表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/16

守章 討伐・冒険者所属試験 第三話

 帝国との開戦を間近にして、『討伐・冒険者組合』ヴァンヘンセン支部組合長の俺は、領主クライムラー伯爵から呼び出しを受けていた。

 呼び出された時点で内容は分かっていた。『討伐・冒険者組合』から此度の戦争に戦力を出せないか、という話だ。

 ベルヘイド王国首都にある組合本部からは、対帝国の戦争協力に関しては「是」という通達は来ている。

 帝国相手ならば、その通達は当たり前だろう。

 なので、本部との細かい協議はまだだが、戦力を出すことは可能だという話をした。

 正直言えば、王国の戦力は一部を除き脆弱だ。一般兵の装備でも劣っている。このままでは、滅亡は確実だろう。

 だから、王国としては国土を切り取られるとしても、なんとしても国を残したい。そんなところだろう。

 帝国の侵略は、遅かれ早かれいつか来ると予想していたことだ。組合としてはさほど驚くこともないし、事前に決まっていた事を、予定通りにこなしていくだけである。


 そんな話を終え夜も更けた頃組合へ戻ると、登録受付担当の一人ミレディア・カーストンが興奮した面持ちで俺の部屋へ駈け込んで来た。

 彼女は、ここに来て三年ほど働いている中堅の職員だ。本部で二年の研修過程を終えて、こちらに配属されてきた優秀な人材だ。

 優秀ではあるのだが、引っ込み思案な性格故に、あまり本部では評価を受けなかった人物だ。

 鋭い観察眼と装備等に対する知識の豊富さは、他の職員を圧倒している。二十三歳とは思えぬ程の知識を有している為に、『組合員登録受付』を主に担当させている。


「トーラス組合長! すごい人が来ましたよ!」


 部屋に飛び込んでくるなり、挨拶もなしにミレディアはそんな事を言う。

 ここに来た三年で、ここまで興奮した彼女を見るのは初めてだ。


「お、おお、どんなやつだ?」


 そんな興奮気味な彼女にやや引きつつも、基本的に大人しい彼女がここまで興奮する相手に興味が沸いたのも確かだ。


「今日の昼過ぎに、男女二人組で来た方たちなんですが。もう、女の子が、すっっっっごい可愛いかったんです!」


「か、可愛かった?」


 これまで、百人以上は登録受付をしてきた彼女が言う言葉にしては、なんとも語彙の空しい言葉が響いた。

 そんな事言うために、こんな時間まで残ってたのかこの娘は。

 普通なら、通常業務の職員は当直を残して帰っている時間である。


「そうなんです! なんて言えばいいんでしょう。女の私でも恋しそうになりました!」


「お、おう」


 部下からいきなり同性愛のカミングアウトを受けた時、上司はどうすればいいんだろうか。

 応援すればいいのか? 「頑張れー」とか言えばいいのか?

 混乱している俺をよそに、話は進んでいく。


「あ、と言うわけで明日の朝来るように言ってあるので、試験と面接お願いします」


「え? ああ、俺が試験すんの?」


「そうですよ。だって、クロイドさん偵察で居ないし、ベスタさんも本部出張中ですから」


 ああ、そうか、帝国からの同盟破棄後に色々指示を出したっけか。

 それにしても、この時期にベルヘイド王国の『討伐・冒険者組合』に登録とは、世間知らずの馬鹿か、頭からっぽの馬鹿か。

 そう思ったのだが、ミレディアの次の言葉で、ただの馬鹿ではなさそうだという事が分かった。


「あ、組合長。私の勘ですけど、彼らは金貨鳥ケツァールですよ」


「ほぉ……?」


 金貨鳥ケツァールとは、組合での隠語である。

 メアラグロウという、過去にこの大陸の半分以上を版図に治めた王国の、大金貨に掘られていた鳥で、自然界で最も美しいと言われる鳥だ。

 組合では、後に高級冒険者に成りうる者を指して使う言葉だ。


「なぜそう思った?」


「可愛い女の子は剣士、もう一人の男性は魔法職でした。女の子の装備していた剣、それに男性のローブは、ここに所属している上級ゾンネ以下の装備を足しても届かない金額ですね」


