守章 討伐・冒険者所属試験 第四話
うわぁ、見てください奥さん。
あの超ドヤ顔でこちらに来る若い娘さん。ご存じ? あれでも女神なんですよ。ほら、よく見てください。口元、むにむにしてるでしょ?
あれ、もう嬉しくて嬉しくてしょうがないんですよ。
俺が「怪我させないで勝てるの? どうせ、出来ないでしょ?」って、まぁ、わざと? 煽る感じでね。やらせたんですよ。
で、彼女が「できらい!」って感じでね。まぁ、負けず嫌いな子ですからね。思惑通りですわ。
たぶんね奥さん。あの子、ここまで戻ってきたら「ふふん、何か言う事あるかしら?」とか言うんですよ。あのウザ顔で。
だからね、俺は先制攻撃でこう言うんですよ。
「流石だな」
俺はそう言って、感心したようにロノアの頭を撫でる。
「え? ……あ、うん、あり、がと?」
完璧なロノア操縦術。
褒められ慣れてないロノアは、褒められると戸惑うので、こうすればあのウザ顔をいつまでも見なくて済む。
油断すると、さっきのウザ顔思い出して頭引っ叩きたくなるけど、グッと我慢する。
ロノアの圧倒的な試験結果は、練習場に居た冒険者達を沈黙させた。
試験前は多少のざわつきと、ロノアの容姿故のちょっとした見世物的雰囲気があり、応援に軽い嘲笑、野次も含まれていた。
それが、今はない。
喋る声もこそこそと静かで、こちらに向ける目も信じられないものを見るような、そんな顔になっている。
そこからいち早く立ち直ったのは、当人であるトーラスだ。
今は何名かの冒険者に声を掛け、練習場に丸太を積み上げている。
あの剣、高そうだけど大丈夫かなぁ。弁償しろとか言われないかなぁ。
そうなったら腹ペコ怪獣ロノアを解き放って街を去るか。腹ペコ怪獣ロノアってなんだよ。
「んじゃ、次はコウスケの番ね」
「ああ、やっとだよ。はぁ、早く終わりたい。もう、腕とか脚とか無事なうちに、はよ終わりたい」
「大丈夫でしょ。訓練のお陰で、普通にしてる分には問題なしよ」
「でもなぁ、昨日の感じだと、まだまだ制御できてないってわかったからな。慎重にならざるを得ない」
「うんうん、また指がぽーん! ってなっても困るしね」
「……ほんとに。あれちょー痛かった。思い出したくない」
昨日の晩に、とりあえず試験は通りたいって事で。俺はロノアの監視の下、街の外で「これくらいなら合格するだろ!」ってくらいの魔力放出の制御訓練をした。
詠唱魔法ではなく、軽いイメージをマナに乗せて、ただ放出するだけのものだ。
そんな練習をしているときに、制御に失敗して人差し指が吹き飛んだ。
ロノアの言った、ぽーん! ってのは揶揄じゃなく、まんまその通りの事が起きた。
まじでちょー痛かった。
あと、それ見て「その指だけ飛ばすって、器用な事するのね!」とか言って、ゲラゲラ笑ってたロノアは許さん。
そんな訳で、今はロノアが施していた魔力炉の封印を解いている。
あー、怖い。
まぁ、実際マナを集めて放出しようとしなければ、特段何か負担を感じることはない。
昨日の練習中、「大丈夫大丈夫、失敗して死んじゃったら、ちゃんと生き返らせてあげるって約束してあげるから! ポイント貯まるの百年くらい掛かると思うけど!」とかロノアさん楽しそうに言ってたけどね。
生き返れば良いとかそういう問題じゃないからね。あと百年てなんだよ。
「コウスケ! 準備できたぞ」
「そんじゃ、いってくる」
「いってらっしゃーい」
声を掛けられ見れば、丸太はキャンプファイヤー用の木組みのように五段ほどに積まれていた。
そして、その木組みから十メートルくらいの距離で対峙してみたものの、よくよく考えて見れば、昨日練習した魔力放出だとこの距離はやばそうだ。
なので、そこからさらに五歩下がる。うーん、これくらいなら平気かな?
