始章 運命の女神 第二話
「以上でいいかにゃ?」
「……今のセリフ、もう一度お願いします」
「ああ、このアホ面は無視でいいわ。できたら早めにお願いね」
「はいにゃ!」
また「にゃ」って言った! ああ、毎日三食ここで食べよう。
「なぁロノア」
「なに?」
「俺、もっとまじめに魔法の訓練するからさ、早く強くしてくれ。多少辛くても我慢する」
「馬鹿な事言ってないで大人しく……、え?」
「え?」
「ど、どうしたの急に、そりゃ、やる気があるなら色々考えるけど」
これに関しては、別に急にではない。
そもそも、この世界アトリアータへ着てから、すでに二月が経っている。にも関わらず、俺は未だ手のひらに小さな火を灯す事しか出来ていない。
こんな事では、ザケタ村に居たムルカちゃん(八)に追いつくのに、どれだけの時間が掛かるのか分かったものではない。
こうして旅を始めた時から考えていたことだ。
「そうか、なら頼む。どうしても早めに強くなりたくなった」
「……ちなみに、どうしてか聞いてもいい?」
「どうしてもこうしてもないだろ? 今俺がこうしている間にもケモミミ少女たちが、どっかの馬鹿女神が作り出した馬鹿みたいに強い魔物に苦しめられているんだ。のんびりしていられるわけないだろ!」
「なるほど、つまり、喧嘩売ってるのね?」
ちくしょう! 俺に力があればストップ安で顔面に叩きつけて、この駄女神にこれまでの己の行いに対し猛省させてやるのに! 世界中の人々の前で土下座させてやるのに!
しかし、残念な事に俺が強くなるためには、その駄女神であるロノアの協力が必要不可欠だ。
ここは穏便に事を運ばなくては。
「言い過ぎました許してくださいだから強くしてください」
「なかなか見事な棒読みだと感心するわ。でもそうね、そろそろ次の段階に進んでもいいかしら」
「そうか、それは良いとして聞きたいことがあるんだけど」
「コウスケがお願いしてきたのよね!? なんで私の話が聞き流されてる感じなの!?」
失敬な。ちゃんと聞いている。
でも、それより重要な事があるからちょっと横へ置いておくだけだ。
「いや、そういうつもりじゃなくて、ああ、とりあえず後にしよう」
そんな事を話しているうちに、ネコミミウェイトレスが食事を運んできた。
可愛いなぁ。ケモミミ触りたいなぁ。尻尾モフモフしたいなぁ。
「ちょっと! コウスケ目がやばい、衛兵呼ばれるわよ」
「何言ってんだ。俺はちゃんとイエスケモミミ・ノータッチを貫く男だ」
「?」
そして、肉中心の食事は七割ロノアの胃袋に収まり、やっと空腹から解放された。
味は、想像していたよりもかなりよかった。下ごしらえの丁寧さも伝わってくる。
店構えから、もっと豪快な料理ばかり出てくると思っていたけど、良い意味で裏切られた。
肉料理は丁寧に筋切りされていたし、芋もあく抜きされており土臭いエグ味を感じなかった。
ケモミミ要素抜きにしても、通いたいかもしれない。
ま、それはさておき。
「んで、聞きたいことがあるんだけど」
「……何?」
「なんで急に不機嫌そうになるのか分からないけど、これからのアトリアータ救済に関しての大事な話なんだよ」
「ああ、そういう話なのね」
何を勘違いしていたのか分からないが、不機嫌そうにしていたロノアは俺のその言葉に居住まいを正した。
「俺は、この世界って俺みたいな普通の人間ばかりだと思ってた。強さは別として」
「ん? 普通?」
俺はそこで、ぴっとケモミミウェイトレスを指さす。
「やっぱりそれか!」
「なんで怒るんだよ。聞きたいのは、この世界には人間以外の種族って何がいるって事なんだが」
「ああ、そっちか、そうね」
ロノアの説明はこうだ。人としてこの世界で認識されている種族は十二種。
俺たちの様な種族は、原人族と言い。
獣人族、先ほどのネコミミ少女のように、獣の特徴を持つ種族。
小人族、大人でも人間の子供ほどの、背の小さい種族。
森人族、聞いた特徴的には、森に住む耳が長いエルフの様な種族。
山人族、所謂ドワーフだな。人間よりもやや小さく、山岳や地底を好む種族。
妖精族、手のひらに乗る程の、羽の生えた小さな種族。
竜人族、人型の爬虫類系の種族。
海人族、人魚、いわゆる半魚人の様な種族。
不死族、アンデッドで人に友好とまでは言わないが、意思疎通が可能な種族。
巨人族、ザケタ村でみた巨人とは違い、人間の倍くらいの大きさの種族。
人馬族、人の上半身に馬の下半身の種族。
翼人族、人で言う手の部分が翼になった、空を飛べる種族。
これらがこの世界で「人」として認識されている種族らしい。
その他、人語を理解する魔物も多数いるが、基本的な区別としては文化圏を形成している事を条件としているらしい。
それはロノアがではなく、この世界の人たちがそういう区別をしているという事だ。
さっき上げた十二の種族は、すべて国を形成している集団がいて、各地に大小さまざまな国家が存在しているという事だ。
人口は原人族が一番多く、次いで獣人族、巨人族が一番少ない。その他はどっこいどっこいで好戦的な種族もいれば大人しい種族もいる。
特に、獣人族と竜人族は強く好戦的らしい。
