微笑みの堕天使
僕の学校には『魔女』がいる。
『魔女』が住むうは本校舎四階の一番奥。
人など滅多に来ない場所。
謂わば一目を憚るには絶好の穴場。
普通ならばならず者達の溜まり場になるのではないかと思われるが現実にはそうはならなかった。
あそこなんか気味悪い
お化けが出る
祟られる
何処からでたのか根も葉もない噂が飛び交い最終的にはあそこに行くと死ぬ。
行きつくとこまで行ってしまっている。
そんな噂が飛び交うなか此処に訪れるのは余程の物好きかそれとも噂以上に何かある人だけだ。
まぁどちらにしろ変人と言えよう。
それも並みの変人じゃなくTop of Top
の変人……と言うか最早変態じゃないだろうか…………ああ言っとくけど僕は変態じゃない。
普通の感性を持った何処にでも溢れた男子高校生だ。
しかしまったくもって高校生にもなって噂の一つや二つ程度に踊らされるなんてどうだろうか。
噂なんて所詮虚実と真実が織り混ぜられたものだ。
真実100%か虚実100%ではない以上それに踊らされるのは呆れを通り越し最早滑稽ではないのだろうか。
いや、逆に虚実か真実か解らないからこそ迷い悩むのかもしれない。
だとするならば滑稽と評した僕こそが滑稽であるのだろうか。
それにしても真実100%、虚実100%、まるで果汁100%のような例えだな。
まぁあながち間違いではないな。
果汁100%が不純物の無い果汁を絞り構成されたものであるならば
真実もまた不純物のない真実のみで構成されたもの。
虚実もまた不純物のない虚実のみで構成されたもの。
……フッ。なんだか話が180度処か360度まっ
たくとは言わないが一周回って違う方に言ってしまったが結局のところ結論として僕は噂の恩恵を受け麗しの『魔女』と二人きりのVERYVERYGOODな状況なので狂喜乱舞な想いなのだ。
ヤッフー------。
VIVAgreat。噂最高。
「後輩君。有る意味一番噂に踊らされているのは君だよ。
まったく君は相も変わらず相変わらずだな」
拳を握りしめ天高く掲げ悦びを露にする僕に『魔女』は椅子に座り手に持つ分厚い本を捲りながら闇の奥深くから囁く冷たく透き通った僕の心臓を鷲掴みにするような(メチャクチャ好み)綺麗な声で囁く。
うーん?
なぜか心臓を鷲掴みにってエロチックに感じるのは僕が健全な男子だからだろうか。
だって『魔女』の白魚の様な綺麗な手が僕の心臓を捕らえているって事であり僕は『魔女』の声を聞くたびに『魔女』に触れられているって事だ。
つまり『魔女』の声を録音すれば四六時中、朝から晩まで、おはようからおやすみまで『魔女』が側にいるといっても過言ではないだろう。
それこそベッドの中やお風呂、トイレに至るまで。
ならばこれは悦びでしかない。
さぁ叫ぶんだ僕。
天高く世界中にこの悦びを伝えなくちゃ………って、しかし待て待つんだ紳士な僕よ。
僕はさっき『魔女』の手を白魚と表現したがそれでいいのだろうか?
