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週末のお誘い



 シオン様は何かを考えるように、一度目を伏せた。

 長い睫毛が頬に影を落としている。

 本当に、美しい方だ。

 私なんてどこからどう見ても健康的で、髪も癖毛で放っておくと縦横無尽に跳ねまわるぐらい元気なのに、シオン様は私とは真逆。目を伏せるだけで、そのまま消えてしまうぐらいの儚さがある。

 神様は、私とシオン様の性別を間違えたのではないかしら。

 シオン様が女の子だったら、どこからどうみても守りたくなる儚げな美少女だったはずだ。


「アーチェは冒険者になってしまったから、週末は忙しい?」


 伏せていた瞼をひらいて、シオン様は私を伺うように見た。

 形の良い唇が、美しい音楽のような声音で言葉を紡ぐ。

 シオン様の声を聞いていると、どういうわけか眠たくなってしまう。

 まったりとした昼休憩に、シオン様の美声。これはもう、昼寝をしてくれと言ってくれているようなものだ。

 私はあくびをしないように気を付けながら、座り心地の良いソファの上でなるべく背筋を正した。


「忙しいと言えば忙しいですね。世直しと人助けがありますので」


「つまり、冒険者ギルドに行ってまた依頼を受けるということだね」


「そうです。まだ底辺のお悩み相談しか依頼を受けられませんけれど、草刈をしていたら、雑草変異型マンドレイクと遭遇しましたし、底辺の依頼でも何があるか分からないものです」


「雑草変異型マンドレイク?」


「はい。草刈を依頼してきた牧場主さんのご子息のルドルフ君が、なんと魔物研究者で、マンドレイクから抽出した……なんと言えば良いのでしょうか、一番搾り汁を、雑草の中にまいてしまったのですね」


「一番搾り汁を……」


「そうしたら、雑草が巨大マンドレイクに変身しまして、スケさんとカクさんと私とメリサンドでやっつけてきたわけです。聖女の力、久々に使いました。ね、メリサンド」


 私が話しかけると、ひなたぼっこしているメリサンドが「なう」とまるで猫みたいな返事をした。

 有事の際以外は、メリサンドはほぼ猫である。

 私の学生生活や日常生活に口を出さないように気を付けているらしい。

 

「それは、アーチェ、危険なのではないかな」


「大丈夫ですよ。私、強いのです。ご隠居様も、聖王の印を、この聖王家の刻印が目に入らんかー! と言って見せることで、どんな悪者も、ははーと会心させるのですね。私にも聖女の刻印があります。いざとなったらこれを、がばっと」


「その、アーチェの刻印は、人に見せるにはやや困難な場所にあるだろう」


「いつでも見せられるように、私はいつも見せブラをつけているので大丈夫です」


「それは、一体……?」


「見せブラとは、水着のようなものですね。人に見せることができる下着のことです」


 私は自信満々に答えた。

 シオン様が困惑している。シオン様は立派な王太子殿下なので、見せブラを知らないのだろう。

 なんせ女性の下着だ。女性の下着事情に男性があまり詳しくないのは当たり前の話だ。


「アーチェ、真昼間からなんという話を……はしたないですよ」


 猫になりきっていたメリサンドが、落ち着いた口調で注意してくる。

 私はメリサンドの喉を指先でごろごろした。メリサンドのお小言は、喉をごろごろするだけで大抵終わる。


「見せブラははしたなくないものですよ。女性の冒険者装備の、ビキニアーマーのようなものです。シオン様、心配してくださってありがとうございます。スケイスもカークスもいますし、私もメリサンドの加護のおかげでかなり強いので大丈夫なのですよ」


「そうだね。アーチェは、確かに強い」


 シオン様は優しく微笑んで、そっと私の髪を撫でた。


「でも、まだ十六歳の女の子なのだし、私の婚約者でもあるのだから、危ないことはしないで欲しいのだけど」


「ええと、その、気を付けますね」


 私は視線を彷徨わせた。

 男らしいというよりは、女性的で綺麗な印象のシオン様に心配されると、なんとなく落ち着かない気分になる。

 たぶん私を年相応の普通の女の子のように扱ってくれるからだろう。

 家人たちもメリサンドもそうだけれど、私の場合は大抵、「アーチェなら大丈夫」と言われるし、私もそう思っている。

 シオン様だけは別だ。

 嬉しいような気もするけれど、どうにも慣れない。


「アーチェ。今週末は……よければ、だけど。私と一緒にでかけよう」


 遠慮がちにシオン様が言うので、私は思わず目を見開いて、シオン様を見上げた。

 シオン様とお出かけ。

 考えたこともなかった。だってシオン様は忙しい方だ。週末は城に籠って政務を行っていると思っていた。


「シオン様と?」


「ん。嫌じゃなければ、だけれど……」


「嫌ということはありません。嬉しいです。でも、どこに行くんですか?」


「……そうだね。街を、歩いてみようか」


「シオン様が?」


「私も、アーチェのように街に出てみたいと、思う。駄目かな」


「もちろん良いですよ! シオン様の御身は私が守ります。これも、人助けです」


 私は気合を入れた。

 儚く美しいシオン様の護衛。

 これも立派な、冒険者としてのお仕事の一つだろう。

 シオン様は曖昧に微笑むと、「よろしくね」と言ってくれた。


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