喪主のポーカーフェイスが崩れる時
ジャンル:純文学
叔父が亡くなった。
大衆食堂の主人で、無愛想な大男だったが、常連客は多かった。
高熱を出して、入院して、そのままだった。
「コロナのせいで、見舞いもできなかった」
ぽつりと、喪主の従兄弟が呟いた。
通夜の前の静かな時間だった。
叔父はコロナに感染していなかったが、それでも病室への見舞いはできなかった。
「コロナじゃないから、顔、見てって」
「うん」
北枕の叔父は、いつもの昼寝のような顔をして、眠っていた。
石油ストーブの上で、ヤカンがカタカタ鳴っている。
外の霙が降る音は、ここまで聞こえてこない。
洟をすすり、白布を顔に戻して、従兄弟の隣にある座布団に座る。
私は鼻水を飲み込み、ポケットに入れていたスマートフォンを取り出す。
「あのさ」
従兄弟に話しかけようとした時、通夜の客が立て続けにやってきた。
私は何も言わずに、従兄弟と共に頭を下げて迎えた。
無愛想な叔父の息子だけあって、従兄弟は表情を変えることが、あまりなかった。
無言で言われたことをやり、愛想笑いのひとつもしない。
ゲームをしていても、文字通りのポーカーフェイスで、いい手札がきているのか、それとも全く役ができていないのか、いつも分からないものだった。
その従兄弟が、告別式で弔辞を読んだ時。
「……無愛想だけど、俺にとっては、いい親父でした」
そこまで読み上げると、顔をぐしゃぐしゃにして、泣き出してしまった。
従兄弟のポーカーフェイスが崩れたその顔を、私は見ていなかった。
同じタイミングで、私も泣き出してしまっていたから。
骨壷を持ち帰り、従兄弟と2人で食堂に戻る。
「何か、食うだろ?」
「うん……ふへへっ」
「なんだよ、気持ちわりぃ」
「いや、叔父さんと一緒だなって」
「ふん」
従兄弟は立派な後継ぎになりそうだ。
ふと、スマートフォンの存在を思い出し、画面を操作して、従兄弟に見せた。
そこには、醤油や油などの食材の注文個数が並んでいた。
「なんだこれ」
「叔父さんの誤送信」
入院してすぐに、従兄弟と私に連絡をした叔父は、うっかりミスで宛先を間違えたらしい。
その証拠に。
「ほら」
注文個数の一番下には、
『しっかりやれよ』
のひと言。
「……なんだよ、こんな遺言」
コロナで面会の出来なかった叔父の最期の言葉は、入院した日に間違って届いたメッセージだった。
泣き出すかと思った従兄弟は、
「かっこつかねぇ、親父だ」
と、言って破顔一笑した。
その顔は、亡くなった叔父の滅多に笑わない顔に、よく似ていた。
(*´ー`*)故人を思い出せば、笑った時の顔。それだけでいい。