三十六日目
死神がいなくなって三日目。
「おはようございます」
いつものように支度をし、会社に出勤した。
「おはよう」
不意に声をかけられ、振り返ると当馬さんがコーヒーを両手に持っていた。
片方のコーヒーを俺の机に置き、空いている席の椅子を借りて俺の隣に座った。
「昨日から元気ないけどどうしたの? 佐々木さんから聞いたけど私でもいいから話聞くよ。まだ話せてないこととか言い難いこととかゆっくりでいいからね」
「はい。ありがとうございます」
「大丈夫? 仕事でなんかあった? 人間関係のトラブル?」
「いえ、そういうのじゃないんですけど……聞いてくれますか?」
俺は昨日佐々木さんに話した内容より少し細かく話した。
当馬さんなら話してもいいかなと思ったが、さすがに頭おかしいヤツだと思われたら困るので大切なことは隠しながら。
「そうね……弟さんが……それは大変だったわね。なにか私も出来たらいいんだけれど……」
「いえいえ! お気持ちだけで充分助かっているので大丈夫です。ありがとうございます」
「そう? またなにか進展とか話したいこととかあったら聞かせてね? 無理しちゃダメよ」
そう言い残すと当馬さんは椅子を片付けて自分の部署に帰っていった。
まだ暖かいコーヒーを飲みながら、先輩方に心配かけてしまっていることに気づき、このままではいけないなと思い始めた。
気持ちを切り替えパソコンに向かった。
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「で! どうでした? コーヒー渡せました!?」
「えぇ、アドバイスありがとう佐々木さん。でもやっぱりまだ彼は悩みがあるように見えるわ……どうやったらもっと親密になれるかしら」
「いえいえ! 私もよく彼氏について相談に乗ってもらってますから! そうですねぇ、親密……ご飯誘ったりとかしてみます?」
俺と離れたあと、当馬さんと佐々木さんが廊下でこっそり話していた。当馬さんが新人君のことを好きになったみたいであれからちょいちょい相談していたらしい。
なかでも当馬さんの不器用加減は折り紙付きで、恋愛ごとも何かと "慣れてそう" や "男遊び激しそう" という理由で振られ続けていたのだ。本人にその気は全くなく、無意識なのだが……
本人はちゃんとした真面目な恋愛を望んでいたのだ。そんな中、真面目で誠実そうな新人君が来ちゃったからもう一目惚れしちゃったって訳で……私としては何とかして成就させてあげたい!
そんなこんなで私! 佐々木 愛華は先輩こと当馬さんの恋愛相談に乗っているのだ! まぁ力になりたいって気持ちに嘘はないけど……
第一の理由は……面白そうだから!
「先輩は奥手すぎるんですよ! あのタイプはもっと攻めなきゃ! まぁ奥手な先輩も可愛いですけどね」
「えー……充分攻めてるけどな……?」
「甘いっ! 足りないっ! 先輩スタイルもいいし、顔もかわいいんですから! もっと自信を持ってくださいよ!」
「そ、そうかな? なんだか照れちゃうな……」
「かわ……ゲフンゲフン。だからもっと攻めてもいいと思うんですよねー……あの人が鈍いだけか、草食系男子なだけなのか分かりませんけど、今日あたり食事とか誘ったらどうです? 最近帰るの少し遅いから行けるかもですよ?」
「それはちょっと早いんじゃないかな? 今日はもうちょっと様子を見てから……明日誘えたら誘うことにするわ。相談乗ってくれてありがとうね」
当馬さんは優しく微笑み、その場をあとにした。
絶対こんな可愛い人に攻められたら断る理由ないのになー。
そんなことを考えながら私は自分の机に戻った。
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「ふー…… 疲れた」
今日分の仕事が終わり、一息ついた。
「お疲れ様」
後ろから当馬さんに声をかけられた。
当馬さんも帰るのだろうか?カバンを持って俺の机にもたれかかる。
「あの、今日仕事終わりって空いているかしら?」
「いや、うーん……すみませんちょっと気になることがあってそれを確かめたいのですみません」
「うぅん! こちらこそごめんなさいね! そんな大切な時に……じゃあ、一緒に帰るのはどうかしら?」
「一緒に帰るだけならまぁ……大丈夫です」
「よかったぁ! じゃあ早く支度しましょ! 今日はもう上がりでしょう?」
さぁさぁと言い、俺を急かす。
(なんか嬉しそうだな。聞いて欲しいことあるのかな?)
俺は帰りの支度を済まし、当馬さんと一緒に退社した。
……しばらく無言が続く。何か話したかったんじゃないのか?もしかしたら聞いてもらいたいことなのかもしれない!
なんでずっと黙ってたんだよ俺。男だろ!
意を決して沈黙を破る。
「あの、当馬さんは何か今日いい事ありました?」
「へっ!?」
当馬さんが聞いたことも無い声で飛び上がった。
おどけたような隠すような声が返ってきた
「え? な、なんでそんなこと思うの??」
必死にさっきの動揺を隠すように顔を背ける。何か悪いタイミングに聞いちゃったかな?
「いえ、なんか今日帰る時に声が少し高かったと言いますか、弾んで見えたので何かいい事あったのかなと思いまして……違ったらすみません」
第一もしこれで何もありませんでしたーとかだったら俺がめっちゃ恥ずかしいやつじゃん。
今後悔しても遅いのに薄々後悔してきた。
「そうねぇ……いい事あるわよ? 現在進行中ってところかしら?」
「???」
言っていることがよく理解できず、聞き直そうとした時だった。
「あ、そろそろ駅に着くからここまでよね? 今日もお疲れ様! 明日もよろしくね」
じゃっ! と言わんばかりの勢いで別れを告げて去っていった当馬さんの後ろ姿をじっとみていた。
家に帰り、お湯を沸かし、麺をすする。
今日も俺の体は炭水化物で満たされる。
最後まで読んでいただきありがとうございます。当馬さんみたいな綺麗な人にアタックかけられたいなと思う人生でした。続きが気になった方は是非!評価とブックマークをよろしくお願い致します!また次回お会いしましょう!




