マンドレイクとの戦い
ずずず、と体を擡げる見上げると首が痛くなるほどに大きい、雑草の集合体である謎の魔物が、ぶるぶると大きく体を震わせる。
頭からはえている草が、ざわざわと鳴った。
きゅうきゅう、めぇめぇ、もうもうと牧場は大騒ぎで、騒ぎに気付いて家から出てきた牧場主さん一家が、私の背後で腰を抜かしている。
「冒険者さん! なんですか、これ!」
身を寄せ合うご夫婦の後ろからルドルフ君が駆けだしてきて、若干興奮気味に私の腕をぐい、と掴んだ。
齢十二、三歳ほどにみえる愛らしい薄紫色の髪の少年ルドルフ君は、好奇心に満ちた桃色の瞳をきらきらさせている。
怖くないのかしら。
やっぱり少年というのは、巨大魔物にわくわくしちゃうのかもしれないわね。
食べ物でも、女性の胸部でも、魔物でも、巨大というだけで興奮してしまうのが少年。
分かるわよ、少年。
私にもその気持ち、結構理解できるわよ。
「下がっていなさい、少年! 今おねえさんたちが、ええと、この――」
「雑草変異型マンドレイク、とでも申しましょうか」
「そう、雑草変異型マンドレイクを、退治してあげますからね」
謎の魔物の名称を、スケイスが教えてくれる。
私は得意気にルドルフ君に向かって言った。
「おねえさんって、冒険者さん僕と同じぐらいじゃないですか、年齢」
「そんなことはありません、若く見えるようでいて、私はなんと十六歳なのです」
「僕も十五歳なので、やっぱり同じぐらいじゃないですか。僕も手伝います」
牧場主の息子さんであるルドルフ君に戦闘能力があるとは思えないのだけれど。
どうしよう、私がメリサンドの聖女だということは隠している。
別に隠す必要はないんだけれど、ご隠居様も身分を隠して旅をしているのだから、私もそうするのが自然だ。
ここでばぁんと公表しても良いのだけれど――
「アーチェ様、ここでの戦闘は牧場に被害が出ると判断します。牧草地帯にマンドレイクを誘導します」
カークスの落ち着いた声音に、私はルドルフ君から視線を魔物に戻した。
「ぼうっとしている場合じゃありませんよ、若隠居。若隠居お嬢様の求めていた状況になったんですから、ほら、行きますよ」
スケイスに軽く叱られて、私は慌てて弁解する。
別にぼうっとしていたわけじゃないもの。
「で、でも、ルドルフ君が一緒に行くっていうのよ」
「少年とは冒険を求めるものですからね、さぁ、来い! こちらだ、雑草の化け物!」
カークスは少年の心を忘れない大人だから、少年に理解があるわね。
草刈り鎌を道の端に置いてから、何の武器も持たないカークスが、道端でついでに拾った石を魔物に投げた。
ぎいぎいと、古い扉が軋むような嫌な音を立てて怒るマンドレイクの脇をすり抜けて、牧草地帯へと走っていく。
カークスの投石によって、マンドレイクの顔に凹みができている。
「お嬢様は下がっていても良いんですよ」
「いえ、行きます。ルドルフ君は私が守りますので、二人は清々と戦ってくださいな」
「それはありがたい。雑草相手で、少々苛々していたところでした」
スケイスの口角が、妖しく吊り上がる。
真っ直ぐにマンドレイクに向けたスケイスの指先に、円形の薄紫色に輝く幾何学模様の魔方陣が現れる。
「貫け、神速の魔弾!」
魔方陣から、目視できない程に素早い何かが放たれる。
それは黒く光る光線となり、マンドレイクの体を軽々と貫いた。
魔弾という名の通り、魔力の塊を弾丸にして放つ、スケイスの得意とする攻撃魔法である。
牽制程度の威力に抑えているのだろう、小さな玉に貫かれてもこの巨体では、蟲が嚙みついたぐらいの威力しかないだろうけれど、それでもマンドレイクの顔が赤く染まっていく。
「ほら、怒りはじめた。馬鹿みたいにでかい攻撃がきますよ。いきますよ、お嬢様!」
「ええ!」
スケイスに促されて、私たちはマンドレイクの横をカークスを追いかけて通り抜けた。
巨体が案外素早い動きで向きを変えて、ずしん、ずしん、と追いかけてくる。
宣言通りルドルフ君も私達と一緒にくっついてきている。
怖がってはいないし、余計なことをする様子もないけれど――そんなに見たいのかしらね。マンドレイクと私たちの戦っている姿が。
まぁ、見たいわよね。
私もルドルフ君の立場だったら、見学したいと思ってしまうもの。
広い牧草地帯の更に奥まで、私たちは走る。
牧場の動物たちや牧場主さんたちに被害が出ないだろうと思われる中央付近まで、途中で合流したカークスと共に向かうと、足を止めた。
マンドレイクは明らかに私達を敵視している。
それはそうよね。
あれはきっと、刈られた雑草たちの恨みが集まった集合体だもの。
草を刈った私たちを恨むのは当然よね。
私たちが足を止めると、マンドレイクも私たちの前でその動きを止めた。
それから二本の手を血につけて四つん這いの形になると、髪の毛のようにはえている雑草を私たちの方に向ける。
ぶるぶると、雑草が揺れる。
猫が威嚇する時のように、ぶわっと雑草たちが膨れ上がったような気がした。
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