始章 神を殺す英雄 第一話
頭上には、遠くに黒い影を落とす大きな入道雲を湛える、深く青い空が広がっている。
「はぁ、嫌だなぁ」
種付けの終わった綿花畑の畦道に座り溜息を吐く。
俺がアトリアータに来て二月が経っていた。
≪魂導冥炎≫と言う馬鹿みたいな威力の魔法を放ち意識を失った俺は、その後、五日ほど目を覚まさなかったそうだ。
ちなみに、ぼろぼろになっていた右腕はロノアが回復してくれたらしい。
カルロ村長一家は、目を覚まさない俺を本当に心配してくれていたのだろう、夜にご馳走を作るほどに無事に目を覚ましたことを喜んでくれた。
その喜び様を眺め、悪いことをしたなと深く反省したのだった。
それ以降、俺はロノアに愚痴る事も周りの環境に腐る事もなく、未だ小さな火を手の平に灯す魔法の訓練をしながら日々を過ごしていた。
「まだぐちぐち言ってるの? 往生際の悪い」
そう言って俺を呆れた目で見てくるのは、赤いキャップを後ろ前に被った金髪オーバーオールのロノアだ。
同じく畦道に座り込み、どこから引っこ抜いてきたのかエノコログサを持ち、フリフリと揺らしている。
「ロノアはそういうの平気な人? 冷たいんだな。女神辞めたら?」
「いちいち私の心を抉らないでくれる? しょうがないじゃない。もう仕事もないんだし、いつもまでもお世話になるわけにはいかないでしょ」
「……わかってるよ」
綿花の種付けが終わったザケタ村は、忙しかった時期を過ぎ穏やかな時間が流れるようになっていた。
たまにゴブリンとかオークの襲撃は来るが、さっくりと撃退している村人達は種付けが終わる前に比べれば、だいぶ怠惰に過ごしているようだった。
それは俺たちも同様だ。
「農業してたいなぁ」
「はいはい、アトリアータ救済計画が終わったら好きなだけやるといいわ。明日には立つからってお世話になった人に挨拶に行くんじゃないの?」
「そうだな。行くか」
そう言って重い腰を上げる。
いい所なんだよなここ。皆良い人だし、よそ者の俺達にも優しくしてくれて、魔物をばったばったとなぎ倒してる様は結構引くが、本当に良い人達だ。
目的を達成出来たら、必ずまた来よう。その頃には俺も魔物をばったばったと……、それはいいか。
この世界、アトリアータの管理者であるロノアの万年最下位という最高神様の評価を上げるべく来ている俺たちは、いつまでもこの村で過ごすわけにはいかない。
今後どうするかという話を先日ロノアと話し合い、種付けの終わった頃合を期に旅に出ようとその時結論を出し。そして、残念な事にその種付けが終わってしまったので、明日には村を後にする事になった。
目的地はここから北へ四日ほどのところにあるという、ヴァンヘンセンという街だ。
規模としては人口二万人ほどの商業都市で、この国ではかなりの大きさの街らしい。
ザケタ村で収穫される綿花も、そこで卸しているのだとか。
ザケタ村が属しているのは、ベルヘイド王国という王制の国で領土は小さいが大陸の中では中堅くらいの、強くもなく弱くもないといった国らしい。
しかし、隣国にガイブラーグ帝国というこの大陸でかなりの版図を持つ超大国がおり、同盟をしてはいるものの領土拡大の野心溢れる帝国に、いつまで領土を守っていられるかというかなり崖っぷちな国だと村長が話してくれた。
国の勢力図などには興味ないが、精々俺が居るうちは戦争にならないで欲しい。頑張れベルヘイド、頑張れ。
そして翌日、わんわんと泣いてロノアに抱き着いて離れないムルカちゃんをなんとか引きはがすという場面がありつつ、村長たちの「いつでも帰っておいで」と言う言葉に鼻の奥がツーンとなりながらザケタ村を後にした。
もちろん徒歩だ。
女神ポイントを消費する事により馬車などを呼び出すこともできると言ったロノアに、馬車一台でクッキー一年分というポイント消費を聞いた俺は、やんわりと強くその申し出を断り徒歩を選択した。
「そうだ、もうだいぶ村も離れたし、そろそろいいかしら」
「ん? 何? 二手に分かれる話?」
「そんな話した覚えないんだけど……」
「チッ……」
「舌打ちすんな! そうじゃなくて装備よ。これから何日も旅をするんだから、それなりの恰好した方がいいでしょ」
「ほう、装備か、……いいね」
現在俺は、アトリアータへ転送してもらった当時の村人Aな服装だ。
これと言ってこの服装に不満はないが、この世界はゴブリンさえもやたら強い。
言われてみれば確かに心細く感じる。
異世界、旅、と言えばそうだな、なんかそういうの着てみたい。
ちなみにロノアはキャップにオーバーオールを着てワンショルダーを背負った、近所に遊びに行く小学生男子って格好だ。まぁ、脳内が小学生男子だからな。
かっこいいって理由でバカスカ凶悪な魔物を世界に放つやつだし。悪魔みたいなやつだ。女神だけど。女神だよな?
