始章 平和で過酷な世界 第三話
転送後は、どうやらザケタ村の近くで倒れていたらしい俺とロノア。たまたま近くで伐採作業をしていた村の男衆によって村へ運び込まれ保護されて今に至る。
転送後に気絶とか危なくね? 襲われたりしたらどうすんだ。俺だけ気絶とかならまだしも、目が覚めたの俺の方が早かったというオチまで付いてるし、ほんと大丈夫かこの女神。
その後、なぜこのザケタ村に一月も滞在しているかと言えば、駄女神の名を欲しいままにする(主に俺の中で)ロノアは、転送したはいいが食料もなし。いや、俺がしっかり持ってたクッキーはあったが。
路銀の用意もなし、転送先の地図もなし、それらを作り出すことが出来る女神ポイントももちろんなしの、ないない尽くしでどうしようもなかったから、畑仕事を手伝いつつ世話になる以外になかったのだ。
「コウスケが言ってたアトリアータ救済計画ってのは、こんなのんびり畑仕事してて良いものなのかしら。こないだ入った女神ポイントでお金も食料も用意できるって言ったわよね? なのにそれから五日、なんの変わりもなく楽しそうに畑仕事してる訳だけど」
「……そうだな、農業と言うのは人が生きていく上で必要なものだ。こうして人の生を支える仕事をする事――」
「綿花は別に、生きていく上で必要なものじゃないと思うわ」
「……さて、カルロ村長が昼飯を持ってきてる。待たせるのも悪いし休憩しようぜ」
「むぅ、後でちゃんと話し合うからね」
実際問題、今の俺は農業が楽しくてなんも考えてなかった。
ロノアには、こっちに来て数日経った頃聞かれたので「アトリアータ救済の計画はある」と言ってある、細かい話はしていないが。
でも、……もういいんじゃないかなぁ、このままザケタ村の村人Aでも。農業楽しいよ。
だって、ここ一月の間ザケタ村で過ごした感想だが、ちょっとこの女神頭おかしいんじゃないかな?って事がいくつかあった。
それはロノア自体がと言う事じゃなく、いや、ロノアなんだが、ロノアが調整したのであろうこの世界がだ。
まず、村人やばい。何がやばいって強い、すごく強い。
十日前に、この村にオークとかいう豚面の魔物の集団が襲ってきたことがあった。数にして三十匹くらい。
ラノベやアニメ、薄い本での知識で言えば、この後村が蹂躙されて若い娘は攫われて苗床ENDってやつだ。
ところがここの村人、さっくりオーク撃退した。村長の息子であるところのダッドさんが「たまにある事だわ、ワハハハ」とか言ってた。
村人二十人対オーク三十匹、勝者村人!
しかも、別に村人総出じゃない、この村人口一五〇人ほどらしいからもう片手間でオークの群れ倒してる感じ。
六〇歳くらいのばあちゃんが、草刈り鎌でオークの喉切り裂いてるの見て引いた。普通に引いたよ。
俺? 近くの畑を耕してたよ。戦闘に参加もしてない。流石に手を止めて見てたけど。
あと、魔物やばい。オークが村人にフルボッコされた話の後に言うのもなんだが、やばい。
ちょくちょく村の上空をドラゴンぽい何かが飛んでたり、かなり離れたところになんか山みたいにデカい四足獣がノッソノッソ歩いてたり、夜に地震か!って飛び起きて家の外に出て見れば、高層ビルくらいでかい巨人が歩いてたり。
村長に聞いたら「ありゃヘカトンケイルっつー巨人じゃなー、一年前に村の東が潰されたことあるわい、ガハハハ」とか言ってた。あと、ロノアはぐっすり寝てた。
そして俺は、未だ手のひらに小さな火が出せる程度の魔法と、一日畑仕事しても疲れない程度の体力があるくらい。それでこの世界救済てねぇ……こんなんどうしろと。
そんなこんなの日常に、俺が当初考えていたアトリアータ救済計画は、音を立てて崩れていくのは当たり前と言うか必然と言うか。畑仕事楽しいし。
「さて、そろそろコウスケが考えてる『アトリアータ救済計画』の内容を聞かせてもらいたいんだけど」
夕食後、村長宅の俺たちの為にと用意してくれた部屋での、金髪寝巻姿のロノアの一言である。
使ってないからと空いていた部屋を片付け、その日のうちにベッドまで作ってくれた、なかなかに快適な部屋だ。