「成金のボンボンかもしれんぞ?」


「普通ならそう思うのですが、これ見てください」


 そう言ってミレディアが出してきた、その二人の受付用紙を見る。

 ざっと目を通し、彼女の言い分を理解する。

 なるほど……。


「天空都市ローゼンバッハ出身か」


「はい、聖王国ファステリオ以外で、この国の名を目にするとは思いませんでしたよ」


 この世界で、別大陸以上の秘境。国の名前と人が存在しているという以外になんの情報もない国。

 『天空都市ローゼンバッハ』。

 大陸最西端にある聖王国ファステリオ。その西部にある海の、天空にある大陸。

 何人たりとも寄せ付けぬその天空の大陸は、いつしか『神の国』と呼ばれ、聖王国ファステリオでは幻の聖地と言われる場所だ。

 そして一般人はおろか、この国の貴族でさえ、殆どはその名を知らぬ場所。

 それは当たり前で、大陸最西部の聖王国ファステリオさえ、ここベルヘイド王国から馬車を使っても、一年以上かかる道のりだと言われている。

 もちろん俺も、名は知っているが聖王国ファステリオに行った事はない。

 そんな国からきた二人組か、なるほど興味深い。


 そんな話を聞いた翌日。

 組合長室で執務をしていた俺を、慌てたように職員が呼びに来た。

 身なりの良い人物を冒険者達が囲み始めたので、何かあったら大変だ、と。

 いつもなら、副組合長であるベスタ辺りが収める事態だろうが現在は不在、残念ながら荒くれ共を大人しくできる人材が、今は俺しかいないらしい。

 しょうがないと腰を上げ部屋を出る。


 そして、騒いでいる人だかりをかき分け見れば、いつものごとくゴルガスが問題を起こしたらしいが、今回は趣が違った。

 普段なら、ゴルガスにいい様にされた新人や余所者を、職員が助けるといった形であるはずが。

 蹲ってるのはそのゴルガスで、輪の中心に居たのは、確かに一般人とは思えぬ身なりの良い男女の二人組だった。


 この地方では見かけない黒髪黒目の男に、冒険者たちも騒ぐ訳だと一瞬で分かるほどの、幼くも美しい女だ。

 男に聞けば「所属試験を受けに来た」と言われ、なるほどと昨晩のミレディアを思い出し納得した。

 確かに、只者ではない雰囲気を持っている。中級インネであるゴルガスを軽くあしらったのか、服装等に乱れもない。

 なるほど、ミレディアの金貨鳥ケツァールという評価は間違っていないかもしれない。


 そしてそれは、すぐに確信に変わる。


 驚くことに、嬢ちゃんの方が上級回復魔法である≪生命のクラーティオ≫を、二小節省略で発動した。

 しかも、嬢ちゃんの受付用紙は『剣士』となっていたはずだ。見た目も確かに剣士のそれだ。

 これはとんでもない逸材が来たぞと、更なる興味が沸き出てきた。

 まぁ、ゴルガスは良い薬になっただろう。これに懲りて大人しくなってくれれば、上級ゾルダに上げる事が出来る。


 そして、さっそく訓練場にて試験を行う事になった。

 確認の為に用紙を取り見てみれば、少女の方、名をロノア・ユーノ・フォルトゥーナは、やはり見た目通り「剣士」となっていた。


「ロノアでいいわ」


 そう言った成人したてのこの少女が、上級回復魔法を省略発動できる剣士だというのだ。こんな事、組合関係者の誰に言っても誰も信じないだろう。

 剣士としての腕前はわからないが、スキル欄を見れば『ダブルスタブ』『トリプルスタブ』『ゲイルスラッシュ』とある。

 スキルの習熟度はわからないが、これだけでも、十五という年齢からしたらあり得ない程の才能だ。

 そして聞けば、試験は嬢ちゃんからという事になった。


 その時、冒険者共がぞろぞろと訓練場に現れる。

 先ほどの騒ぎを綺麗に切り抜けた新人候補に興味が沸いたんだろう。

 わからなくもない。これまでゴルガスは、新人と見るやちょっかいを掛けては追い出したり、泣かせたりと可哀そうな者たちが多く居た。

 それを逆に、あの実力だけは確かな大男を泣かせたとなればこうなる。

 しかし、組合長としては言っておかなければいけない。


「なんだぁお前ら、見世物じゃねーぞ! 帰れ! 帰れ!」


「組合長、そう言うなよ。久しぶりの楽しみな新人だ。ゴルガスがぼろくそにやられたんだろ? これは見なきゃ損てやつだ」


 そう言ったのは上級ゾルダのバートマンだ。

 他にも、普段は新人などに一切興味を示さない、上級ゾルダの連中がちらほらいる。


「まったく……、お前ら二人はいいのか? 嫌なら追い出すが、自分の力を見せたくないやつらも居るからな」


「別に隠すことはないわ。ね、コウスケ」


 そう言って嬢ちゃんが後ろの男にお伺いを立てている。

 先ほど、回復魔法を使う時もそうだった。

 俺はてっきりこの二人は、主である嬢ちゃんと従者兼護衛の男と言った関係なのかと思っていた。

 嬢ちゃんの方は、間違いなく「格」のある人間だ。

 ローゼンバッハの内情がわからないため、貴族の様な者たちが居るのかは知らないが。容姿、動作、言葉使いから伺い知れる僅かな情報からしても一般人ではない。


 そして、そんな嬢ちゃんと一緒にいる、このコウスケと言う男。

 変わった響きの名前。そして黒髪黒目という原人族ヒュマノを、俺はこれまで見たことがない。

 こちらの雰囲気も一般人とは異なる。これだけの人、強者を前に少しも動じていない。

 二人の感じからして主と従者ではなく、二人ともが「格」のある対等な者で、恐らく男の方は世間知らずなお嬢ちゃんのお目付け役、と言ったところだろうか……。

 そんな事を考えていると、嬢ちゃんの言葉に男が頷いた。

 すると俺の耳に、とんでもない言葉が飛び込んできた。


「で、実戦てどうすればいいの? あなたを倒せば中級インネになれる? それとも、立てない位に叩きのめせばいいのかしら?」


 その言葉に、訓練場にいた冒険者たちが静まり返った。

 当たり前だろう。少女の目の前にいる俺は、組合長であることもそうなのだが。

 元破級カヴァレの高級冒険者。ここら辺の国ではそこそこ有名で、『乱剣のトーラス』とまで言われた男だ。

 最近は大人しくしていたんだがなぁ。どうやら世間知らずのお嬢ちゃんに、元とは言え高級冒険者の怖さを教えておかなきゃならんか?


