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返礼

前作の後日談です。

後、一話で終わります。

百合は、暇があれば日記を読んでいる。

それが、ユリシーズについて知る唯一の手段だからだ。


転生してしばらく経つが、彼女の記憶が頭に雪崩れ込んでくるということもなく、手探り状態が続いていた。


会う人間ほとんどが、見知らぬ者。

敵か味方か、もしくは、どちらでもないのか分からぬ状態。

そんな中、丸裸で挑むのはリスクが高すぎる。


幸い、彼女─ユリシーズは筆まめだったのか、こんなことまで…というぐらい事細かく日々について記していた。


部屋の中で見つけただけでも、とんでもない冊数だ。彼女の内に込めた想いの強さが窺われる。発散できず、日記に落としこんで耐えていたのかもしれない。


嫁ぎ先にまで過去の日記を持ってきたぐらいだ。これはもう彼女の一部だろう。


結婚してからのものは読み終え、今、目にしているのは少女時代のものだ。


百合は思う。


肉親について、どう考えればいいのだろうか?彼女を産み育てた存在、それに弟もいるらしい。


彼らについて語るとき、ユリシーズはよく

『当然だ』と書いている。


例えばこんな風に。



『弟が生まれた。



お父様もお母様もとても喜んでいる。

私も、もちろん嬉しい。


“念願の跡取りよ。これでようやく義務を果たせた”とお母様は嬉しそう。


“娘なんかいらなかったのに、随分遠回りしたわ”とも言っていたけど、当然のことだ。


私では、二人の期待に応えられないもの。


胸がなんだか痛む気がするのは、さっきポテトサラダを食べ過ぎたせい。シェフの作る料理がおいしすぎるのがいけないんだわ。』



『お母様は、私の髪色が嫌いみたい。

いつも地味でパッとしないって眉を潜めるから。


弟の髪はきれいな金色。お日様の色みたい。私とは何もかも違うのかも。


でも、少しだけその髪に触れてみたくて手を伸ばしてしまったのはいけなかった。


お母様を怒らせてしまった。


“悪いものが移ったらどうするの!?”


すごい剣幕だった。きっとそれだけ弟のことを愛しているのね。まあ当然よね。だって大事な跡取りだもの。』



『…跡取りだからっていつも思ってた。

もちろん、それもあるんだろう。


でも違うの。私を見る目とは全然。

優しくてなんでもしてあげるっていう目。


いいな。


どうやったらそれが、手に入るんだろう?』



『ピアノや刺繍、勉強に力を入れてみた。

誉めてほしくて。


でも結果は散々。


相手にされないどころか、くだらないことで時間をとらせてって…前より嫌われてしまったかも。


使用人の前で叱責される度、居たたまれなくて、彼らの顔すら見えない。


陰で馬鹿にされていると思うと胸が苦しくて何より愛されていない自分が恥ずかしい。』



健気だなと百合は思う。

恨んでしまえば楽なのに…。


この世界では、男名も女名も気にせずフリーダムな感じだけど、ユリシーズっていう男名をつけた意味の中に跡取りを切望する気持ちが全く無かったとは、とてもじゃないけど言いきれないなと百合は思った。


そして結論づけた。

敵じゃん、と。




「今日はなんだか難しい顔をしているな…」


「…そうですか?いつもと変わらないと思うんですけど」


「嘘が下手だな。目が泳いでいる。」


「……正直に言ってしまいますと、確かに悩んでますの。見知らぬ者のために義憤にかられて、お返しをするのって変かしら?」


今さらすぎる問いを百合が投げ掛ける。


「いや、そんなことはないだろう。お前がすることに間違いなどない」


この頃、クルーガーの愛が益々重くなっている気がするが、別に気にはならない。

顔立ちが好みなこともあるが、この偏った男にもう心を奪われていたから。


興味がなかった時は、ユリシーズのことを視界にも入れず、庇うことなど考えつきもしなかった男。


本来ならこの男にも復讐するべきなのかもしれないが…浮気の振りぐらいしか有効な手が思いつかない。


今の関係性なら何らかのダメージを与えられることは必定だ。


しかし…。

自分に協力してくれて、本気にもならず、

何の見返りも求めない。

そんな都合のいい男、いる?


