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突然変異体/雑草集合型マンドレイク



 草を刈り始めて小一時間ほどたった。

 聖都近郊の草原にあるゲラルドさんの牧場は、赤い屋根が愛らしい住居が一軒と、その周りに首なが羊が飼われている柵が数カ所。それから単角牛の柵と、馬の柵がある。

 私たちがせっせと草刈りを行っているのは、この柵と柵の間の通路で、これが結構広い。

 草原にある放牧するための牧草地に抜けるまでの通路に、蔓性のものから、茅のような鋭い長い葉のものまで、様々な雑草が、通り抜けることが困難なぐらいに生い茂っているのである。

 牧草地の方は動物たちのご飯になるので、刈らなくて良いらしい。

 通路に生い茂っている雑草は食べさせるにはあまり良くないので、刈って欲しいのだと確かゲラルドさんは言っていた。


「それにしても、どうしてまたこんなに雑草がはえてしまったんでしょうね。一ヶ月ぐらい放置しなければ、ここまでの惨状にはならないのでは? 見たところ、動物さんたちは丁寧にお手入れをされているように見えるのですけれどね」


「さて。このところ暑くなってきましたから、雑草たちも元気なのでは?」


 刈った草の中にあったらしい猫じゃらしで、メリサンドと遊びながらスケイスが言った。

 猫じゃらしに向かって、メリサンドは猫パンチを繰り出している。


「メリサンドは完全に猫ですね」


『龍の姿よりも猫の方が良いとアーチェが言ったから私はこの姿なのですよ。どうにも、造形に性質が引きずられるようです』


 完全にスケイスに遊ばれているメリサンドだけれど、満更でもなさそう。

 ただし口調だけは大人の女性のそれである。

 猫の姿をして完全に猫になっているのに、声音からは気品と威厳を感じることができる。

 見た目は可愛い白い子猫なので、できれば口調も可愛くなって「そうですにゃん」とか言って欲しいわね。


「アーチェ様、一時間以上草を刈っていましたところ、新必殺技など思いついたので、見ていただけますか」


 またもサボっているスケイスを尻目に、手を止めることもなく黙々と草を刈り続けていたカークスが、私を呼んだ。

 カークスの目の前には、牧草地に抜ける最後の通路がある。

 そこには今まで以上にみっしりと密集した雑草がはえている。

 カークスは雑草に向かって草刈り用の鎌を構えた。


「はい、見ていますね!」


 カークスにはあらゆる武器を扱うことができるという特技がある。

 そして私たちの中では一番年長なのだけれど、心に少年の部分を残しているので、必殺技を考えることに余念がない。

 これはどうやら、魔道士であるスケイスが呪文を詠唱するのが羨ましいから、らしい。

 確かに詠唱してから放つ魔法に比べると、武器を使った戦闘とは地味になりがちである。

 そんなわけでカークスは、手にした武器の特性と力を最大限に引き出しながら放たれる一撃に、必殺技の名前をつけている。

 つまり、小一時間草刈り鎌を扱ったことにより、草刈り鎌の熟練度が上がり、必殺技を編み出したのだろう。

 わくわくしながらカークスを見つめる私の隣で、猫じゃらしを口に咥えたメリサンドを、スケイスが抱き上げている。

 スケイスが片手を私の前に庇うようにして出してくれるのは、カークスの必殺技の威力が、たまにとんでもない時があるからだ。


「波状共鳴大伐採!」


 言葉と共にカークスが草刈り鎌を草むらに向かって投げると、草刈り鎌がまるで十数個に分裂したように見えた。

 くるくると回転する円形の無数の刃が、雑草たちを舐めるようにして刈り取っていく。

 一瞬のうちに通路の草が綺麗に根元から刈られて、土の地面が剥き出しになる。

 刈られた草は牧草地の手前で綺麗な山積みになり、カークスは舞い戻ってきた鎌をパシッと手にする。

 私はカークスの元へ駆け寄って、その服をぐいぐい引っ張った。


「すごいですね、カークス! これでお仕事は終了ですね、完璧に草刈り鎌をマスターしましたね」


「ええ、アーチェ様。今の俺であれば、草刈り鎌一本で一兵団を滅ぼすことができるでしょう」


 にこにこする私を見下ろして、カークスは目を伏せると深く頷いた。


「草刈り鎌で戦う状況が思い浮かばないんだが、おかげさまでやっと草刈りが終わった。草刈りをはじめて一時間は経っているよな? 一時間で五ギルか……、珈琲一杯分か。酒は飲めない」


 スケイスもメリサンドを抱いたまま私たちのもとへやってきて言った。

 風圧で少しだけずれた眼鏡を指先で直したあとに、私の髪にくっついていたらしい葉っぱを取ってくれる。


「良いですか、スケイス。善行というものは、心意気なのです。お金は全て孤児院に寄付します」


「別に良いですけど、五ギルですし」


 髪についた葉っぱを取ってもらいながら私が言うと、スケイスは特に文句も言わずに頷いてくれた。

 カークスも「もちろんです、アーチェ様」と同意してくれる。

 流石は私の従者たちである。

 最終的には御隠居様となった私は二人を連れて諸国漫遊する予定になっているので、初っ端から意見の相違がなくてよかった。志が同じであれば、きっと素敵な旅になることだろう。


「ーーん?」


 不意に、妙な気配を感じて、私はびくりと体を震わせた。

 風もないのに、ざわざわと牧草がさざめき、揺れる。

 今まで刈って山積みにしていた雑草たちが、牧草地手前のそれと合わさるようにして、一人でにざざ、と足元を移動して集まり渦を巻いていく。


『アーチェ、禍々しい気配を感じます』


 メリサンドが、スケイスの腕の中から私の肩の上に飛び乗った。

 カークスとスケイスは、私を庇うようにして一歩前に踏み出す。

 私は邪魔にならないように二人から少しだけ後ろに下がった。

 だって、御隠居様は戦わないのである。

 いえ、戦えないわけではないのだ。だって、聖女なので。

 でもメリサンドから授かった聖女の力というものは、あんまり戦闘向きじゃないのよね。

 弱いわけじゃない。

 なんというか、そう、強すぎる。普段使いするには強すぎるのよ。

 普段使いするにはちょっと派手すぎるパーティー用のドレスみたいなものなので、スケイスやカークスにも、おいそれと使うなと注意を受けているぐらいだし。


「これは、マンドレイク?」


「それにしては、大きすぎる気がするなぁ」


 カークスの冷静な声の後、スケイスの楽しげな声が響いた。

 背の高い二人の向こう側に、牧草地を背景にしてずんぐりと立ち上がる巨大な人形の草人間が見える。

 根っこのような頭から雑草でできた髪の毛をはやしている。

 顔には黒い虚が三つあいているだけだ。

 その穴一つ一つが、私が隠れ家に出来そうなぐらいに大きい。

 子供が描いた人間の絵のような外見の根っこの人は、二本の足と、二本の腕があるけれど、手のひらや指先はない。

 突如として現れた巨大な魔物に、動物たちが恐慌状態に陥ったのだろう、一斉に大騒ぎをはじめた。



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