始章 平和で過酷な世界 第二話
「結論から言うわ。できない!」
通帳の様なものをペラペラしていたロノアはそれを閉じると、こちらへ勢いよく振り向くとその勢いをそのままに元気よく叫ぶ。
この女神、なんで楽しそうなんだ。
まぁ、どうでもいいか。
「そうですか、じゃ、紅茶とクッキーごちそうさまでした。残ったクッキー貰っていっていい? ダメって言われても貰ってくけど迷惑料的なあれで」
ささっと残ったクッキーをポケットに入れ席を立つと、駄女神が身を乗り出して袖を掴んできた。
なんだ、クッキーは返さんぞ。
「ちょっとまって! クッキー全部あげるからもうちょっとだけ話聞いて、なんなら追加であげるから」
「追加で? ……なに?」
「そんなにクッキー気に入ったのね。よかったわ」
追加でこのクッキーが貰えるなら、あとちょっとくらいは話を聞いてやってもいいかなという事で、また席に戻りポケットからクッキーを取り出し齧る。うまい。
「あなたの言う最強がどこまでかは分からないけど、ある程度の強化はできる。でも、女神ポイントが、その、そんなにないのよ。私、最下位だし、基本女神ポイントが少ないから……」
「あの悪趣味な門返してポイントに戻せないのか?」
「悪趣味いうな! いや、そういうのは出来ない、支給の女神ポイントも昨日入ったばかりだし……なんとかある程度の強化で駄目かしら? クッキーならいくらでも出すから」
「じゃ、女神ポイントが貯まるまで待つとか? ご飯とクッキーくらいは出してくれるだろ?」
「そうしたいのは山々だけど、それも無理ね。あなたはこの天界に居られる時間が限られてるもの。猶予は1日ってところだから」
なるほど、……んー、今は強くできないし、貯まるもの待てない。
なら、話聞くと色々やばそうだけど、転移した後にしてもらうとかか?
「女神ポイントって、給料みたいなものって事は、もちろん定期的に入るんだよね?」
「え? ええ、そうよ。あなたの感覚で言うと三十日毎に入るわ」
「それならそのポイントが入るたびに、俺になんか強化してくれればいいよ。それまで俺が生き残れればだけど」
「それも無理なのよ。一度地上へ送り出した者たちに、こちらから干渉することが出来ないの、それは人も動物も無機物も同様に」
「そっか、じゃ、追加のクッキーちょうだい」
「……わかったわ。私も覚悟を決めるわ」
「そっか、じゃ、追加のクッキーちょうだい」
「ちょっと! 今のは私の決意の言葉に疑問なり驚くなりするところじゃないの!? めんどくさそうな顔しないで! ちょっと待ってて! すぐ戻るから」
「クッキーちょ――」
「はいはい! これでいいでしょ! 待っててよ! 絶対待っててよ!」
ロノアはそう言うとパチンと指を鳴らしクッキーを皿の上に山盛りに出し、席を立ち足早に本棚の扉の奥へと消えていく。
しょうがないなと思いつつ、カップにポットから紅茶をつぎ足しクッキーを齧る。
うまい。
そして今更だが、なんとなくこのクッキーを以前も食べたことがある気がする。
懐かしい味と香り。だけど、いくら記憶をたどってもいつ食べたのか思い出せない。
どこで食ったんだろうな、と思考を巡らせているとガチャリと本棚の扉が開いた。
そこには大きなトランクを引きずり、麦わら帽子を被った金髪ワンピースが居た。
「私も行くわ」
「いってらっしゃい」
「うん、あとよろしく! って違う!」
「……どこに?」
「嫌そうに聞かないでよ! アトリアータに決まってるでしょ。ちょっと反則技だけど、私も地上に行けば力の行使が出来る。以前ちょっとやらかした時に実験はしてあるから大丈夫」
「……もしかして、ずっと付いてくるつもり?」
「だからなんで嫌そうなのよ! こんな美少女が一緒に行くとか嬉しいでしょ普通! これでも容姿には自信があるつもりなのだけど! プロポーションも性格も……ちょっとなんで更に嫌そうな顔になるのよ」
「自分で美少女とか言っちゃう人はちょっとなぁ。あ、自分で美少女とか言っちゃう神はちょっとなぁ」
「いちいち言い直さなくていいわよ。それに事実じゃない」
「……あ! でも、ここを留守にするのはまずいんじゃないか? 無理しなくていいよ? ほんと。ポイント入ったらその都度、転送?転移?とかすればいいじゃん。な? それが良い」
「なんでちょっと必死っぽいのよ……。その点は大丈夫よ、この子が居るから」
そう言って指さした先、ロノアの足元には、なんか白くてふわふわした三〇センチくらいの生き物?が居た。
