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シオン様と私



 牧場を極楽浄土花畑にしてしまったお詫びで、結局料金は頂かなかった。

 ゲラルドさんと奥様は恐縮していたけれど、そもそも私の目指す御隠居様は、どんな善行を働いても料金など頂かないので(そもそもお金に困っていないので)私は御隠居様に一歩近づくことができたと言える。

 お悩み相談よろづギルドに、依頼主のルドルフ君から任務達成のサインを貰った証明書を提出すると、私たちの冒険者ポイントが五ポイントあがった。

 この冒険者ポイントは、スタンプ形式になっている。

 登録した冒険者カードにスタンプが百個たまると、底辺冒険者からランクが一個あがって、冒険者下級になれるのである。


「下級の中でも、三級から一級まであって、中級、上級、最上級、レジェンドまで。先は長いですね」


 月曜日。私は聖都ミレニアムの学園街にある、聖ミレニアム貴族学園の一年生の教室の、窓際の席に座って冒険者カードを眺めていた。

 この冒険者カード、一見紙でできているように見えるけれど、魔力の感受性が高いミルケット合金で作られているもので、冒険者ギルドで発行してもらう時に、カード術師の方による生体認証を受けて、カードと私が関連付けされている。

 カードに乗る情報は、名前と職業、冒険者ランクとペナルティの有無ぐらいのものだ。

 この情報は、各地のギルドで更新をされるたびに、聖都ミレニアムにある冒険者ギルドの本拠地である、ミレニアム冒険者協会へと送られて、管理されている。

 それなので、もしカードを紛失しても、冒険者ギルドに行けば、ミレニアム冒険者協会に問い合わせて再発行してもらえる。

 冒険者が管理されるようになったのは、冒険者とは割と戦うことが好きな人間が多いため、トラブルを起こしやすい、という問題があったかららしい。

 定期的にきちんとお給料を貰える他の職業とは違い、一攫千金の気質が強いので、自称冒険者を名乗るものは変わり者が多いそうだ。

 昔は結婚してはいけない三大職業の一つに冒険者が入っていて、今もそれはあんまり変わっていない。

 私もよく、お母様やお父様、お兄様に、「冒険者とは結婚してはいけないよ」と訥々と諭されたものである。

 