いやいけない、これでは些か凡庸過ぎるではないか。
ならば白魚ではなく別の言葉で表現すべきではないのか、いやすべきである。
何故なら『魔女』の手は白魚を凌駕しているのだから。
あっ勿論『魔女』は手だけじゃなく頭から爪先迄白く美しいを凌駕している。
まぁと言うことで、唸れ僕の脳細胞。今こそ限界を越える時だ。
Let's シンキングタイム。
さて白魚じゃない表現はなにか、パッと思い付くのは白鳥や白鷺だがこれもよく使われる表現であり凡庸過ぎる。
ならばベクトルを変えるのはどうだろうか。
誰の言葉だったか、よく強い生命体はその力強さが美しく有ると言う。
ならば力強いと言うか強い生物を『魔女』の手に思い浮かべるのはどうだろうか。
ライオンの手。
虎の手。
熊の手。
狼の手。
鮫の手。
鰐の手。
ダメだ、『魔女』の手が毛深いか鱗に覆わた鋭い爪なイメージになってしまう。
これでは綺麗だなんだと言う前に僕が引き裂かれそうだ。
よし。生物は止めて花なんかどうだろうか。
桜、菊、向日葵、菫、薔薇。
うーん。悪くはない、悪くはないんだがなんかしっくりこない。
鈴蘭、彼岸花、水仙、朝顔、イヌサフラン、トリカブト。
おおっといけない。
確かに綺麗な花だが毒を持った花ではないか。
これでは『魔女』の手のイメージが毒手になってしまう。
これでは綺麗だなんだと言う前に僕が毒に犯されそうだ。
はぁどうしたものか何か安全な良い表現はないのだろうかこのままじゃ『魔女』の手=僕の死となってしまうじゃないか。
まぁ『魔女』の手に掛かるなら悪くわないが…「嘘だ」って本を読みながら僕の心を読むのは止めてくれませんか。
目線を一度も僕に向けていないのに急に言われたらビックリするじゃないですか「嘘だ」
ってまたですか。
まぁ『魔女』の言う通り2つとも嘘なんだけどね。
僕は別に自殺志願者じゃないのでいくら『魔女』と言えどほんの1%ぐらいは悪いと思っていますし『魔女』が僕の心を読んだ様に言うのは既に何回、いや何百回あったやり取りだ。
今さらびっくりなどしない。と言うかそう言うものだと慣れてしまっている。
通常、平常、当然だ。
とまた話が脱線してしまった。
まったく僕ときたら何時話を終着させるのやら、と自分で自分に呆れてみたがこれすらも脱線であり自己完結でしかない無意味な思考でしかない。
さてもう一度、いやもう二度思考を巡らそうじゃないか。
…………………………………………………あっ、あれが有るじゃないか安全で女性の美しさを例える上で最も最高で最適なものが。
正直何故直ぐに思い付かなかったのか自分でも分からないが…まさか更年期障害?いやいやいや僕はまだ若いのだからそんな筈はない…ないよね?
なんか考えると怖くなってきたので次に進もう。
ダイヤの手。
ルビーの手。
サファイアの手。
エメラルドの手。
トパーズの手。
アメジストの手。
オパールの手。
ガーネットの手。
ムーンライトの手。
うん。どれも素晴らしい、特にムーンライトの手。訳せば月の石。
つまり闇夜を照らす月光の化身と言っても過言じゃない。
よし決めた。
僕はこれから『魔女』の手をムーンライトの手と言おうじゃないか。
あっムーンライトの手が上がった。
あっムーンライトの手が本を捲った。
あっムーンライトの手が髪をかきあげた。
あっムーンライトの手が鞄を掴んだ。
………言いにくい上になんか僕が馬鹿みたいに思えるな………よし決めた。『魔女』の手は『魔女』の手。
これが最上の言葉だ。
つまり全ての綺麗な表現の最上が『魔女』の手となった。
まったくもって問題なし。
と言う訳で僕の『魔女』の手への思考は終わりを迎え次に『魔女』の容姿を語った上で先程の『魔女』からの言い分に反論しよう。
黒、黒、黒、まさに漆黒が形を成した女性。
にして美しき麗人。
10人どころか100人、それも老若男女犬猫鳥問わず全てが振り向き魅了し虜になる絶世の容姿。
腰まで有る濡羽の様に黒き美しい神なる髪、何処までも吸い込まれそうな、というか吸い込まれたい!夜を切り取ったかの様に美しき黒き眼を持つ女性。
それこそ黒いとんがり帽子とローブを身に纏っていたら完璧に絵本や物語に出てくる様な魔女にしか見えない。
「いや待って下さい先輩。それでは僕が何時なんどきも表情豊かな美少年に成って要るようではないですか」
まったく『魔女』はやれやれですよ。
僕が天を貫き大気圏を超え世界の壁をぶち破る程の悦びを露にするのは『魔女』だけだと言うのに、それでは他の女性の前でも悦びを露にする見境の無い人間のようではないですか。
まったくプンプンですよ。
「嘘だ」
本に目を向けながら先輩は囁く。
「君は相変わらず嘘吐きだな」
嘘、だと!
