始章 平和で過酷な世界 第一話
頭上にはやや雲が流れる、清々しく気持ちの良い空が広がっている。
畑の畦道から、顔に年を重ねた分だけの深い皺を湛えた男が声を上げている。
その男の名はカルロ。ザケタ村の村長を務めている男だ。
「おーい、コウスケーそろそろ休憩しろやー」
異世界、女神ロノアに言われるがままにアトリアータへ来てからすでに一月以上が経っていた。
現在はザケタという名のこの村で拾われ、村長であるカルロ夫妻の家で畑仕事などを手伝いながら世話になっている。
もうすぐ夏になるというこの季節、今は綿花の種付け準備をしているところだ。
朝から畑に出て、鍬を片手に耕していたところである。
カルロ村長がカゴを下げて声を掛けてきたという事は、もうお昼になるという事だろう。
この世界に来て初めて畑仕事をしてみたが、これが思った以上に楽しい。
畑を耕し、汗を流し、そして質素だが丁寧に作られた食事を頂くことがこんなにも素晴らしい事だとは、俺の天職なのではなかろうか。
「ハハハ。ってなんだよさっきからガシガシと! うっとおしい!」
「……コウスケあんた、畑仕事楽しいなーとか思ってんじゃないでしょうね」
「……」
さっきから俺の足を小足連打の如く蹴ってくる相手に振り向く。
そこには、この世界アトリアータの管理者である、金髪麦わらオーバーオールの女神ロノアが居た。
話は一月と少し前、アトリアータに来る直前へ遡る。
ロノアの管理する第三門アトリアータへの勧誘を受け、異世界転移の条件として彼女に俺が頼んだのは『能力』の付与。
異世界と言えばそれだろう。俺だって現代っ子で数々のアニメラノベを見てきた普通の男子であるわけで、そこは抜かりない。
魔法や剣など武器の必殺技など、ここぞとばかりにくれくれしてみた。なんでもするって言ってたし、遠慮なんぞしない。
「確かに、第三門アトリアータではそういった魔法や技術はあるわ。でも……、魔法ねぇ」
「ダメなのか? なんでもって言ったのに? 女神って嘘つくの? 約束守れないとか人として、いや、神としてどうなの? だから万年最下位なんじゃないのか?」
「エグい! 攻め方がエグい、心に来る! そうじゃなくて、これは第三門アトリアータ以外でもそうなのだけれど、個として強すぎる人類は全としての能力に劣るのよ」
「ん? どういうこと?」
俺のその言葉にロノアは少し考えるように指を唇に当て宙を眺め、軽くうなずくと俺に向き直り軽く溜息を吐きながら説明を始める。
「あなたが居たガイアが、その最もたる世界でね。たぶんアトリアータの一般人とあなたの世界の何かの戦士が一対一で戦ったとしたら、恐らくうちの一般人が勝つわ」
「え? 何それ怖い」
「でもね、アトリアータ対ガイアという戦いになったらきっと負ける、恐らく惨敗するわ」
「魔法や必殺技があるのに?」
「そう、個としての最強の人類は恐らくうちのアトリアータか、第九門ノーヴェルト当たりじゃないかしら。でも、全の最強はあなたの居たガイア、次いで 第八門ユイルビアかな」
「よくわからないな」
「アトリアータはあなたの居たガイアに比べて随分と文化レベルが低いのよ。それは、個の力が強すぎて協調性がないせい。そして、個としては脆弱なガイアとユイルビアはそれを補うために協調性が高く、アトリアータに比べて数百年以上発展した文化レベルに達している」
なるほど、ある程度理解した。
自分が生活していた世界ゆえにそれほどガイア、つまり地球の人類が協調性があるように見える訳じゃない。
大小あれど未だに戦争は至る所で起きているし、民族同士、それこそ同族でさえ身分や宗教、習慣により差別があり争いがある。
それでも他の世界から見れば纏まっているのだろう。
まてよ? てことは……。
「なぁ、聞いていいか?」
「なに?」
「地球、いや、ガイアでも戦争や差別による争いってのは腐るほどあるんだが、アトリアータはそれ以上って事か? 文化が発展しないレベルでって事は相当だよな」
「そうね、戦争も差別もあなたの想像以上にあるかもしれないわね」
なんか行くのが嫌になってきたな。
