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強制浄化/依頼完了



 神龍メリサンドの神々しさの前に、マンドレイクの群れが足をとめてその小さな体を折りたたんで頭を地面にこすりつけ、一斉に平伏した。

 スケイスとカークスは戦闘から離脱して私の横へと戻ってくる。

 メリサンドに慣れている二人は平然としているけれど、ルドルフ君はその大きな目を見開いてメリサンドを見上げた後に、慌てたように頭を下げた。

 牧場から牧場主ご夫婦も走ってきて、ルドルフ君を下がらせた後深々とお辞儀をした。


「あらゆるものよ類なき幸福にその身を委ねよ、強制浄化(ミラクルハピネス)ブレス!」


 メリサンドを中心に光があふれて、大きな口が息を吸い込んで吐き出すと、その息が触れた場所には色とりどりの花が咲き乱れ始める。

 青々と生い茂っていた牧草地とマンドレイクの群れ、それから二つに裂けて倒れている巨大マンドレイクを、美しい花々が埋め尽くした。

 花畑の上でマンドレイクたちが満ち足りた表情を浮かべて、やや頬を薄桃色に染めながら、手を取り合って踊り始める。

 スケイスとカークスはメリサンドの強制浄化ブレスの餌食にならないためだろう、牧場主ご夫婦とルドルフ君を連れてメリサンドの背後に避難している。

 手を取り合って踊っていたマンドレイクたちが、輝く粒子となって、まるで小鳥の囀りのような笑い声をあげながら消えていく。

 後に残ったのは花畑に倒れている巨大マンドレイクだけで、それはさながらはるか昔の文明を花々が埋め尽くしているような神秘的な光景だった。

 一仕事終えたメリサンドは一瞬にして子猫の姿に戻って、私の頭の上に、とん、と乗った。


「皆さん、無事ですか、怪我などされていませんか?」


 私が皆を振り向くと、スケイスとカークスはとても嫌そうな顔で、牧場主ご夫婦は何か恐ろしい物を見るような顔で私を見ていた。

 ルドルフ君だけは何故だかとても嬉しそうに、花畑に倒れている巨大マンドレイクの亡骸に駆け寄っていった。


「あの、冒険者さん。まさかあなたは……、神龍の聖女なのですか」


 ルドルフ君のお父さんの、牧場主ゲラルドさんが震える声で言った。

 奥方様は両手を胸の前で組み合わせて、首を垂れている。


「いえ、私はただの通りすがりの者です」


 これだ。

 来たわよ。

 ここで名前を名乗らずに、颯爽と立ち去るのが、身分を隠して暗躍する正義の味方の定説なのよ。


「お嬢様が牧場をこのような惨状にしてしまい申し訳ありません。メリサンド様の強制浄化ブレスで極楽浄土に変えられた土地は、数日で元に戻りますので。ちなみに草花は食べても大丈夫です、毒はありませんので、動物たちに与えたら聖なる力を取り込んで無病息災になるかもしれませんね」


 ぐい、と私を押しのけて、スケイスがぺらぺらと話し始める。

 それからカークスの背中を軽くたたくと、マンドレイクの亡骸を調べているルドルフ君の元へ歩いて行った。

 カークスは綺麗な所作で牧場主さんたちに頭を下げた。


「きちんと名乗らず、申し訳ありませんでした。こちらはメリサンドの聖女にしてハリス公爵家長女である、アーチェ・ハリス様。俺たちは使用人です。アーチェ様の人助けをしたいという希望に、本日お付き合いいただいて誠にありがとうございました」


「いえ、それは良いのですが……、こちらとしても、急に伸びてきた雑草を刈ってくれた上に、あんな怪物を退治してくださったので」


 いえいえ、そんなそんな、と頭を下げ合うカークスとゲラルドさんを見ていると、なんだか罪悪感が凄い。

 私はカークスの服を軽く引っ張ると、その顔を見上げた。


「ごめんなさい、カークス。ゲラルドさんもごめんなさい。良かれと思ったのですけれど……」


「いえ、そんなことは! この花畑がもし元に戻らなかったら、聖女の訪れた地として観光名所にするつもりですので。そうですね、温泉でも掘って、聖女花畑温泉の主として第二の人生を送るのもそう悪くないかと」