「いやいや待ってくださいな。僕は嘘なんかこの世に生を受けてから今までの16年間一度足りともついたことなんか有りませんよ」
『魔女』が何をもって僕が嘘を吐いたと断言したのかは僕にはさっぱりきっぱり検討はつかない、つかないったらつかない。
そもそも僕は嘘とはこの世に生を受ける前から無縁の清廉潔白で本心しか言えない正直者だ。
それこそ世界の果てまでいる生物の中で最も正直な生き物と言わればNo.1は僕だと断言できよう。
それ即ちONLY ONEだ。
そんな僕が嘘なんてついたら台風や地震を凌ぐほどの災害規模だ。
だが今のところ台風や地震はたまに起きるもののそれ以上の災害規模はおきていない。
つまるところ世界の常識をかんまみても僕は嘘なんかつける人間では……
「嘘だ。
君は美少年ではない。
三枚目だ」
「断言ってかそこですか」
「そして君は嘘だらけだ」
「いやその否定は酷くないですか」
「君はまるで呼吸するかの様に当然の様に嘘を吐く。
まるでそれが摂理であり当たり前のことだと言うように自然と一切の淀みもなく。
それでいて吐くのは解らない嘘ではなく解る嘘だ」
「えっ僕ってそんな解りやすいんですか」
やだなんか恥ずかしい。
「嘘だ。
君にとって嘘を吐くことに羞恥心なんてまったく微塵もないだろう。
そもそも嘘とは生物にとって自己を外的から守る為の一種の防衛本能だ。
それは意識外であったり意識的だったりもする。
だが君は全ての嘘に意識的つまり自己が嘘を吐いているという自覚がありながら自己を守る為ではなくまるで日常会話の様に吐いている。
ならばそこには感情というものはなく何処までも無が続いている。
止めなく体から吐き続けるように。
故に君は嘘吐きなのだ。」
「ふむふむ取り敢えず先輩の見解は解りました。
しかし一つ言いたいことがあります。
なので不肖の後輩ながらもの申してもよろしいでしょうか」
「よかろう言ってみた前」
「先輩。先輩の言い方だと僕が常にゲロを吐き続ける男になってしまいます」
「ふむ……」
「……………」
『魔女』、『魔女』なら解って貰えますよね。
「似たようなものだろ」
オーマイゴッド。
僕はどうやら『魔女』に嘘吐き処かゲロ吐きのイメージをもたれているようだ。
「ところで先輩先程から何の本を読んでいるんですか?」
そう【魔女】はさっきからというか最初からだが僕と温かい…温かい?自分で言ってて?になるがまぁいいや、取り敢えず会話をしてくれるものの僕には一瞥もくれず分厚くて太く逞しいものに目を向けている。
フッ、ここの部分だけ抜粋すると純粋乙女が赤面となる程意味深なものになる。
しかし、しかしだ。僕は既に本と言ってしまっている。
これじゃあネタバレもいいとこ、渾身の致命的ミス。
とまぁ下らない下ネタは宇宙のブラックホールにポイとして話を戻そう。
………ってあれ?なんだっけ?僕は先輩と何の話を…「君が借りてきてくれた本だよ」
ああ、そうそう本の話だった。僕のうっかりさん。てへぇ……………ゴホン。
まぁ正直【魔女】に聞くまでもなく僕には目もくれず【魔女】が何の本を読んでいたかなんて知っていたけど。
だってあの分厚く禍々しく如何にも『The俺は呪いの本だよよろしくね!』って自己主張満載の本を見間違うなんて有るわけ無い、というか出来ないと断言できよう。
それにあの本は【魔女】の言う通り僕が自らの手で貸本屋から借りて【魔女】に渡したものなんだから。
それにしてもほんと【魔女】はあの手の不気味な本、つまりはオカルト本が好きだよな。