「ふーむ、なるほど」
「種族を知ってどうするの?」
「ん? ああ、どれかの種族を丸ごと引き込めないかと思ってね」
「種族ごと引き込む?」
「とりあえず店を出よう、歩きながら説明する」
ケモミミ少女に後ろ髪を引かれつつ、酒場を後にする。
また来よう。夜に来よう。明日の朝も来よう。
そして歩きながら、そうする意味をロノアに説明する。
俺の考える「アトリアータ救済計画」は、この世界に絶対的な「悪」を誕生させることだ。
纏まりがないならば、共通の敵を作り無理やり一致団結しなければならない状況を作り出すことだ。
それは、人も魔物もひっくるめた共通の敵である事が望ましい。
『魔王』
そう呼ばれる。生命全ての敵を作り出す。
全世界の国々を渡り歩き改革することなど、どんな偉人であろうと出来る訳がない。
例えば俺に、国家運営などさせようものなら、滅亡ENDさせる自信がある。
だが、俺が絶対的な力を持つ事が可能なのであれば、全人類の敵となり国家間で戦争している場合ではないという状況を作りだす。
そして俺の持つ地球の記憶、そこにある知識を使いフル活用する。
これまで目にした事のない兵器や戦術の前に、このままでは俺に『魔王』に勝てないと思わせ、まずは技術革新を行っていく。
ここまでは、ロノアにザケタ村で説明した。
問題は俺が『魔王』になれるほど強くなれるかって部分だったのだが、ロノアが「楽勝じゃない?」と言ってたので信じる。何年かかるかわからんが。
まぁ、ポイントが貯まるまで待つ、という制約があるのでそこはしょうがない。
そして、次の段階では『魔王の技術』を徐々に人類へ流してもらう事も必要になる。
目で見た脅威となる技術だ。人類は喉から手が出るほどに欲しいはずだ。
その時に、こちらの技術を人類側へ流す為の協力者が必要になる。
これは『魔王』に忠誠を誓う必要はない、人に対して疑われない立場に成れるモノ。
例えば『魔王』によって国を落とされ従っている振りをしつつ、人類側へ『魔王の技術』の情報をリークする工作員という立場の者を作り出す。
これはもちろん、本物の裏切り者でも二重スパイでも構わない。
そのためにはやはり、「人」という種族が望ましい。
「俺としては種族丸ごととは思うが、全員の意思が統一されている必要なないと思ってる」
「どういう事?」
「こちらの意を汲んでの工作というのは、中々難しい場合もあると思う。演技力も要求されるからな。だから、本物の裏切り者を作り出すのが一番良い」
「……なるほど。確かにそうかもしれないわね」
「うん、その為に必要な協力者は、国の上層部。出来れば王や皇帝や族長と言ったその種族、国の最高権力者か、それらに信用されている側近一人でいい。さらに言えば、その人物が優秀であればあるほど助かる」
「そんなに優秀だと、協力者だと思ってた人に裏切られるんじゃないの?」
「そうなったらそうなったで構わないんだ。そうなれば、別の協力者が現れる」
「そうなの?」
ロノアのその言葉に頷く。
それは、俺の『魔王』としての力が強ければ強いほど確率は上がっていく。
正義だろうが悪であろうが、『力』と言うのは人を魅了する。それは俺の居た地球でもそうだったし、この世界は恐らくそれ以上だと思う。
なにせ八歳の女の子が、巨人を殴り飛ばしたロノアにあこがれる世界なのだ。
強さに対する価値観が違う。
地球の女の子だったら泣くぜ? 巨人もロノアも怖いってギャン泣き間違いなし。
「よくそういう事がぽんぽんと思いつくわね。コウスケって、もしかして貴族とかだった?」
「んなわけないだろ。俺のいた地球では貴族制度なんてすでに形骸化したものでしかなかったし、もちろん俺はそんな高貴な人間じゃない」
「じゃあなんで?」
「地球では、というか俺の住んでいた国では、ゲームや書物に映画やテレビといった娯楽が、誰でも簡単に享受できる世界だった。そういった物の中には、参考になりそうな物語が五万とあってな」
「へー、世界の管理者である女神としては別世界の事で悔しいけど、良い世界だったのね」
良い世界か、どうなんだろうな。俺の認識していた世界なんて、それはそれはちっぽけなものだった。
世界中の何十億人という人間の中で言えば、そりゃ俺も幸福な人間側だったと思う。
ただ、そうじゃない人間だって、沢山知っているし見てきた。
だけど……。
「まぁ、そうかもな。けど、ロノアだって俺の世界の事を色々知ってるんじゃないのか? 話とか普通に通じてるし、そういうのは女神同士で共有してるのかと思ったが」
「ああ、まぁ多少はね。でも、それは私の権能の一つね」
「え? 女神じゃなくなったのに使えるの?」
「うーん、権能が魔法化してると言えばいいかしら。言葉がわかるのは『異言再構築』っていう権能ね。これは私の発する言葉にも乗るわ。たまにコウスケの言ってることが分からない事もあるけど」
「ほー、便利なものだなぁ」
「でしょ? まぁ劣化してだいぶ効果は弱くなってるけど。私、実は結構すっごい女神なんだから!」
「お、あそこじゃないか?」
「聞けよ!」
そして俺たちは、宿屋で聞いた最初の目的地へと辿り着いた。
明日も更新です




