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始章 神を殺す英雄 第三話

 店内は、落ち着いた雰囲気の喫茶店という感じであった。

 現代日本を知っている俺でも、これは喫茶店だなとわかる感じで非常に落ち着く。

 繁盛しているみたいで、席は八割方埋まっている。テーブルがいくつかとカウンターも備え……いや、まて、これは。


 見渡す限りの席には女子、女子、女子アンド女子。男が見当たらない。

 俺はそれを確認するとくるりと回れ右し店を出ようとしたところを、恐ろしい速度で腕をガシリと掴まれる。


「おやおや、コウスケ君。どこへ行こうというのかね」


「なに、あれだ。考えてみれば、俺はそんなにお腹空いてないしな。そこらでぶらぶらしてるから目的があるならロノア一人で――」


 俺のその言葉にロノアは、にやぁと何故か嬉しそうな恐ろしい顔をしている。

 俺はこの世界に来て初めて、命の危機を感じている。やばい。ロノアの顔が悪魔の微笑みにしか見えない。女神だけど。女神だよな?


「まぁまぁ、お茶くらい良いじゃないか、ちょっとくらい付き合ってくれたまえよ。さぁさぁ」


 ロノアはそう言って、俺を引きずりながら店内の空いているテーブルへと進んでいく。

 そう言えば最近気が付いたのだが、対ロノアに俺の力が効いていない気がする。今だって割と、おもいっきり、遠慮なく抵抗しているつもりなのに抗うことが出来ていない。

 畑仕事やら力仕事しているときに違和感を感じないことから、これは完全に対ロノアだけの感覚だ。

 されるがままにテーブルへと運ばれ座らされた俺は、大の男が小柄な少女に引きづられる事で集めた注目による羞恥を我慢しながら、正面で嬉しそうにメニューを眺めるロノアへ疑問を投げかける。


「なぁ、ちょっと聞いていいか?」


「待って! 今大事なところだから」


 そうか、俺との話よりメニューを決める事の方が大事か、そうだよな空腹だもんな。

 溜息を一つ吐き、真剣な表情でメニューと向き合うロノアを何と無しに見る。

 これは別に、周りから何やらジロジロ見られて他に視線を動かせないとかそういう事ではない、決してそういう事ではない。


 目の前の少女は、正体を知らない者から見ればそれはそれは可愛らしい普通の女の子に見えるだろう。

 腰まで伸びる金流の如き麗髪と、輝くような翠眼は角度によっては多様な色彩を見せる。 柳眉から流れる美しい曲線を描く鼻に、桜色の小さな唇、見紛う事なき美少女である。

 現在俺は、そんな美少女である女神ロノアの「女神会議での最下位脱却」を目指すべく異世界であるここアトリアータへ来ている。

 九つある世界をそれぞれ管理している女神たちは、その管理状況により女神会議にて最高神様より順位を決められる。


 ここアトリアータの管理者であるロノアは、最初の女神会議から最下位を維持し続け、とうとう優しい最高神様もお怒りになってしまった。

 それにロノアが危機感を持ったかどうかは分からないが、どうにかしたいと言う事で、『英雄の資質』とやらを持っているらしい俺を巻き込み、自身も責任を感じてか遊びたいだけかはわからないが、一緒に下界であるここへ来ている。

