十四日目
今日こそ絶対に受け取ってもらう。強い気持ちで会社へ向かった……
朝起きると、朝食の上に肉球型のついた置き手紙が置いてあった。
(頑張れー!)
下手くそな字で一言だけ書いてあった紙を見て、勇気が湧いてくる。
会社に行く支度をし、ネクタイをきっちり締めて戦場へ向かう。
「おはようございます! 朝早くにすみません」
「いやいや、私の方こそこんな時間しか空いてなくてごめんな。それで……前向きに考えてくれたかな?」
生唾を飲み込みカバンの中からおもむろに退職届を出して、机にたたきつけた。
「お気持ちは嬉しいですけど、辞めさせていただきます。五年間お世話になりました」
「……気持ちは変わらないのか?」
「はい。採用していただき、嬉しかったのは事実です。ですが、これ以上は続けられません。誠に自分勝手で申し訳ございませんが……辞めさせていただきます」
係長は退職届を受け取り、そうか…と呟いた後席を立った。
「君みたいな人と働けて楽しかったよ」
……唇を噛み締める。
俺は係長が部屋に戻って見えなくなるまで見送った。
これで最後と思うと妙に寂しくなる。あそこで俺は資料を破かれたり盗まれたり水かけられたりコーヒーかけられたり資料作り直しさせられたり殴られたり踏まれたり。
……前言撤回。全く寂しくなかった。
早まる足を抑えつつ会社をあとにした。後味悪い感じを残して。
「お疲れ様!」
不意に頭上から声がかけられる。
見上げると嬉しそうな顔で頭を撫でてくる死神が居た。
「お前。今朝はどこいってたんだよ……置き手紙だけ残してさ」
「ちょっとお仕事呼ばれてたからねー! でもすぐ終わらせてずっと君の後ろにいたよ?」
「え……なにそれどこのホラー映画??」
「失礼だな! 君のことが心配になって見守ってたのに!」
死神はオーラを送るように俺に手を伸ばして応援していたという。
まぁ、おかげで無事退職できた訳だが……これからどうしようか……
俺はなんか清々しい気持ちになってパーッと遊びたい気分になっていた。
まずは、勝利の腹ごしらえと行くか!
近場の焼肉屋を調べてすぐ予約をとった。
「よし! 死神! 肉食うぞ! 肉!」
「お肉!?」
「しかも! 食べ放題だ!」
お互いの顔を見合わせてニヤリと笑う。
そうと決まったら焼肉屋まで競争だ!
めいいっぱい食べようとお腹を空かせる。焼肉屋に着いた時は息を整えるのに必死でドリンクバーを注文し、水ばかり飲んでいた。
「いやー! しかし! 俺が本当に会社を辞めるとは! 思わなかったよ!」
「ほんとにね! 僕も流されるんじゃないかってひやひやしたよー!」
笑い合いながら死神と愚痴を言い合っていた。
あいにく、個室を予約していたので、人目を気にせず話すことが出来た。
「係長にさ? めっちゃ褒めてもらえてさー俺もう嬉しくってーガチで悩んだよねー(笑)」
俺は勢いで生ビールを注文し、体にアルコールを充満させていた。
「あー(笑) 流されそうになってたよね! あの人演技上手かったからひやひやしたよー!」
「ん??」
「あれ? 気づかなかった? あの人君に残ってもらうために必死に褒めちぎってたんだよ? 裏ではボロクソに言ってたのにね!」
知らなかった……酔いが覚めたがすぐにお酒をあおいだ。
「もういい! 今日は飲んで焼肉食うぞー!!」
「その意気だー!」
「失礼致します。カルビとロースと牛タンでございます」
「あ! ありがとうございます!」
「失礼致します……」
俺のことを何度もチラ見しながら個室の扉を閉めた。
初めのうちは意味がわからなかったが、店員さんにはさぞ滑稽に見えただろうな。ふたつのお皿に大量の肉。個室とはいえ声は漏れていたのだから。
お腹がはち切れるほどお肉を食べた。
夜風にあたりながらのんびりと歩みを進める。
ひんやりとした風が心の中の熱を冷ます心地良さを感じる。
帰ってからスーツの臭いを確認してみた。
焼肉屋に行ったあとはだいたい匂いが残るので心配になり、臭ってみたら案の定臭いがこびりついていたので、明日クリーニングに出すことにした。
とりあえず応急処置でファブリーズを全面に吹きかける。
帰りにビールと軽いおつまみを買って家のベランダで宅飲みをする。
涼しい風に煽られながらぼんやりと景色を眺める。
死神用にオレンジジュースとおやつも買ってやったので、それをあげると嬉しそうに勢いよく袋を開けて食べていた。
「仕事を辞めたのはいいけど……これからどうしたものかな……」
独り言を吐き捨てて、ビールをあおる。
暫くは貯金が貯まっているのでそれでやり繰りしよう。
今はとりあえず辞められたことを喜ぶべきだ。また明日からゆっくり考えればいい。
風に当たりすぎて気分が悪くなってきた俺は部屋に戻り、水を飲んで何とか落ち着かせた。
ずっと緊張していたからか、急に体の力が抜けて疲れがおしよせてくる。
俺は項垂れるように布団に潜り込んだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます!これからの不安は残りますが!何とか退職出来ました!おめでとうございます!!続きが気になった方は是非!評価とブックマークをよろしくお願い致します!また次回お会いしましょう!