「とりあえず、私がチョイスしておいたから着替えましょ」
「その装備大丈夫? 俺、ロノアが思ってる以上にロノアの事信用してないけど、信じていいの?」
「殴っていい?」
「おーけー、死にたくないから任せよう」
この女神、俺が気絶して目を覚まさなかった時に、村を突っ切ろうとした巨人ヘカトンケイルを殴り飛ばして村を守ったらしい。
それからムルカちゃんがめちゃくちゃロノアに懐いたらしく、そばかすが浮かぶその顔をあらん限りの笑顔で埋め「あたし、将来ロノアお姉ちゃんみたいになる!」って言ってた。
……可哀そうに。ムルカちゃんの将来が心配だ。
そんな訳で、ロノアに殴られたら死ぬ。たぶん俺は細かい肉片になる。
そんな事を思っていると、パチンとロノアが指を鳴らした。
「どう? 可愛いでしょ!」
そう言って、クルっとその場で回るロノア。
……うん、悔しいけど、確かに可愛い。
元々容姿が良く腰まである金髪も輝かんばかりに光沢を放ち、それこそ街を歩けば十人中十人が振り向いてもおかしくはないとは思う。お世辞と性格査定を抜きにして。
ザケタ村の若い衆も、ロノアを見たら真っ赤になって硬直したり、デレデレ顔になったり、真剣に拝んだりしてたし。
そんな彼女が今、頭には嫌らしくない程度に装飾のある髪留めに、上半身は青を基調とした軽装の鎧と言っていいのだろうか、胸部には銀に輝くプレートアマーマーを装着。下は膝上の白いプリーツスカートに足元は銀で可動部に軽く金色をあしらった腿までのレギンス。
そして腰に細めの剣、レイピアを佩いている。
あれだ、姫騎士っぽい。くそぉ可愛いじゃねーか。
「ふふふ、何も言わなくていいわ。その表情で分かったから」
「いや、可愛いよ。すごく可愛い、びっくりした」
「え? あ、ありがとう。な、何よ、急にらしくない事言わないでよ……」
「馬子にも衣装とはこの事か」
「はぁ!?」
そして俺は、これはローブだな。
日差しが厳しくなりつつある季節、先ほどの村人服でもやや暑さを感じていた。
それよりも厚ぼったい服装になったのに、逆に涼しく感じる。そういう効果でも付与されているんだろうか。
色合いは白と青基調、全体的な色合いに既視感がある。主に目の前に居る姫騎士と……絶対わざとだな。
そう思ってロノアを見れば、ニヤニヤと腹の立つ顔をしていた。
「ふふ、お揃いっぽいでしょ? 意外と似合うじゃない」
「ていうか、手のひらに小さな火しか灯せないのにこの魔術師風の恰好は、なかなか心に来るな。羞恥的な意味で。装備で嫌がらせとか女神としてどうなの? ロノアさん」
「いや、そんなつもりは全然ないんだけどね、なんかごめん。まぁ! 道中は私が護衛してあげるわ。私今、騎士だから!」
「コスプレ楽しい?」
「コスプレ言うな!」
そんなこんなで、なんだかんだと楽しく旅を開始した俺たちは、ヴァンヘンセンへ何事もなく辿り着く。いや何事かは色々あったんだけど。
途中で狼とか豚面とか猪とか熊とかでっかい虫とかに襲われたけど、全部姫騎士ロノアが薙ぎ払ってた。すごい笑顔で。楽しそうで何よりだと思った。
俺? やる事なかったから「やっちゃえセイバー!」とか言ったりしてた。
週に1~3回くらい更新出来たらいいかなぁ。
楽しんでもらえたならとても幸福です。
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ブクマしてくれた方、本当にありがとうそれだけでご飯三杯いけました。