藁を敷き詰めた、異世界モノによくあるベッドだと思っていたのだが、特産品が綿花のおかげなのか綿がぎっしりと詰まった大変寝心地の良いものだった。
明日も畑仕事あるから早く寝たいんだけどなーと思いつつも、これ以上誤魔化してもしょうがないという事で話をすることにした。
「うん、その前にさ、ロノアに言いたいことがあるんだが」
「なに?」
「ロノアってさ、思った以上に馬鹿でしょ」
「はぁ!? どういう意味よ!」
「どういうって、言葉そのままなんだけど。いや、俺も悪いと思ってるよ? 安請け合いしちゃったなーって思ってる。でも、いや、これはないわ。さすがに予想の斜め上すぎて対処できないわ」
「対処できない?」
「うん、百歩譲って村人の強さはいいよ。ギリギリ予想の範疇としよう。オーク蹂躙するのは良いよ、逞しいなって事で」
「ふふん、そうでしょそうでしょ」
馬鹿と言われたのをもう忘れたのか、嬉しそうにどや顔してるロノアにちょっとイラっとする。
「でも、あれはないわ。まず、あのドラゴンね。すげー飛んでんじゃん。一日五回くらい上空通り過ぎてるの見たことあるよ。何匹居るんだよ。ドラゴンて希少だったり、なんか山で数百年じっとしてますみたいなのじゃないの? 何あれ、野良猫より良く見かけるんだけど」
「え? ああ、ドラゴンは最高神様がペットで飼っててさ、かっこいいなーって思ってそれで」
「……うん、あとね。あの遠くでたまに通る四足のデカいやつ何? あれも数日に一回レベルで見るんだけど、距離がだいぶ離れてるからあれだけど、あいつ東にある山よりでかくね?」
「ああ、あれはベヒーモス。第一門のアテルエナにも居るみたいで、そこの女神のディアナちゃんが見せてくれたことがあってさ、かっこいいなーって思ってそれで」
「…………うん、それとあれね。巨人、ヘカトンケイルだっけ? あの頭が雲の上にでるやつ。なんであんなの居るの? 何用? 観賞用? それとも実は世界滅亡を望んでるの?」
「あはは、何言ってるの? 自分の世界滅ぼすわけないじゃない。あれは第九門ノーヴェルトのミネルヴァが自慢してきたからさ、かっこいいなーと思ってそれで」
「お前は小学生男子かっ! かっこいいからって理由だけであんな凶悪な魔物ほいほい設定したわけ? 馬鹿なの? アホなの? いや馬鹿だよね?」
俺のその言葉にロノアは、湯沸かし器のごとく顔を真っ赤にして怒り出した。
想像を絶したアトリアータの環境にドン引きです。もう殴りてぇ、軽い感じで助力お願いしてきた、この頭空っぽ女神殴りてぇ。
「馬鹿馬鹿言い過ぎでしょ! 私そんな馬鹿じゃないわよ! と言うか何が言いたいの? 私を馬鹿にしたいだけなの?」
「うん、そう、そうだけど、そうじゃなくてだな。殴っていい?」
「いやよ!」
「いやか、じゃあしょうがない。だいたいだな、俺弱くね? この世界で一番弱いんじゃないか? ロノアが強化してくれたのにも関わらず。こないださ、ダッドさんの娘居るだろ? ムルカちゃん(八)。あの子森から出てきたゴブリンに≪火炎弾≫! とか言ってなんかデカい火の玉ぶつけて一瞬でゴブリン灰にしてたんだけど。俺、見てほら、手のひらに灯る小さな火、明るいね! って馬鹿!」
そう言って俺は手のひらの火を床に叩きつける。
それは木の床に少しの焦げ跡も残さず消え失せる。
「ええっと、魔法は徐々に慣らしていかないと体に負担が大きいから。その、ね?」
「八歳の子がゴブリン灰にするほどの魔法が使えるのに、二〇歳の俺は周囲一メートルほどを照らす火しか出せないとかさ。じゃあ何年掛かるのよ、あの≪火炎弾≫ってやつ使えるようになるの」
「うーん、ごめん、わかんない」
そうだろうな。わかってたら感情隠すの下手くそなロノアなら嬉しそうに言いそうだし。魔法の訓練してるときに、ちょっと冷や汗を流して困った顔をしてるのわかってるし。
つまり魔法の才能がないって事だろう。
「はぁ、つまりそういう事だよ」
「そういう事?」
「この世界で最弱っぽい俺に、ロノアとの約束果たせるとは思えないって事。たぶんゴブリンにも負けるぜ俺」
「いや、それはないよ」
慰めなのか、真剣な表情で手をふりふりしながらロノアはそんな事を言う。