日記を遡る。

ああ、いました。幼馴染みのブルック。

ふーん。彼は使えそう。

百合はにやりと微笑んだ。



「一体何の用?」


黒髪に紫の瞳が美しい男が、百合を見ている。突然の訪問を申し出たのは自分だが、昔馴染みに会ったとは思えない声音で言われ、一瞬イラッとくる。


「─私にそんな態度とっていいと思ってるの?」


初めは怪訝な顔で百合を見ていたが、徐々に男の顔色は悪くなっていく。


「…!まさか、あのときのことを持ち出す気か?あれは、もう時効だろう!」

「へー。…ふーん。」

「いや、分かってる。

僕がしたことは、人として最低だ。

…だが、黙っていてくれると約束しただろう?」


すがるような瞳で見つめられ、少し胸がすっとする。


「まあ、随分前のこととはいえ姉の下着を─」

「うわぁぁぁー!!」


最後まで言い終わらない内に、ブルックが叫ぶ。


そして、どうか黙っていてくださいと百合への忠誠を誓った。



ブルックとユリシーズの家は家格も同じ。

親同士の仲も悪くなかったために自然と、子供時代からお互いの家を行き来していた。


一時期は婚約話も出たそうなのだが、それは立ち消えになった。

というのも、親同士の仲が急に悪くなったからだそうだ。



『帝国暦244年水瓶の18日─』



日記には、このように書いてあった。



『ブルックは、ちょっとお調子者だけど私と遊んでくれるし、嫌いじゃない。


魔法も上手だし、将来は魔法使いの頂点に君臨するって言って憚らないけど…彼ならいつかは本当になれてしまいそう。


この前、お父様が話しているのを聞いてしまったけど、将来婚約することになるのかな?

それはちょっと…考えられないけど。


でも、ブルックのお姉様で、お優しいフィンリー様のことを“お姉様”と呼べるのは悪くないかもしれない。


お母様に邪険にされている私を憐れむでもなく、馬鹿にするでもなく、いつも優しい笑顔を向けてくださった唯一の方。


日記の中でなら呼べるけど…お姉様とお話するのが一番楽しい。』



『…私がお姉様のお部屋で、つい微睡んでしまった日。あの日に全てが変わってしまった。


私は、そこで自分が見たものを信じられなかったし、信じたくなかった。


それが、顔にも出てしまっていたのだろうか?

軽蔑するより何より、よく分からなかった。ブルックは何をしているのだろう?


私がいることに気づかないブルックは、お姉様の下着に顔を埋めていた。


思わず声を上げかけた時、彼と目が合った。


彼はひどく驚いた顔をして、私の所に来ると“このことはどうか黙っていてほしい…一生のお願いだ”と言った。


私は彼のあまりに必死な様子に、頷かざるを得なかった。』



『お母様に、突然ブルックの家にはもう行ってはだめだと言われた。


私が何故と聞いても教えてはくれなかった。


フィンリー様にもうお会いすることはできないのだろうか?それだけが悲しい。』



他にも色々書かれていたが、ブルックは率先してユリシーズを外で悪く言っていたようだし、仲間たちと彼女を直接馬鹿にしたこともあったらしい。


彼女は黙ってただ耐えていたそうだ。


約束を守って誰にも言わなかったのに。

それなのに…こんな仕打ちってある?


彼女の評判を貶めることで、万が一にも秘密をばらされたときの保身を図ったのかもしれないし、自身の親にもあることないこと言ったのかもしれない。


悪質だ。


でも彼が恐れていることが一つ。

お優しいフィンリー様だけは、ユリシーズの言うことを信じてくれるんじゃない?


シスコンなのか知らないけど、ブルックもそれを恐れたのだろう。

私の下僕になったしね。


百合は心が浮き立つのを感じながら、彼に提案した。



「それで、あなたには─」


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