メタ小説ジャンル
そういえば、先日行った本屋の、ある本棚の上には、「メタ小説」と書いてあった。
少し背表紙を眺めてみていたが、どんなジャンルかよくわからず。ぼうっとしていると、店員さんが声をかけてくれた。
「何かお探しの本があるのですか?」
「いや。『メタ小説』って、僕は読んだことがなくて。
どんな小説なのかな、って思っていました」
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メタ小説っていうのは、その言葉のとおり、メタな小説ですよ。
普通の小説って、どういうものか、わかりますか?
実際の内容はとても多様ですが、極端には、「チーレム」なんて指摘されることもあります。
つまり基本的には、主人公の視点に感情移入してその空想世界を楽しむようにできています。
あるいは、現実世界に帰ったときに有益なノウハウが記載してあるという面もあります。
猫の子供が虫にじゃれるのは、本能ですよね?
でも、狩りの練習にもなっている。
小説の楽しみも、人生勉強になっていることって多いんです。
チーレムってつまり、チート+ハーレムっていうことです。
よく見かけますよね、主人公が群を抜いて能力が高くて、労せずして敵対勢力に打ち勝つようなお話。あるいはハーレム。平たく一般化して言えば、主人公が恋愛において成功裏に楽しみを経験するお話。
そういったお話は、面白いんです。でも実際には、その面白さには前提があります。
競争において苦労せずに優位に立ち、安寧と幸福を得たいとか。魅力的な異性と親密で肯定的な時間を過ごしたいとか。
実際の小説はもちろん、チーレムといった概念ではくくれません。
実際の作品は多様であって、一つとして同じものはありません。でもだからこそ、それを面白いと感じる人も、そうでない人もいる。
つまり、甘いものが好きな人には甘い料理、辛いものが好きな人には辛い料理が適しているのであって、喜びや苦しみとは、主体の性質と対象の性質の相性の属性なわけです。
決して、対象の性質ではないのです。
例えば、男性は本能的に、女性の身体への興味が強いですよね。興味が強いというのは、そこから喜びを引き出せるということでもあります。同様に女性にも、女性であってこそ味わえる楽しみが色々とあります。
「メタ小説」というのはですね。だから、メタな小説だということなのですよ。
つまりこの辺りに並んでいる本は、男性になったかのように男性の人生を楽しむことができます。
この辺りの本は、女性になったかのように女性の人生を楽しむことができますよ。
この辺の本はですね、拝金主義者になったかのようにお金儲けを楽しめます。
あるいはこちらは、独裁者になったかのように殺戮を楽しむことができます。
これは、宗教者になったかのように信仰を楽しめる本ですね。
幼い子供になったかのように世界を味わえる本もありますよ。
普通の小説は、主体の性質はそのままで、対象の性質との相性を楽しむだけでしょう?
「メタ小説」はですね、主体の性質も変えてみて、対象との相性を楽しむものです。
普通の小説よりも、人生経験の学びという意味では、視野が広がると思いますよ。
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ふーん。知らなかった。
少し興味が湧いてきたな。どれか一つ、読んでみようか。
下の方には、背表紙が少し暗くデザインされた小説があるようだ。
「この辺は、どんなメタ小説なのですか?」
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この辺りの、例えばこれは、鬱病になったかのように世界を味わうことができる本です。
楽しむことは、主体の性質ありきだって、お話ししましたよね。だから鬱病などになると、どんな小説を読んでも少しも楽しめなくなってしまったりするんです。
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えっ。その小説は面白いのだろうか。
誰が読んでも絶対に面白くない小説ということではないだろうか。
「えっ。それって、面白いんですか?」
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いえ、鬱病になったかのようになりますから、面白くはないでしょうね。
この本棚の下半分の本は、苦しみを味わうためにあるのですよ。
それは例えば、身近な人の苦しみを分かち合いたい時に、便利なのです。
例えばこれは、親しい人を亡くしてしまった人の悲しみが味わえる本。
これは、大きな病を患って、若くして死を宣告された人の本。
そういったことを、他人事として知ろうという小説ではなくて、自分自身として味わおうというのが、メタ小説だということです。
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「へぇ。なんだか少し、恐いな」
現実で暮らしていて、自分自身の悩みだってあるし。
他人の苦しみを積極的に味わいたいとは思わない。
私が冷たいのだろうか。今はそんなに、身近な誰かの何らかの苦しみを生で味わいたいという気持ちもない。
メタ小説、読んでみるのは、またの機会にしようかな。
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はい。メタ小説は、ある意味では恐いものです。
主体を動かしているうちに、どれが自分かわからなくなりますからね。
最初の自分に帰ってきても、そこに現実感を感じなくなってしまう。
だから、その治療のために、主体を大きくは動かさずに味わうための本も用意してございます。
「それは、どの辺の本ですか?」
「この棚以外ということになります」