 転移の際に、異世界転生のお約束である強化をして貰ったのだが。

 対ロノア弱体化の原因は、その時なにかされたのではないかと睨んでいる。

 何かしらの制限を掛けられて、元々持っていた対ロノア特効が無効化されてるんじゃないだろうか。

 対ロノア特攻ってなんだ。


「店員さん! このふんわりパンケーキとベリーベリーパイとクラメル産チョコレートのケーキとクリームたっぷりプディングと――」


「ちょっとまて! どんだけ頼むつもりだ」


「え? なに? ――あ、あとはトラギナリンゴたっぷりタルトとしっとりフィナンシェ、それとこのストロベリークッキーに紅茶二つ、以上!」


 怒涛の如く注文したロノアに驚いたウェイトレスさんは、いいの?って感じで俺を見てきたが。目の前でにこにこと機嫌が良さそうなロノアを見て、俺は頷き返すしかなかった。


「もういいか? 聞きたいことが――」


「待って! 私は今、目くるめくデザート天国を堪能するために、精神を集中してる最中だから声掛けないで」


「もういいか? 聞きたいことがあるんだが」


「……」


 無視か。殴っていいかな? いや、やめておこう、反撃されたら俺は肉片だ。

 それに周りの環境故に、あまりやんややんやと騒ぐこともできず黙るしかなかった。

 それから、注文したデザートが運ばれた後も。

 「待って! 今私はクリームとパンケーキの奏でるハーモニーを堪能してるから」とか。

 「待って! 今私はリンゴの海を漂う漂流者だから」とか。

 「ああ、チョコレートという幸せの波が私を押し流す」とか。

 「この口溶け! 私まで溶けていく!」とか。

 「は? なにこれ、口の中が幸せ過ぎて天界へ昇天しそう」とか。

 天界はお前の家があるとこだろ。実家だろ。

 もう最終的にはクッキーの皿を俺の目の前にずいっと押しやって、それ食って黙ってろと言わんばかりに完全に俺を無視してた。

 え、何これ、ストロベリークッキーうっまっ!

 これが女子を虜にするデザートの恐ろしさか。俺まで魅了するとは……。是非お持ち帰りを包んでもらわなくては。店員さーん!


 あれだけの量のデザートをペロリと平らげ満足したらしいロノアを連れてクーラパンを出た後も、「そろそろ宿屋探しておかないといけないんじゃない?」と言うので、話す間もなく宿屋探しを始める事になった。

 確かに、ロザおばあちゃんが、宿は早めに決めた方がいいって言ってたしな。

 その際ロノアは、「なんか汚いからやだ」とか「お風呂ないとやだ」とか「広くないとやだ」とか、もうなんかどこぞの貴族令嬢ばりに我儘放題で、結局日が暮れ始めた頃に漸く良さそうな宿屋が見つかった。


「え? 何で別々の部屋にするのよ」


「いや、一緒じゃなくていいでしょ。俺らいちおう男と女よ? ……女だよね?」


「男に見えるの? 今更じゃない、ザケタ村ではずっと同じ部屋だったんだから」


 ザケタ村での滞在中は、確かに同じ部屋で寝起きしていた。

 そりゃ、居候の分際でもう一部屋用意してくれと言えるわけもないし、なんか村長一家も俺とロノアはセットみたいな雰囲気で接していたから余計に言えなくなっていた。

 でもね、でもだよ。さっきも言ったが男と女なんだよ。ロノアが女神だとしても、それがどうしようもないほどの残念女神だったとしてもだ。

 わかるだろ? わかるよね? もうね、ほんとね、口に出しては絶対に言わないが、こいつほんと可愛いんだよ。

 俺の事信用してるのか、なんも考えてないのかわからないが色々無防備だし。目のやり場に困ったことなんて、一度や二度や十や二十じゃきかないんだよ。

 分かれよ! 俺も健康な普通の男子なんだよ!


「何よ黙り込んじゃって、何か嫌な理由でもあるの?」


「逆に聞くけどさ、一緒の部屋じゃなきゃいけない理由があるの?」


「そりゃあるわよ。だって一緒に居たいんだもの」


「なっ……、な、にゃに、何言ってんだお前」


「何って何よ。なんかおかしい事言った? 一緒でいいわよね? ――てことで、二名、ツインでいいわ」


 おーけー、落ち着け俺。そうじゃない、ロノアが言ったのはそういう事じゃない。

 大きく深呼吸だ。わかってる、そうわかってる。なにせ相手は残念女神ことロノアだ。

 クールになろう。俺は窒素だ、液体窒素。マイナス330℉の超低温野郎だ。

 赤くない、顔がほてったりしな――


「いつまでそんなところに突っ立てるのよ」


「え? ……ああ、うん、そうだな」


 気が付けば、いつの間にか部屋の入口に立っていた。

 おーけーくーる。きっと俺は、ロノアのあの言葉に動揺してここまでの記憶が抜けている。それを認識出来ただけで合格だ。

 いや、ほんと勘弁してくれ、心臓に悪いんだよ。


 見れば中々に広い部屋だった。目の前の部屋にベッドはなく、目立つ物と言えばソファとテーブルとドレッサー、隣に続く扉が二つあり片方が風呂でもう一つが寝室への入口だろう。