「なにその、白い綿毛の塊みたいな生き物」
「私のファミリアよ。使い魔とか眷属って言った方がわかるかしら。それに、転送に使うポイントって結構掛かるのよ。それに毎回使うくらいなら一緒に行った方が効率がいいわ」
「そうなんだ。……はぁ」
もうあれだ、このどうにもポンコツ感漂う女神ロノアが付いてくるという事態が、トラブルを引き起こす匂いしかしない。
だって、この短い間の会話だけでも、ぷんぷん臭うくらいトラブルメーカースキル+99って感じだし。
「その諦めたような溜息やめて! 私でも結構傷つくからね? まったく、じゃ、とりあえず今できる強化をしましょ」
ロノアはそう言って座ったままの俺の背後へ立つと、頭へ手を乗せる。
「なんか準備とか魔法陣みたいなのとかいらないのか?」
「大丈夫よ。そんな畏まったものじゃないから、ちょっとじっとしててくれればいいわ。とりあえず肉体強化と魔術回路の開放かしら」
そして、ぶつぶつ何か言いながらロノアの強化が始まった。
こっちの感覚としては頭がほわほわ暖かいな、という程度のもので何をしているのかはさっぱりわからない。
「あれ? 肉体強化が弾かれる? ん? 補助系は……いけるか」
「魔術回路は…… ガイア人なのに…… なにこれ、えい!」
「んん? あ、やば、でもこれって……ふふふ、ふふふふふ、ふふふふふふふふ」
怖い。てか怖い。
ほんとに大丈夫なんだろうか、いまいちこの女神は信用ならないからな。殺人兵器作る種族だし。
そんなこんなで三十分くらい経った頃だろうか、ロノアが頭から手をどかした。
「今できるのはこんなところかしら、単純な肉体強化はなぜかできなかったけど上乗せは出来てる。あと魔術回路の開放とマナの循環……これは魔法を使えるように体に負担にならない程度に稼働させたわ。あとは精神的ダメージの軽減などなど。これはガイアとは違うアトリアータの環境への適応を高めた感じね」
「ふんふん、もう魔法使えるのか? 火とか水とか出せたりする? 回復とかできたりしちゃう?」
「なんか魔法への喰いつきすごいわね。残念ながらまだ無理よ。それも私がアトリアータへ行ってから徐々に使えるようにしてあげるわ」
残念だ。早く魔法使いたい。
ここにきてやっと異世界へ行く事に対してテンションが上がってきたような気がする。
……この女神、なんか精神汚染とかしてないだろうな。してないよな?
「これで準備完了か?」
「そうね、今出来る限りの事はしたわ。残り女神ポイント101、転送に使うポイントが100だから限界までつぎ込んだわ。もう後戻りできない。今日から霞食って生活するわ」
「霞食えるのか、便利な体だな」
「言葉の綾よ! あと労えよ! 結構頑張ってる! 私、結構頑張ってコウスケの要望に応えてる! ちくちょう、あんなてきとーに言った一言でこんな事になるなんて思ってなかった」
それは俺のせいじゃない。十対〇で駄女神であるところのロノアが悪いとしか言いようがない。
そもそも、ちゃんと世界を管理できていればこんな事になってない訳だし。
「だから心の声漏れてる。全部言ってる。はぁ、まぁ良いわ、あなたが『英雄の資質』を持っているのは確認できたし……それに」
「それに?」
「なんでもない、こっちの話。じゃあ心の準備はいいかしら」
「あ、まって、頼むからこの服だけでも普通にしてくれ。靴もないし」
「え? ああ、靴に……確かにその服装はちょっと目立ちすぎるわね。私、男物の服なんて持ってないわよ。……まぁ良いわ大した服は用意できないけど、なにせ1ポイントしか使えないし――はい」
ロノアがそう言って指をパチンと鳴らすと、なんの感覚もなく一瞬で服装が変わった。
さっきもやってたけどその指ぱっちん、なんか魔法使いっぽくていいな。女神だけど。女神だよな?
服装は……うん、地味だな。村人Aって感じだ。
でも、高校の制服で異世界行くよりはらしいだろう。
「じゃ、もう何言ってもポイントないから何もできないし、行くわよ」
俺はその言葉に、皿に引いてあった布毎クッキーを丸め取る。
「おう、ばっちこい」
「ばっち? ほんとそのクッキー好きなのね。 ……じゃ、≪転送≫」
ロノアのその声に、突然目の前が暗転したかと思うと俺は意識を手放した。
しかし転送後、実際にアトリアータを見た俺は、自分の目論見の甘さに打ちひしがれることになる。
週に1~3回くらい更新出来たらいいかなぁ。
楽しんでもらえたなら幸い。
お気に入りとかしてくれたら、いっぱい滾ります。