でもだ、先ほど話していたゴブリンだが俺の知ってるゴブリンとはだいぶ違う、子供ほどの大きさと力に凶悪な顔の小狡い魔物ではなく。アトリアータのゴブリンは、大人程の大きさで結構頑丈な柵を軽く蹴り倒してた。
それが、ホブゴブリンとかいう上位種とかじゃなくて普通のゴブリンらしい。それでも魔物の中で最弱の類だってダッドさんが言ってた。
つまり、あんな俺からすれば手も足も出なそうな魔物さえもこの世界では最弱で、村人なら片手間に処理する程度の魔物なのだ。てか、子供が魔法で焼き殺して灰にしてたしな。ムルカちゃん(八)怖い。
俺と言えば、魔法もてんでダメで、未だ剣すら握ったことがない。この世界で握ったものと言えば鍬と鋤くらいなものだ。
「いや、あるだろ。てことでさ、期待させといて申し訳ないけど、女神ポイントまだ使ってないし俺以外の有能なやつスカウトしに戻った方が――」
「ああ、そういうことか、わかった。ちょっと来て!」
「おい……」
突然ロノアが真剣な表情で俺の手を取り、足早に村長宅を出て村から少し離れた平原まで無言のまま引っ張ってこられた。
俺はその引かれた手を何故か振り払うことも抵抗する事もできず、されるがままになってた。
「いい加減なんだよ。こんな所まできて、魔物がでたら――」
「なんでコウスケがそんなこと言うのか分かったから、自分が本当に弱いと思ってるって事でしょ?」
「思ってると言うか、事実だからな」
「はぁ、ほんとうは徐々に慣らさないといけないんだけどしょうがない。ちょっと片手を開いて前に突き出して」
「え? いや、なんでよ」
「いいから!」
いつもと違うロノアの剣幕に押され、言われた通りに右手を開き前に出す。
「予め言っておくけど、たぶん【魔力障害】で数日目を覚まさなくなると思う。でも、必要な事だと思うからやってもらう」
「は? どういう――」
「今は私の事を信じてちょうだい。あなたの中で眠っている力の一端を見せてあげる。これから詠む詠唱を真似て。良い? まずは深く集中、マナを手のひらへ。さっき一時的に封印も解除した」
今の言葉の中に色々と聞きたいことはあるが、ロノアの真剣な表情の前に黙り込んでしまう。
俺は大人しく、ロノアに言われるがままに手のひらへマナを送り込む。
すると、いつもはちょっと手のひらが暖かいな程度に感じるマナが、爆発しそうなほどに手のひらに流れ込み、指先、爪の間から血が噴き出る。
「ッ……」
そればかりか腕の血管も裂けているのか、だんだんと血に染まっていく。
それに合わせ無意識に、ガタガタと右腕が震えだし、痛みが腕全体に広がっていく。
「それがコウスケの本来のマナ、頑張って抑え込んで」
ロノアのその言葉に、俺は突き出した右腕を慌てて左手で掴む。
そうしなければ今にも右腕が弾け飛んでしまいそうだったからだ。
「手のひらに集まったマナを形にしていく……イメージは太陽の炎、でも、黒く黒くどこまでも黒い総てを焼き消す極炎」
俺は目を閉じ、右腕に走る痛みを我慢しながらロノアの言うとおりにイメージする。
写真や動画でみた太陽から噴きあがる灼熱の炎、それを黒く黒く染めていく。
それと同時に、掲げた手のひらから更に激しい痛みが生じる。
「ぐぅ……」
「もう少し頑張って、詠唱行くよ」
【冥界の標たる絶火の王よ 我は捧げる 身を焦がす焦熱の奏 ≪魂導冥炎≫】
そして、詠唱を唱え終わった瞬間に手のひらから噴き出された大量のマナは、眼前に広がる平原へと解き放たれイメージを形作る。
目を開いた俺の眼前には、広大な平原を舐め回すように黒い炎が吹き荒れていた。
叩きつける熱風はロノアが展開したのだろう、虹色に光る半透明な壁により遮られているが、それでもチリチリと肌を焼く。
想像を絶するその魔法は、月夜の光を食い荒らすように深い闇を燃え上がらせていた。
「……」
「これが、あなたの力よ」
そのロノアの短い言葉が終ると同時に、俺の意識は深い闇に落ちていった。
週に1~3回くらい更新出来たらいいかなぁ。
楽しんでもらえたならとても幸福です。
お気に入りとかしてくれたら、めちゃくちゃ滾ります。
あと、なんか第1部とか2部とかの設定がよくわからないので、わかり次第ちゃんと区切ります。