まぁ【魔女】の見た目からしたBESTMATCH!!なんだけどな。
えっ?僕はってはっはーん。勿論平気さ。
「嘘だ」
はい正直無茶苦茶怖いです。
貸本屋から借りて先輩に渡すまで呪われてないか奥歯ガタガタ心臓バクバクものでした。
というか今でもこの後お祓いに行こうかとも思っています。
「嘘だ」
はい。既に善は急げとお祓いに行きました。
行きましたとも。
「さて」
【魔女】は一通り読み終えたのかそれとも満足したのか分からないが本を閉じ
ると奇妙な動作をしだした。
両手を前に出し合わせる。
両手を離し拍手を一回。
両手を前に出し合わせる。
両手を離し拍手を二回。
両手を前に出し合わせる。
両手を離し拍手を三回。
両手を前に出し合わせる。
両手を離し拍手を二回。
両手を前に出し合わせる。
両手を離し拍手を一回。
両手を前に出し合わせる。
最後に僕に向かい頷く。
「よし」
どうやら今ので終わったようだ。
しかし僕には【魔女】がした動作が何が何やらでさっぱり分からない。
そんな僕を他所に【魔女】はご満悦のようだが。
もしかして何か良いことが有るとか?
ふむ、此処は考えていてもしょうがない思いきって聞いてみよう、そう百知は一聞にたがわしだ。
「先輩。今のって何の意味があるんですか」
フッフ。【魔女】は微笑んだ。
う、美しい。
なんて綺麗な「君に呪いを掛けた」
「なんてことしやがりますんですか」
思いもよらない返答に訳の分からぬ言い方をしてしまったがそれよりもこの【魔女】今なんて言いました。
呪い、呪い、そう呪いを僕に掛けたと言いましたよ。
「楽しみだ」
何がだーー。
「いやいやいや何で、どうして僕に呪いを、ってか何の呪いをかけてくれましたんがな」
またもや訳の分からぬ言い方になってしまったが僕は悪くない、悪くないったら悪くない。
普通誰でも呪いを掛けられたなんて言われたら気が動転処か全身動転して訳分からなくなってしまうじゃないですか。
「ひ・み・つ」
可愛いい…………っていけないいけない。
「そんな一文字一文字区切って言ったところで誤魔化されませんよ」
フゥ。危ない危ない。危うく【魔女】の可愛さに飲み込まれてしまうとこだった。
【魔女】なんて恐ろ可愛いい人なんだ。………僕、もう手遅れかも。
「ダメかな」
首を横に傾げながら【魔女】が言う。
「ダメじゃありません。バッチOKです」
はいかもじゃありません。もう手遅れでした。
「後輩君。何時ものを頼む」
何時もの、あっ別に嫌らしいことじゃないよ。
僕と【魔女】のルーティーンみたいなもので帰宅する前に今日の締めとして僕が【魔女】に不思議な話をするんだ。
まぁ不思議な話と言っても怖い話や愉快な話、それこそ僕が謎だなぁと思った話等多岐にわたるんだけど。
「はい。じゃあ今日は怖い話をします」
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「と言うわけで以上です」
取り敢えず語り終えた。
「ふむ。よかったよ後輩君」
「どういたましてです」
さて本日のルーティーンも終わり名残惜しさ100%だが帰宅しようとした僕はふと夕日に照らし出される窓に目を向けるとそれが写し出された。
呪いの本を読んでいたからだろうか。
呪いを実行したからだろうか。
怖い話をしたからだろうか。
それは天から重力に引き寄せられる様に堕ちてきた。
きゃあああああ!!
校舎の下では人の悲鳴が鳴り響く。
「人が落ちてきたぞ!!」
僕が窓の外で見たのはまるで自分は今から天に昇りますと微笑みを浮かべながら地に堕ちる人だった。