 貴族学園の教室には、さほど人数の多くない生徒たちがちらほらとそれぞれ休憩時間を過ごしている。

 教室は非常にゆったりした作りとなっていて、ソファや椅子とテーブルがあちこちに置かれて、基本的には自由に座って良いことになっている。

 私はいつも窓際のお気に入りの赤いソファに座っている。

 これは私が気に入っているというわけではなくて、メリサンドが気に入っているのである。

 メリサンドは今日も、窓から差し込むぽかぽかの日差しを浴びながら、ソファの上で丸くなって眠っている。

 あまりにも猫なので時々心配になってしまう。

 元の姿に戻った時に、間違えて巨大猫になってしまうのではないか、とか。


「アーチェ、それは冒険者カードだね」


 不意に手元に影がさして、私は顔をあげた。

 私のての中からスッと冒険者カードを抜き取る大きな手に、私はぱちぱちと数度瞬きを繰り返した。


「シオン様。こんにちは」


「ん。アーチェ、こんにちは」


 特に何の断りもなく冒険者カードを眺めた後に、ソファの隣に座ってくるのは、シオン・ハージェスト様。

 ハージェスト王家にお生まれになった長男の、王太子殿下である。

 シオン様は正妃様の子供だけれど、国王陛下には側室が数多くいて、シオン様のご兄弟はシオン様が把握できているだけで三十八人ほどいるらしい。

 把握できていないのは、側室に迎え入れていない女性との間にもお子さんがいらっしゃるかららしい。

 スケイスなどは国王陛下のことを「聖王じゃなくて聖王ですね」と言っているけれど、よく意味がわからない。

 聖王じゃなくて聖王。

 言い換える理由が見つからなくて困惑している私がお兄様に尋ねると、スケイスはお兄様に無言で頭を叩かれていた。


「冒険者ランク底辺。職種、聖女。アーチェ・ハリス。いつの間に冒険者になったのかな、アーチェ」


「つい一昨日です。聖都ミレニアムの近郊にある牧場で、草刈りをしてきました」


「……そう、草刈りを」


 シオン様は目を伏せた。

 目を伏せると、長い睫毛が頬に影を作る。

 思わずよしよし撫でたくなる儚げな姿に、私は戸惑った。

 草刈りのどこにシオン様を悲しませる要素があったのかしら。草刈りにトラウマでも抱えていらっしゃるのかしら。

 シオン様の伏せ目がちな赤い瞳が私をチラリと見る。

 目尻に一つある黒子が、さらに儚げな印象を強めている。

 どこからどう見ても健康的な私と並ぶと、シオン様の儚げ具合がぐんとあがってしまい、心配になるほどだと、我が家の家人たちはよく言っている。

 絹糸のような艶々の、少し長めな銀の髪と白い肌も相まって、いつ見てもとっても守って差し上げたくなる印象の方である。

 国王陛下とは筋骨隆々の雄々しい方なので、シオン様はきっと今は亡き王妃様に似たのだろう。


「アーチェは、冒険者になりたいの?」


「そういう訳ではありません。私は正義の味方になりたいのです」


「正義の味方に?」


 そう言えば、シオン様にはお話をしたことがなかったかしら。

 というか、シオン様とこうしてゆっくり話ができるようになったのは、つい先日私が貴族学園に入学してからのようなものだから、お互いのことをまだあまり知らないのよね。

 シオン様は私よりも二つ年上の十八歳。来春貴族学園を卒業なさる予定である。

 子供の頃から婚約者だったので付き合いが短いという訳ではない。

 けれど、何せシオン様というのは忙しい方だった。

 あまりお会いできないぐらいには、お忙しくされている。そんな印象が強い。

 弟妹が三十八人もいるせいで、城内の派閥争にもかなり苦心していらっしゃるのだろう。

 私がシオン様の婚約者になったのは、私が産まれた時に神龍メリサンドの祝福を受けて、メリサンドの聖女になったからである。

 そのころはシオン様は正妃様の子供ということもあり、王位を継ぐことを定められていたらしいけれどーーそれでも、それに異を唱える大人たちも沢山いて、だから聖女である私と婚姻を結ぶことでその地位を盤石なものにしようという策略もあったとか。

 それもこれも、私が幼い頃の話。

 まだ年端もいかない、というか、赤子の頃に決まったことなので、もちろん私には記憶はない。

 お父様やお兄様が私に教えてくれた事柄である。

 二人とも、嫌なら断っても良いのだと言っていたけれど、私は別にシオン様のことは嫌いじゃない。

 私が守らないとすぐにご病気などで儚くなってしまいそうなところも含めて、割と好きだ。


「ええ。私、聖フランチェスコ世直し旅の主人公であらせられる、御隠居様こと、聖フランチェスコ様のようになりたいのです」


「それは……、その本は、有名なの?」


 私は机の上に積んである数冊の本をシオン様に見せた。

 私のバイブルである聖フランチェスコ世直し旅は、現在四巻まで刊行されている。

 今現在も続刊中だけれど、一年に一冊出版されることもあれば、二年、三年と音沙汰がないこともあって、ファンとしては新刊が待ち遠しい限りである。

 内容は基本的には、御隠居様である聖フランチェスコ様が、国を旅して悪をやっつける、というものに終始一貫している。

 御隠居様が上半身をはだけさせて聖王家の紋章を衆人に曝け出すシーンになると、私は「待ってました!」と心の中で拍手喝采をしたりしている。

 御隠居様の御威光は最強であり、それが通じない場合も共に連れている屈強な、スケさんとカクさんという名前の護衛が悪者をぎったんぎたんにやっつけてくれるので、読んでいてストレスがないのが魅力の一つである。


「シオン様は知りませんか? 有名ですよ」


「私は世情に疎くてね。面白い?」


「ええ。聖王家の御隠居様が悪者をやっつけてくれるお話なのです。私も聖女として、悪者をやっつけたいのです。ちょうど推し量ったように、そばにスケさんとカクさんもいますし」


「スケさんとカクさん……、あぁ、スケイスと、カークスのことだね」


「はい。屈強な護衛です。使用人ですけど」


「つまり、アーチェは二人を連れて、冒険者になろうとしているということだね」


「人助けにはそれが一番手っ取り早いので。なかなか、お悩みというのはその辺には転がっていないものなのです。街を歩けば棒に当たる犬ぐらいに、厄介ごとに巻き込まれたいものですけれど」


「今のところ聖都は平和だからね。まぁ、それなりに、困っている人はいるとは思うけれど」


 うん、うん、とシオン様は私の話を聞いてくれる。

 シオン様は儚げな印象通りの穏やかな話し方をする。

 私はシオン様のゆったりした話し方や、私の話を熱心に聞いてくださるところが結構好きだと思っている。



 

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