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序章



 青空には燦燦と太陽が輝き、太陽の横には白い月と黒い月が二つの目のように浮かんでいる。


 爽やかな風が草原を吹き抜けていく。

 牧草の香りに微かな獣臭が混じる。

 丸太で組まれた柵の中の、ふかふかした白い毛を持った首なが羊たちが、くーくーと不安げな声をあげている。 

 首なが羊たちのつぶらな黒い瞳が、私を見つめている。

 背中に期待に満ちた視線を受けて、私のバトルメイスを持つ手にも気が合いが籠る。

 そう――私は今、今か今かと『悪者』の襲来を待ち受けていた。


「……お嬢様、ふんぞり返って風に髪を靡かせている場合ではありません。依頼はきっちりこなしてください」


 私の足元にいる従者のスケイスが、薄い銀縁眼鏡の奥にある、血のような赤色の瞳で睨みながら言った。

 切れ長の瞳のスケイスは、黙っているといつも人を睨んでいるように見えるので、なるだけ常ににこにこすることを心掛けているらしい。

 けれど、今は私を全力で睨んでいる。

 ご機嫌が悪そう。

 長いさらさらの銀髪を紫色のリボンで一つ結びにして、スマートに着こなした黒い執事服姿で草むらにしゃがんでいる姿は、常ならばあまり見られないものである。


「アーチェ様、仕事をしなさい」


 スケイスの横にしゃがみ込んでいる短い黒髪に、金の目をした体格の良い男性である、カークスも低い声で言った。

 宵闇に光る一番星のような瞳は、いつも感情を失ったように静まりかえっているのだけれど、今日は明らかに怒っている。

 スケイス・アイスブランドも、カークス・スヴォルフも私の――というよりも、私の生まれたハリス公爵家の使用人である。

 いつもはお父様のお仕事を手伝ったり、私のお世話をしてくれたり、出かけるときは護衛になってくれたりと、ハリス公爵家にせっせと仕えてくれている二人が今何をしているのかと言えば。

 草むらに這いつくばって、草むしりをしている。

 私は二人から一歩後ろに下がったところで仁王立ちしながら、バトルメイスを構えているというわけである。

 うん、風が気持ち良いわね。

 悪者はまだ来ないのかしらね。


「……アーチェ様、いい加減怒りますよ」


「もう怒っていますよね」


 片手に草刈鎌を手にして長い草を黙々と借りながら、怒気を孕んだ声音でカークスが私を威嚇してくる。

 私という尊い存在は常に敬わなければいけないと思うのだけれど。


「それにカークス。アーチェ様じゃありません。私のことは、ご隠居様とお呼びなさい」


「まだ十六歳なのに何を隠居するというのです」


 呆れ顔でスケイスが溜息をついた。

 生真面目なカークスは雑草の山を作り上げているけれど、肉体労働が嫌いなスケイスはやる気に乏しいらしく、鎌を手のひらの中で弄んでいる。


「うーん、人生?」


「私も隠居したいですよ、お嬢様。隠居したいのは山々ですが、すでにギルドで街のお悩み相談の依頼を受けてしまったんですから、やり遂げなさい」


「でも、スケさん」


「なんです、若隠居。次にそのような呼び名で私を呼んだら、お嬢様の衣服をはぎ取りますよ」


「……スケイス」


「よろしい」


「依頼には、牧場に魔物が出て困っていると書いてありましたよ? 魔物退治こそ、善行の第一歩じゃないですか。ね、メリサンド。そう思わない?」


 私は、私の肩に乗っかっている子猫に話しかける。

 真っ白ふわふわな毛並みに青い目をした子猫のメリサンドは「なう」と返事をしてくれた。


「ちなみに魔物と戦うのは?」


 黙々と草刈りをしているカークスが、静かな声音で問う。


「それは、スケさ……、スケイスと、カクさ……じゃなくて、カークスの二人ですけれど」


 本当はあだ名で呼びたいのだけれど、二人とも怒るから、訂正をした。

 良いと思うのに。うん、とっても良いと思うの。風情があって。


「百歩譲って、お嬢様のご趣味には付き合って差し上げますけれど、その胡乱な呼び方だけはやめてください」


「俺も、アーチェ様にはきちんと名前で呼んでもらいたいと思っています」


「分かりました。……それでは、心の中で二人のことは、スケさんとカクさんと」


「それもやめてください」


「大体、早々いませんよ、お嬢様が求める悪者などという存在は」


 そうなのかしら。

 私は二人の指摘に肩を落とすと、二人と一緒に草むらにしゃがみ込んだ。

 バトルメイスを適当な場所に置くと、私用の草刈鎌を手にして、背の高い雑草の根元を切り取る。

 白い手袋が、草の汁で緑色に汚れた。

 本来なら私の立場であれば、二人の背後でふんぞり返っているぐらいがちょうど良いと思うの。

 でもまぁ、草刈りが終わるまでぼうっとしているのも暇だし。


「若隠居、気を付けてくださいね、刃物」


「はぁい」


「悪者が居なくて残念でしたね、アーチェ様」


「カークスは若隠居とは呼んでくれないのですか」


「アーチェ様はアーチェ様です」


「その頭が固いところ、とても良いですよ」


 私は草を刈りながら満足気に頷いた。

 まさしくカークスは、私の求めていた屈強で生真面目で心根の優しい男性である。


「私は?」


「スケイスもとても良いです、柔軟で人当たりが良くて少々女好きなところが」


「私のことをそのように思っているのですか、お嬢様。女好きなどと」


「はい。メイドたちから聞いています」


「それはカークスより私の方が話しやすいからモテるというだけで……、あぁ、私はお嬢様になんて説明をしているんだ……、ともかく、女好きではありません」


「良いじゃないですか、女好き。ねぇ、メリサンド」


 私は刈り取って山積みになっている草の上で寝ころんでいる子猫に話しかけた。

 メリサンドは『男女が居なければ国が栄えませんからね』と落ち着いた女性の声で返事をした。



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