「ほぉ、俺を叩きのめす? 嬢ちゃん面白い事言うなぁ」


 脅しを兼ねて、言葉に怒気を滲ませる。

 すると、呆れたような顔のコウスケが嬢ちゃんを呼び、何やら肩を組んで話し始めた。

 何を話しているかはわからんが、まぁ、俺の予想は間違っていなかったのだろう。

 コウスケは嬢ちゃんのお目付け役、もしくは教育係だな。

 恐らくこれまでもああして、嬢ちゃんの言動を諫めてきたに違いない。


「見てなさいよ!」


 だが、嬢ちゃんは大人しくなるどころか、やる気になってる気がするんだが?

 しかし、男の顔をちらと見れば「はいはい」といった表情をしている。

 これはあれだろうか、揉まれて世間の厳しさを知ってこいって感じだろうか。

 十歩ほど先に対峙した嬢ちゃんの表情は、怒られて反抗的になった、小さい頃のうちの娘がだぶる。


「はじめていいのか?」


「いいわ! コウスケに私が出来るところを見せつけてやるわ!」


「そうか、それじゃ、……おい! バートマン、開始の合図を頼む」


「あいよ! それじゃ、……はじめ!」


 その言葉を合図に、俺は腰の武器を抜いた。

 現役時代に長年使って来た愛剣の『エルブリンガー』、魔鉄と聖銀の合金で作られた逸品だ。

 対する嬢ちゃんも、ゆっくりと腰のレイピアを抜きさる。

 見事な剣だった。刀身は鏡のように反射をし、まるで持つ者の心を映しているかのように見えた。

 そして手元、神殿の壁画に描かれた天使の羽のを模した様なキヨンとガードは、芸術品の如き意匠が施されている。

 なるほど、上級ゾルダ以下の装備を纏めた以上の価値、というミレディアの言葉は嘘ではなさそうだ。


 しかしレイピアを抜いた嬢ちゃんは、構らしい構えも取らずにこちらを見ている。

 良く言えば自然体、悪く言えば隙だらけ。

 最初の一撃くらいは、先手を譲ってやろうと思っているんだが……。

 そんな事を思っていると、嬢ちゃんが話しかけてきた。


「えっと……、攻撃してもいいの?」


 それは、なんとも間抜けな言葉だった。

 見学に来ている者たちからも失笑が漏れる。

 どうにも気が抜けてしまいそうになるが、試験とは言え実戦だ。

 それにこれが、この嬢ちゃんの手かもしれない。油断はしない。

 そしてこの時、油断せずに気を引き締めていた俺を、試験後の俺は褒めたいと思う。


「構わん。もう始まっている」


「そう、……じゃ、行くわよ?」


 彼我の距離は十歩ほど、これは普通に考えれば短い距離ではない。

 俺でも踏み込みから剣の間合いまで三歩。スキルを使っても二歩、と言ったところだ。

 刺突を主な攻撃手段とするレイピアの攻撃は、受けにくいが読みやすい。

 素早いスタブ系のスキルを使うとしても、この距離であれば対応可能、そう思っていた。

 だが、俺の目の前から、嬢ちゃんの姿が消えた。


 俺がその剣を受けられたのは、長年培ってきた戦闘経験による勘だ。

 正直、嬢ちゃんの動きは全く追えていなかったからだ。

 そんな勘働きにより、横にして上段防御に構えたエルブリンガーに、俺の身長よりも高く飛び上がっていた嬢ちゃんは、その細剣を剣閃が輝く暇もないほどの速さで振り下ろしてきた。


 キン!と甲高い音が鳴り響く。

 その瞬間俺は、振り抜いていた嬢ちゃんの剣が折れたのだろうと、そう思った。

 俺の剣は叩き切る事を目的としたロングソードだ。更に言えば、名工に鍛えられた硬さも柔軟性も一級の品である。

 そんな剣にレイピアを振り下ろせば、どうなるかなど火を見るより明らかだ。


 しかし、現実の結果は違う。

 音の後、エルブリンガーの刀身は、半ばより先がズルっと滑り、地面に落ちた。

 そして着地した嬢ちゃんのレイピアは、刃こぼれ一つ無く俺の首筋に、指一本も入らない程の場所で止められていた。


「……」


「まだやる?」


 そう言った嬢ちゃん、いや、ロノアの顔は満足げに微笑んでいた。

次の更新は水曜日の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