 スウィートルームってやつだな。

 俺は動揺を消すように足取り確かにソファへどかりと座り、背を預け深く溜息を吐く。

 なんか精神耐性だかショック耐性をつけてくれたんじゃなかったっけ? おかしいなぁ。


「そう言えば、なんか話あるんじゃなかった?」


 目の前に淡い湯気を立てる紅茶を出され、見ればテーブルを挟んだ正面にロノアが座っていた。

 紅茶を手に取り上品に口を付けているロノアは、いつの間にか姫騎士から金髪メイドへクラスチェンジしていた。

 指パッチンほんと便利だな。俺にも教えて欲しい。


「ええっと、何だっけ……、ああ、そうそう、俺に施した強化について聞きたいんだが」


「あれ? 言ってなかったっけ?」


「軽く説明は聞いたけど、どうにも腑に落ちない事があって確認って感じ」


「ふむ? まぁいいけど。まず身体強化に関しては疲労軽減、持久力補助、生命力補助、回復力向上って所ね」


「ああ、それでか。一日畑仕事しててもほとんど疲れなかったし、次の日にはすっきりって感じだったのは」


「まぁ、そうね。でも、元々コウスケの身体能力が高いのもあるわ。私が施したのはあくまで補助だもの」


 確かに、昔から体力は有り余ってる感じではあった。

 体格はそれほどでもないが、これでも運動能力はなかなかだったと思う。高校の時の全校マラソン大会では、軽く流す感じで三年間ずっと三位を維持していた。

 まぁ、運動部に所属はしていなかったので、運動系で何かってのはそれくらいだ。


「あとは魔力回路だけど、すでに開放はされていた。でも、何故か魔力炉が壊れてて魔力マナの精製が正常に機能してなかったから、それを治して正常に循環させたって感じかしら。あとは、あの時話したけど魔力マナの量が尋常じゃなかったから精製量を抑える封印をした」


 あの時、と言うのは俺が≪魂導冥炎ショロトルフランマ≫を使って気絶した後に、ロノアが説明したくれた時だ。

 「黙ってたのはごめんなさい。コウスケはマナの量が多すぎて。だけど、今まで魔力マナの循環をしたことがない体にそのまま流すと、負担が大きすぎるから封印を施していた」そう言われた。


「ああ、うん、それは確かに聞いたな。てか、魔力炉てなんだ?」


「マナを生み出す器官よ。目に見える物じゃないなくて、精神体アニムスにある概念みたいなものね」


「俺、男なのにアニムスがあるの?」


「ん? どういう事? 精神体アニムスは、神を含むすべての生きとし生けるものにあるわ」


「ああ、わかった。俺の理解してるアニムスとは違うわ。それはいいとして、魔力炉が壊れてたってのはどういう事?」


「いいの? なら話戻るけど。正直わからないわ、魔力回路が正常で魔力炉だけ壊れてるってのが普通はあり得ないのよね」


「そうなの?」


「そうよ、逆か両方はあっても、魔力炉だけってのは聞いた事がない。そもそも、ガイア人なのに魔力回路が開放されてたのも不思議だし。もうずいぶん昔だから曖昧だけど。確かアシエラが、ガイア人は魔力回路をすべて封印したって言ってたのよね」


「アシエラって、地球を管理してる女神だったか。ん? てことは、元々俺たちガイアの人間も魔法が使えたのか?」


「ガイアの人間と言うか、全ての人型は神の姿の模倣から生まれたものだしね。得手不得手はあっても何かしらの魔法くらいは、普通使えるのよ」


「え!? まじで?」


「まじよ。簡単に言えば魔法と言うのはつまり、神の権能の劣化版だからね。使えない人間ばかりなのは、ガイアとユイルビアくらいじゃないかしら。それも管理者権限で封印してるだけだけど」


 地球のあるガイアとユイルビア、前にも聞いた世界の名だ。それは個としては弱いが全としては強く、そしてここアトリアータに比べ、数百年先を行く文明の発達した世界、だったか。

