始章 神を殺す英雄 第二話
「お? あれがヴァンヘンセンじゃない?」
目の上に手を翳しながら、ロノアがそんな声を上げる。
その先にはそれなりの高さの外壁らしきものが見える。
うん、そうだろうな。てか君が作った世界じゃないの? まぁさすがに街一個一個は覚えてないか。
道中も、あっちふらふらこっちふらふらして色々見てたし。終始機嫌が良かったところを見ると、自分の作った世界を自分の目で見るのが楽しかったのかもしれない。
それなりに寄り道をしながらザケタ村から六日目、予定より二日遅れて俺たちは目的地であるヴァンヘンセンへ辿り着いた。
街に入る門には、長蛇の列ができており思った以上に栄えてるようだ。
そう思っていたのだが、この長蛇の列ができている理由はそれだけではないようだった。
それは、俺たちの前に並んでいる男たちの会話により判明する。
「ガイブラーグ帝国が戦の準備をしてるって本当なのか?」
「ああ、トラギナの商業組合で聞いた。ベルヘイドは同盟を破棄されてハチの巣をつついた様な状態だって話だ」
「それでヴァンヘンセンもこの有様か。行商人どもは売れるものをとっとと売り払って逃げる準備ってところか」
「ああ、俺も、お前だってそうだろう?」
「まぁな、明日にはオーランドに向けて出発する予定だ」
その話を聞いて、どうしたものかと頭の中で考える。
戦争が始まってしまうらしい。頑張れベルヘイドと心の中で応援したのも無駄になってしまった。
隣に居るロノアの表情を伺えば、これまでの道中の機嫌のよさは鳴りを潜め、落ち込んだように顔を俯かせている。
自分の管理する世界で戦争が起きるとなれば、やはりこうしてロノアでも落ち込んでしまうようだ。
「そのなんだ、そんな落ち込むなよ」
「ん? ああ、うん、わかってる」
「どうするかは、とりあえず街に入ってから決めるか」
「そうだね。そうしよう」
いつもの様にからかう気も起きず、会話もなく静かに門をくぐる順番を待っていた。
二時間くらいだろうか、かなり待たされてやっと門まで辿り着いた。
しかしそこで、驚愕の事実が発覚した。
「通行証か身分証を出せ」
「えっと、ありません……」
「現在、身分証のないものは通すことが出来ない。悪いが外へ出てくれ」
こういう場合お金払えば通れるんじゃないのか? 村長もそんな事言ってたはずだが。
そう思いその兵士に尋ねたのだが、返ってきた言葉はなんとなくそうかもと思った予想通りであり、予定が狂う言葉だった。
「ああ、今は戦時体制へと移行している為に、金銭による通行許可書は発行できなくなっている。食料の補給に関しては、門の横に各商業組合が臨時の出張所を出しているのでそこで行ってくれ」
「……まじかよ」
無理に推し通ってもよくない結果しかないことは目に見えているので、更に元気をなくし俯いているロノアの腕を取り大人しく回れ右をし門の外にでた。
門の前には相変わらずの長蛇の列で、解決策が出たとしてもまたこの列に並ぶかと思うとげんなりしてしまう。
そんな事を思いながら相変わらず俯き加減のロノアの腕を引き、門からやや離れたところまで歩いてきた。
「街に入れないのは困ったな」
「え!? 入れないの?」
どうしたものかと頭を垂れていたら、それまで大人しくしていたロノアが突然声を上げた。
その顔を見れば、なんか驚いたような顔をしている。
いや、今兵士が言ってたじゃん。聞いてなかったのか。そこまで落ち込んでるのか。
そう思ったのだが今度は、ややむっとした顔を作り突拍子もないことを言い出した。
「なら! 壁を飛び越えよう!」
「は? いやいや、無理で……出来るの?」
その言葉に、出来るならと期待を込めて返し、俺はヴァンヘンセンの外壁を見上げる。
ヴァンヘンセンの外壁は、高さ十メートルはあるだろうという高さである。
さすがに普通の人間は飛び越える事が出来る高さではない。そりゃそうだ、飛び越えられたら街を守る外壁の意味ないしな。
だが、隣で同じく壁を見上げている姫騎士ロノアは、ちょっと頭の残念な子だが女神だ。
「うん、ちょっとだけポイント使っちゃうけどね」
「ポイントか、ちなみに何クッキー分?」
「二クッキーかな」
「二か、うん、ならいいか」
そうして俺たちは門から離れるように移動して、誰も見てない場所まで来るとさくっと壁を越えた。パチンとロノアが指を鳴らしただけの簡単なお仕事だった。
