説書かないの? 書きたい。

子ども欲しくないの? 絶対では無い。可愛い。

かわいい服着ないの? 着てみたい。

甘えないの? 本当は甘えたい。

ここ数日ひかりちゃんと話した内容や情景が浮かぶ。

否定した時ひかりちゃんはどんな顔をしていた?

本当に憐れみの顔だったのかな?

はっとする。

違う。悲しそうな寂しそうな顔だ。

「おねえちゃん?」

ふと横から声が聞こえる。

そこには眠そうに目を擦るひかりちゃんがいた。

「どこにいたの?」

「光里?」

突然空に喋る私に驚いた顔の柊。

「ひかりちゃんが戻ってきたの。話をしなくちゃ。」

その言葉に表情をゆるめ彼は言った。

「うん。いっておいで。」

優しい声だった。

通話が切れる。

「良かったの?」

「うん。いいの。」

「ごめんね疲れて寝ちゃった。」

「心配した。」

「ふふふ。」

ひかりちゃんは大人びた顔で笑う。

こう見ると確かに私だ。

「ひかりちゃんは私なの?」

「そうだよ。ひかりは光里。」

「どうしてここに来たの?」

「光里が限界だったから。私はいつの間にかわがまま言えなくなったでしょ?だからひかりができたの。」

私は何も言わずに聞いてた。

「触れなかったのは光里が心の中で甘えたり人に触れることを拒んでいたから。でもやっと言ってくれた。"助けて"って。だから触れられた。そしたら半分以上光里の中に戻っちゃった。」

「戻った……の?」

「うん。だって元は私も光里の1部だもん。」

「ひかりちゃんは消えちゃうの?」

「光里が私を受け入れたらね。」

「受け入れる?」

「あのね世界はねそんなに厳しいところじゃないよ。助けてくれる人は沢山いる。柊くんだって、職場の人だってあなたを助けたいと思ってる。お母さんも恨んでなんかないよ。だから甘えていいの。助けてって言ってもいいの。少しずつでいいの。疲れたとかの一言でもいい。きっとみんな話を聞いてくれるわ。」

ひかりちゃんは私を抱きしめる。

とても温かかった。

ぽろぽろ

涙が溢れでる。

「そう。泣いてもいいの。いくらでも。」

頷きたいのに涙が止まらない。

ひかりちゃんの体が少しづつ消えていく。

「私を受け入れてくれてありがとう。」

ひかりちゃんは笑っていた。

「嫌だ!行っちゃ嫌!」

「そのわがままは聞けないなぁ。柊くんにでも癒してもらってよ。大丈夫。ひかりは光里。私の中の私。」

「言ってもいいのかな……。」

「大丈夫に決まってるでしょ!ふふふ。もう時間。私の世界が綺麗な色に染まりますように。じゃあね私。」

ひかりちゃんは完全に消えてしまった。

途端、睡魔が襲ってくる。

柊になんとかLINEをする。

"ひかりちゃんは帰った。"

その日はよく寝れた。

なんだか胸の辺りがポカポカしていたからかもしれない。

起きても隣にひかりちゃんはいない。

本当に帰ってしまったのだ。

それでも私は仕事に行く。

仕事をこなして帰る。

少し疲れた私は柊にLINEをした。

"少し疲れたから話を聞いて欲しい"

すぐに既読がつき電話がかかってくる。

「いくらでも聞くよ。」

その声はなんだか嬉しそうだった。


世界はそこまで残酷ではない。

人に頼ってもいい。

20歳にして初めて知った。

5歳の女の子は知ってたのに。

これからは少しづつ素直になれたら、自分を許してあげられたらなと思う。


























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