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◆お悩み相談そのいち、牧場にはびこる魔物をやっつけて!



 ざくざくと、草を刈る音だけが草原に響き渡る。

 癖の強い甘栗色の髪が顔に落ちてくるのをかきあげて、私はふぅ、と息を吐いた。

 よく考えてみれば草刈りというのも中々得難い経験なのよね。

 お忍び用の冒険者初期装備風茶色い布のローブのスカートをたくし上げて、私はあらかた綺麗になった草むらから次の草むらに移動して、熱心に草を刈り続ける。

 魔物も悪者も気配さえないけれど、草刈りも楽しい気がしてきたわね。

 手早く手を動かすカクさんことカークスの目の前には小山ほどの大きさの、刈られた雑草の山が出来上がり、適度にサボっているスケさんことスケイスの前の雑草の山はその半分ぐらい。

 徐々に私の築き上げた雑草の山の方が高くなってきている。


「スケイス、もっとやる気を出してくださいな」


「私の魔法であれば雑草など一瞬で一網打尽にできるのに、このようにちまちまと草を刈る意義を見出せません」


「だって仕方ないじゃないですか、牧場主さんが、魔法を使うと首なが羊ちゃんたちが怯えるというのだから」


「何故私が首なが羊の感情に配慮しなければいけないのです、非効率です」


「さっき私に草を刈れと怒っていたくせに、見てごらんなさい。今はどう考えてもスケイスの方が怠けているのですよ」


「私は若隠居と違ってもう若くないのです、頑張りすぎると腰が痛くなり、明日に響きます」


「それはお前の鍛え方がなっていないからだ」


 やれやれと肩を竦めるスケイスに、カークスが冷たく言った。

 スケイスが小さな声で「筋肉馬鹿」と呟き、カークスは「聞こえているぞ、貧弱魔道士」と返した。


「まあまあ仲良くして下さいよ。それにしても、ギルドの依頼状には、牧場に魔物が出ると書いてあったのに、どうして私たちは草刈りをしているのでしょうね」


「先ほど牧場主の話を聞いていなかったのですか、アーチェ様」


 カークスが軽く首を振った。

 私たちが聖都の貴人街にあるハリス公爵家の別邸を出発したのは今日の朝のこと。

 それから真っ直ぐ聖都ミレニアムの中央街にあるお悩み相談よろづギルドに向かい、冒険者登録をすませて初依頼を受けた。

 冒険者ランク最下級の私たちは、最下級の依頼しか受けられない。

 数々ある最下級の依頼の中で『魔物』という単語に惹かれて、牧場主ゲラルドさんの息子であるルドルフ君の依頼を受けたのだけれど。


「ルドルフ君は言っていましたね、魔物をやっつけて! と。そうして私たちは、この草刈鎌を渡されたというわけだけれど」


「牧場主のゲラルドさんは言っていましたね、息子が出した依頼を受けて、たった五ギルで草刈りをしてくれるなんて、なんて親切な方々だ、なんだか申し訳ないなぁ、と」


 スケイスが鎌を置いて立ち上がり、腰を伸ばしながら言った。

 銀色の長い髪が風に靡いている。


「雑草という魔物を退治して欲しいと、ゲラルドさんの奥方様もにこやかに言っていましたね」


 額に浮かんだ汗を袖で拭いながら、カークスが言う。

 それらから広大な敷地に視線を向けて、故郷に思いを馳せるような遠い目をした。


「ま、まぁ、魔物が出ても出なくても、善い行いには変わりありません。本当は道を歩けば凶事に出会い、それを解決したいのですけれど、なかなかどうして、悪行には出会えないものです。ですので、ギルドで依頼を受けるのが一番手っ取り早いと思うのです」


「その辺はきちんと理解していてくれてありがたいですよ、お嬢様。悪行と出会うまで街をさまようような、不毛な一日を送りたくありませんので。それでも貴重な休日を、草刈りに費やすなど……」


 スケイスが自分の持ち場から私の隣に移動してきて、横にしゃがんだ。

 メガネの奥の鋭い瞳が、私を恨みがましそうに睨め付ける。

 私は唇を尖らせた。


「スケさん、本来はそれが正しい姿なのですよ。旅に出て、悪行と出会い、あらかたスケイスとカークスが悪者をやっつけてくれた後で、私がばああん、と登場するわけです。この神龍メリサンドの恩寵を受けた聖女の証が目に入らんかー! と言って」


「またスケさんと呼びましたね、お嬢様。よし、約束通り衣服をはぎ取らせていただきましょう」


「ちょ、ちょっと待ってくださいな、ごめんなさい、ごめんなさい」


 私の服の襟をぐいぐい引っ張り始めるスケイスに、私は慌てた。


「二人とも、戯れていないで仕事をしなさい。ところでアーチェ様、神龍メリサンド様の恩寵を受けた証である、聖女の紋章は、アーチェ様の胸の上にありますよね。公衆の面前でそのような場所を服を脱ぎ捨てて晒すのですか」


 カークスの冷静な指摘に、私は握り拳を作って答える。


「ええ、もちろんそうですとも。御隠居様も、晒していましたもの。こう、ガバッと服を脱ぎ捨てて、肩から胸までざっくりと。それを見た民はその場で膝まづくのです、ははー、これはまさしく、聖王家の証! と言って」


 先ほどから話題に上がっているのは、私の愛読書の内容である。

 幼い頃から何度も読んできたその本の主人公は、聖王家の血筋でありながら現役を引退して、立場を隠して屈強な護衛と共に諸国を漫遊する、御隠居様と呼ばれる尊い方だ。

 その方は、各地で出会った悪事を瞬く間に解決して、颯爽と去っていく。

 そんな人に私もなりたい。

 私は幼い頃からずっと、御隠居様に憧れながら生きてきた。

 御隠居様は、基本的には戦わない。

 戦うと言っても杖で時々応戦する程度である。

 御隠居様の最大の武器は、身分だ。御隠居様の肩口にある聖王家の証の、五芒星の紋様を衆人に晒すことによって、誰も彼もが御隠居様の前に跪くのである。

 これで、万事解決。めでたしめでたし。


「聖王家の証も、聖女の証も、私たち庶民にとってはその尊さは同じようなものですが、公衆の面前でがばっと胸部を晒すような真似を各地でするなど、殿下が泣きますよ」


 私の襟を引っ張るのをやめたスケイスが、私の頬を黒手袋をした指先で突きながら言った。


「それは私の人助けに感動して、ということですね」


 殿下とは、私の婚約者であるシオン・ハージェスト王太子殿下のことだ。

 そういえば、「アーチェは休日は何をしているの?」と、お休みに入る前の学園で話しかけられたような気がする。

 私は週末の人助けのことで頭がいっぱいだったので、適当に返事をしたことしか覚えていないのだけれど。


「まぁ、そういうことにしておきましょうか」


「話はもうおしまいです、手を動かしなさい二人とも。日が暮れますよ」


「はぁい」


「はいはい」


 カークスに怒られたので、私は再び手を動かし始める。

 スケイスも深いため息をつきながら、私から少し離れた。


『今日もアーチェは面白いですね』


 せっかく山にした雑草の山に小さい体で突進して崩しながら、どう見ても白い子猫にしか見えない神龍メリサンドが、草まみれになりながら落ち着いた女性の声音で言った。



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