どうやら誰にも見られずにヴァンヘンセンの中へ入る事に成功して、現在は大きめの通りを歩いている。
隣を歩くロノアの案内でだ。
何やらメモ紙の様なものを見ながら、こっちあっちと進んでいる。
何を目指しているかさっぱりわからないが、俺自身もこの街の事などさっぱりわからないので、言われるがままに付いていっている。
外壁を飛び越えるときにちらっと見渡した、この街ヴァンヘンセンはかなりの広さだった。
二万人規模の街と言うのは伊達じゃないらしく、反対側の外壁までかなりの距離があるようだった。
しかしあれだ、壁に囲まれた街というのは、何と言うかテンションが上がるな。
異世界! って感じで。こんな街は地球じゃそうそうお目に掛かれないだろうし。海外に未だに存在しているらしいが、少なくとも日本にはなかったからな。
見たところ城の様なものは見当たらなかったので、地方都市の一つという事なのだろう。
街の中はというと、いつもそうなのか戦時体制のせいなのかわからないが、人々が慌しく行きかっているように見える。
屋台の様なものも営業しているようだし、まだまだひっ迫した状態ではなさそうだと少し安心する。
ていうか、このヴァンヘンセンは帝国からどの程度の距離なのか、戦争になったらどうなるのだろうか。
俺の中の目下の心配事は、ザケタ村である。
戦争がどのような規模で行われるか不明なので、ザケタ村が巻き込まれるのか大丈夫なのか心配だ。あの村人たちが悲しむような事態にならなければいいのだけど。
さすがに兵士が来たら、あのオークを蹂躙する村人たちでも抵抗することはできないだろう。
たぶん村人があれなら、兵士はもっと強いだろうし。
そんな事を考えて歩いていると、ロノアが立ち止まりなにやら興奮した声を上げた。
「ここだ! ロザおばあちゃんが言ってた店!」
その言葉にロノアが見つめる建物を見ると、「甘味処クーラパン」と書いてある看板が掲げられていた。
ちなみに文字は、ここへの道中で困るだろうと、女神ポイントを使って読めるようにしてもらっている。聞き取りに関しては、来た時から皆が何を言ってるか理解できていたので、転送前にロノアがすでになんかしてたんだと思う。
ロノアが言った「ロザおばあちゃん」と言うのは、ザケタ村の御年六十四歳の鎌でオークをさくっと殺してたあのおばあちゃんだ。
話を聞くと、昔は冒険者をしていて魔物を狩りまくりながら世界中を飛び回り、最終的にザケタ村の旦那であるところのジルトじいさんに一目惚れして結婚し落ち着いたらしい。
そりゃ強い訳だ。この世界でそんな事を生業にしてた人間だ。たぶんあの年でザケタ村最強だと思う。
オーク四匹に囲まれた時も、なんかキンッって音がしたと思ったら周囲のオークの首が四匹同時にポーンてなってたもん。草刈り鎌で。
だけど、笑顔がチャーミングな優しい可愛いおばあちゃんで、ロノアがなんか懐いてたっけ。
「なるほど、ここ探してたのか」
「そうそう、ここに来るために朝から何も食べてなかったから、もうお腹ペコペコで死にそうだった」
そう言えば今日の朝に朝食を作ろうしたら「もう街に着くだろうし、私はいらない」なんて言ってたが、これが目当てだったのか。
……ん?
「ロノアさんや、聞いてもいいかね」
「なんだい、コウスケさん」
「この街に着いてから元気がなかったのって――」
「そうそう、もう街が見えたら安心したのか急激にお腹が減ってさ」
「ベルヘイドと帝国の戦争の話で落ち込んでたんじゃないの?」
「え? 戦争するの?」
「……」
つまり、あれか? 門で並んでるときの会話は。
『そのなんだ、(お腹減ってる中こんな行列だけど)そんな落ち込むなよ』
『ん? ああ、うん、わかってる(お腹空いたなー)』
『(食い物)どうするかは、とりあえず街に入ってから決めるか』
『そうだね。そうしよう(お腹空いたなー)』
こんな感じかな。九割九分九厘ぐらい合ってると思う。
「そりゃそうだよなぁぁぁぁ、ロノアだもんなぁぁぁぁ」
「な、なに突然、なんかわかんないけど馬鹿にされてる気がするんだけど!」
「そうだよ」
「そうなのかよ! やっぱりかよ! そんな事より店に入ろう。話はそれからよ!」
こうして俺たちは、なんか小洒落た店構えの甘味処クーラパンへ入るのだった。
……はぁ、なんか柄にもなく心配して損した気分だ。
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