「あなた、聖女饅頭もつくりましょう」


「そうだな、妻よ!」


 ゲラルドさんと奥様が手を取り合っている。

 なんだか更に申し訳ない気持ちになった。

 神龍メリサンドの力は強大である。

 どんな悪しきものも強制的に天に召すことのできるブレスを放つことができる。

 これは誰もかれもを天に召すものではなくて、そうでない場合は強制的に幸せな気持ちにさせて、幸福のワルツを踊らせる程度の効果しかない安全な物でもある。

 この際、そのブレスの効果があった土地を、極楽浄土花畑に変えてしまうという副効果もついてくる。

 それなので、スケイスとカークスには、滅多な事では使うなと言われているのである。

 使えば使うほど王国が花畑になってしまうからだ。

 別に良いと思っていたのだけれど、牧草地を花畑にしてしまったのは良くなかったと思う。

 反省する私の元へ、スケイスがルドルフ君を肩に抱えて戻ってきた。


「ゲラルドさん、お宅の息子さん、魔物研究の趣味がありますよね」


「昔から本や植物や動物が好きな子だったが、そうなのか、ルドルフ?」


 スケイスの肩から降ろされたルドルフ君は、両手いっぱいにマンドレイクの根っこを抱えていた。

 巨大マンドレイクの亡骸から採集してきたようだ。

 ゲラルドさんに訝しそうに見据えられても、特に怯えた様子もなくにこにこしている。


「ええ、まぁ、そうですね」


「あのような魔物の出現、突然蔓延り始めた雑草、冒険者ギルドへの依頼。どうにも妙だと思っていたら、嬉々としてマンドレイクの根を採集しているのだから、それなりの知識はありますね、ルドルフ君」


 ルドルフ君の肩に背後から両手を置いて、スケイスが言った。

 ルドルフ君は特に悪びれた様子もなく、こくんと頷いた。


「この一年でしょうか、魔物の研究と採集、薬品づくりの楽しさに目覚めてしまいまして。お父さん、極楽浄土聖女温泉のお土産に、マンドレイクの根っこのお守りなどどうでしょうか。人型をしていて可愛いと思いますし、なんと、子沢山の加護までついてきます」


「そうなのか!」


「ええ、お父さん。マンドレイクの根っこには、男性のあれを――」


「その話はまた別の場所で。ともかくルドルフ君、君は研究していたマンドレイクから抽出した薬液を牧草地に零しましたね」


「まぁ、そうです。出来上がった薬の効果を確かめるために友人の家に持っていく途中で、うっかり瓶を割ってしまって」


「……そんなわけで、突然変異体マンドレイクが現れて、牧場を雑草塗れにしたというわけです。私たちの刈り取った雑草はマンドレイクの体の一部のようなものだったので、集合体となって襲いかかってきたというわけですね」


 スケイスがルドルフ君の説明に、得心がいったように深く頷く。


「男性のあれ?」


「アーチェ様は知らなくて良いことです」


 私はカークスに尋ねるけれど、カークスは首を振った。

 教えてくれないつもりだ。

 まぁ良いわよ。

 お父様かお兄様に聞いてみよう。


「そうか、ルドルフ。駄目だぞ、趣味に没頭するのは良いが、管理には気を付けなければ」


「そうなのね、ルドルフ。お母さんの知らないところで、随分優秀になって……」


「……ルドルフ君、とりあえず人に迷惑をかけたのだから、言うべきことがあるでしょう」


 ルドルフ君を褒め始めるご両親に、スケイスは諦めたように深い溜息をついた。


「はい。ごめんなさい。……巨大マンドレイクからはそれはもうとんでもない効果のアレが作れると思いますが、お詫びに要りますか?」


「それはまた、別の場所でゆっくり話そうか」


 スケイスもカークスも何故か満更でもなさそうな感じで頷いた。

 私だけ置いてけぼりになっている。

 あとでお父様とお兄様に言いつけてやりましょう。

 メリサンドは久々に神龍体になって疲れたのか、私の腕の中ですやすやと眠りだしていた。





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