 ふうむ、興味深い話だな。これからこの世界を発展させようと思っている俺としては、参考までに色々聞きたいところだ。

 でも、なんかロノアは、アシエラって女神と仲悪そうだし聞き辛い。

 確かに、この世界をこれまで見てきた限りでは、地球、つまりガイアに比べ随分と未発達なのはわかる。


「魔法関係は興味が尽きないが、今は置いといて。他にした強化は何?」


「あとは、精神耐性ね。あらゆる精神的ショックを緩和するって所かしら。あとは、言語変換に抗体生成向上、気候適応能力向上って所かしら。ああ、ここに来る前に識字変換と言語書記もしたわね。そのくらいかしら」


「……精神耐性ってどの程度? すごく軽くって感じ?」


「え? かなり効いてるはずだけど」


「……本当に?」


「ええ、本当よ。だって、ザケタ村でも、ここへ来る道中もだけど。コウスケ、どれだけの魔物や動物の死体を見てきた?」


「え?」


「目の前で血飛沫を上げて、首が飛び手足が捥げた死体をどれだけ見た? それらはあなたの、ガイアでの生活で普通に目にしてきたモノかしら? それを見てショックを受けた?」


「……」


 ああ、本当だ。

 俺はそれらを見ても、まったくショックを受けていなかった。そうか、そうだよな。普通に考えれば、飛び散る四肢に首、それに伴う血と臓物の臭いに、……あんなものには、ここに来る前の俺では絶対に耐えられなかったはずだ。

 だが今、それらを思い出してもなんとも思わない。

 ショックを受けていたかもしれないという想像はできるが、ショックを受ける事はない。


「なるほど、……すごいな」


「ふふふ、そうでしょそうでしょ」


 ロノアはそう言って腕を組み、ぶんぶんと大きく何度も頷いている。

 鼻の穴が広がってるぞ、大丈夫か? それは女神として、いや女として大丈夫か?

 ……大丈夫か、ロノアだし。


「この世界に来て初めて、ロノアに感謝と尊敬の念を抱いたよ」


「おい! もっと他にも色々あるでしょ!? あったでしょう!? 鳥か? コウスケの頭は鳥なのか!?」


「そんな事より、それだけ?」


「そんな事ってなんだ! どうせ抗議しても聞かないのわかってる。私は学習した」 


「一つ大人になったね。で、それだけ?」


「私、あなたよりもだいぶ長生きしてるんですけどね。そうよ、それだけよ」


 基本的にロノアは嘘が下手だ。

 この世界にきて数日が経った頃、俺のクッキーが減っていた時に「俺のクッキー食べた?」って聞いたときに「え? えっと、食べてないよ。なんか日にちが経ってて口の中パサパサになったし、そんなの食べないよ」って言うくらいに嘘が下手だ。

 今のロノアの顔を見る限り、本当にそれだけなのだろう。


「あのさ、ここに来る前に俺さ、ロノア引きずったり引っ張られてもびくともしなかったりしたよね?」


「ああ、あれはほんとびっくりしたわ」


「でもさっき、甘味処でもそうだし村でもだけど、今現在の俺にそんな力がないように感じるんだけど、強化されてるはずなのにおかしくない?」


「いや、逆に天界での出来事の方がおかしいんだけどね。コウスケは鳥頭だから忘れてるかもしれないけど、私、これでも世界を管理する神なのよ? どんな怪力人間にだって力負けなんてしないわよ普通」


「は? いやだって――」


「ザケタ村からここまでの道中、見てなかった? 私、片手で簡単にオークの顔潰せるのよ? コウスケに同じことできると思う?」


 そうだ、ここに来るまでの道中、魔物のオンパレードと言うくらいに襲われた。

 そして、それをすべて撃退したのはロノアだ。

 剣で切るだけじゃなく、蹴ったり殴ったりもしていた。その度に、魔物の顔が肉片に変わり、腹に穴が開き、ありえない程に吹き飛んだりしていた。

 そもそも、あの巨人ヘカトンケイルを殴り飛ばしてるんだったなこの女神。怖い。


「じゃあ、なんで天界ではできたことが、今できないんだ?」


「それは、私の状態の変化と、あなたの『英雄の資質』の問題ね」


「『英雄の資質』の問題?」


「その話をする前に、冷めてしまった紅茶を淹れなおしましょ。少しだけ、長い話になりそうだしね」


 そう言ってロノアはパチンと指を鳴らし、静かに紅茶を淹れなおすのだった。

おはようございます。

指が滑ったので明日の深夜も更新します。


お気に入りや評価くれると嬉しいです。

創作物は自己評価が難しいので……。

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