割と平和な日本で育ってきた俺が、そんな世界で生活できるんだろうか、正直自信ないぞ。
ロノアの言う『英雄の資質』とやらがどういったものかわからないが、そんな世界で通用するものなのか甚だ疑問だ。
「でも……」
「ん?」
「文化が発展しないのはそれだけじゃなくて、人類以外にも問題が……」
「は? 人類以外?」
「その、なんて言うか、私がアトリアータの管理を任されたときにね。ちょっとね、テンション上がってというか勢いというか、色々強くしちゃったのよね。人類以外も……、魔物とか……」
最後の方は、もう小さくて聞き取るのが難しいレベルで尻すぼみしていったロノアの言葉を深呼吸して反芻する。
うん、これはあれだこいつダメなやつだ。駄女神ってやつだ。
料理本のレシピ通り作ればいいのに「きっとこうすればもっと美味しくなるんじゃね?」って常人では凡そ考えもしない食材と調味料を調合した果てに、殺人兵器作る種族の香りがする。
人類が強いってのは些細な事で、それ以外の脅威が問題だと思う、絶対そうだと思う。
だからはっきり教えてあげよう、こういうのは本人は気がつかないものなのだ。
「馬鹿なの?」
「ば、馬鹿ってなによ! だから人類側もそれなりに強くしたんだけど、そしたらなんかもうまとまりなくなって国同士はいつまでも戦争してるし、『英雄の資質』持ちもなんか我が強くて役に立たないヤツばっかりだし、色々試したんだけどもうどうにもならなくて、最初からやり直しくらいしか手がなくなって。でも、それするには膨大な女神ポイントが必要でそんなん万年最下位の私が捻出することが出来る訳もなく。だからうち以外の特に能力の高いガイアの『英雄の資質』持ちであるあなたに何とかしてほしいという――」
もうすごい早口で、なんかまくし立てて色々叫びだした金髪メイド改め駄女神ロノアを他所に思考を巡らせる。
これまでの話を纏めて、ロノアの希望を叶える方法を考えると、あれしか無いんじゃないかというのが一つだけ思い当たる。
他にもあるかもしれないが、俺にはそれがすっと思いついた。
ただ、それを叶えるためには色々クリアしないといけない事がある。
それを確認するためと、これまでの会話の中の疑問を解消するために、いつまでも終わらない駄女神の早口トークを遮る。
「だから、そういう力ではなくて、ガイア的な? 先進世界的な? のをあなたに期待しているから強くとかそういうのじゃなくて――」
「そうだね大変だったね。それでさ――」
「おい! ちょっとくらい話きいてよ! もうちょっと親身になってくれていいと思うの!」
「うんうん、女神ポイントってなに?」
「聞く気なしか! もういいわ! ――女神ポイント? うーん、あなたにわかるように簡単に言うと、私が色々な事に使える最高神様から頂ける給料みたいなものよ」
「給料……例えばどんな事に使える?」
「この紅茶の葉もクッキーも女神ポイントで作ってるわ。さっきもちょろっと言ったけど外の門の装飾とかもそうよ」
「ああ、あの趣味悪いのもか、完全に無駄使いだな」
「ちょっ! 金よ! ゴールド! 最強可愛い女神の私に相応しいじゃない!」
「うん、そうだね。さっき俺がお願いした『能力』付与とかもそれで出来るの?」
「てきとーか! そうよ、一応できるわ」
なるほど、これで半分はクリアか。
つまり、その女神ポイントとかいう安直ネーミングのそれで、所謂『神の奇跡』的なことが出来る訳だ。紅茶もクッキーもおいしいから素晴らしい力だ。
「じゃ、アトリアータ基準で俺を最強にしてくれって言ったら出来る?」
「え? 最強? う、うーん、ちょっと待って」
そう言うとロノアは、懐から通帳の様なものを取り出しペラペラ捲り始める。
その通帳を眺めながら、指折り何か数えながら唸ったり首を傾げたりしている駄女神を眺めながら、紅茶を啜りクッキーを齧る。クッキーおいしい。
短すぎたので1~3話分を1話に纏めなおしました。
週に1~3回くらい更新出来たらいいな。
楽しんでもらえたなら幸い。
お気に入りとかしてくれたら、滾ります。