あとは……。
「あー、組合長」
「ん? なんだ」
「その距離は、危ないと思う」
「なに!?」
トーラスと見学に来た冒険者たちは、木組みを中心に俺と反対側を囲むように待機している。
その距離が、俺が最初に対峙した十メートル程度の距離しかないため、危ないと思い声を掛ける。
俺自身が力をうまく制御できればいいんだが、細かい匙加減がまだ全然出来ない。
だから、逆に威力がでずに全く危険がない可能性もある。
そうなったら俺が恥をかくだけで済むが、逆の場合は、想像するだけで食欲がなくなりそうな光景が浮かぶ。
俺は、リスクを最小限に抑える男なのだ。
注意一秒、怪我一生だ。
いや、怪我させたら流石にロノアに治してもらうけど。怪我だけで済めばね。
俺が声を掛けると、トーラス以下冒険者たちは、ぞろぞろと俺の後ろ側へ移動してくれた。
おい、そこ、ロノアの近くを陣取るために静かに喧嘩するんじゃない。
あと、大丈夫だから、近づいてもそこのちんちくりんは暴れたりしない。だから、ロノアを中心にちっさい半円作るな。
ちくしょう、こいつら俺の集中力を乱しやがる。冒険者たちの、「ロノアに近づきたいけど、ちょっと怖い」という葛藤が垣間見えて面白くてやばい。
頑張れ俺、魔力に集中しないとまた指が飛ぶぞ。
そして、全員の移動が終わり。ロノア近くの、アリーナ席争奪戦も落ち着いた。
それを確認し、俺は強く息を吐くと右手を木組みへ向け、目を瞑る。
ゆっくりとゆっくりと魔力を手のひらへ、ゆっくりゆっくり。
そして、集まってきた魔力を手のひらの中心へ向けて圧縮していく。慎重に、包む様に、呼吸も深く、一定に。
このくらいか? いや、まだ余裕はある。もう少し、集中して、ゆっくり流し込んで、少しずつ圧縮していく。
すると指の付け根部分に、内側からググっと押されるような感覚がでてきた。
よし、いい感じだ。あとは放出する。ゆっくりと圧縮したまま、出す!
ポンッ! と小さく弾けるような音が鳴った。
その音と同時に、俺の手のひらから卓球玉くらいの白く透明に輝く魔力玉が、木組みに向かって飛んでいく。
ふよふよふよふよと、人の歩く速さ程度のゆっくりした速度だ。
それを確認した俺は、手を下げて後ろのロノアを見た。
目が合ったロノアは、俺に向かってぐいっと親指を立てる。
どうやらうまくいったようだ。
ロノアのオッケーサインを貰った俺は頷き、木組みへ向き直る。
魔力玉はふよふよとまだ飛んでおり、木組みまで五メートルと言ったところだ。
とりあえず指が無事だったことに、ほっと溜息を吐く。
すると後ろから微かに、鼻で笑うようなそんな音が聞こえる。
まぁ、それはしょうがない。さっきロノアがあんなの見せた後だしな。
それにロノアが言っていたが、ただ魔力を放出するというのは、アトリアータでは子供が魔法の練習をするときにやっている事のようだ。
単純に詠唱した魔法の方が、同じ魔力の量で威力を出せるから、魔法が使えるようになると普通は魔力放出などしないらしい。
つまり、後ろにいる冒険者達からすれば、子供の練習を見せられているようなものだろう。
「だけどな……」
そう言葉を吐いて、足にぐっと力を入れる。
そしてようやく、その魔力玉が木組みへ当たる。
すると、一瞬にして積んであった丸太全てが木っ端微塵に砕け散った。
音が先か砕け散ったのが先か、と言う程のタイミングで、ドンッ!という鼓膜を突く音が響き渡る。
そして、発生した衝撃波は、この距離ならば瞬く間に到達し体を突き抜ける。
「込める魔力が多ければ、それは魔法と変わらない」
ってロノアが言ってた。
なんとかイメージ通りの結果になったことに、安堵し振り返る。
するとそこには、何故かすごい偉そうに腕を組み「うんうん」と頷くロノアと、半数以上が尻もちをついた状態になった冒険者たちがいた。
さすがにトーラスは立ったまま、驚いたように俺に声を掛けてきた。
「今のは、詠唱が聞こえなかったが、魔法か……?」
「いや、ただの魔力放出だよ。こんな格好で魔術師なんて書いたが、実は、魔法は得意じゃないんだ」
嘘じゃない。だって俺は、未だに詠唱魔術が使えない。
いや、使えるのかもしれんが、ロノアがまだダメって言ってるからしょうがない。
こうして、俺たちの所属試験は無事終了し、トーラスに連れられ建物内へ戻る事になった。