出会い
あなたと出会ったのは、2018年7月16日。
海の日。国土交通day。虹の日。
そして祇園祭の真っ只中だった。
関西に引っ越して4ヶ月がたった夏。
初めて彼の顔を見た。
私は出会って3秒も経たないうちに、落ちてしまったのだ。
と言っても前の人と別れてから約1年半くらいだろうか。恐らく飢えていたのだ。
家族と離れ、一人暮らし。
知り合いは会社の上司、先輩、同期のみ。
休日はずっと家にいた。
家にいるのは苦ではない。
社会人になって初めてのゴールデンウィークなんかは家から1歩も出ずに合計7日間を過ごせるほどだ。
それでもやっぱり人との関わりが全くないのは寂しいのだ。
ゴールデンウィークの後はなかなか祝日がない。
久々の祝日。海の日。7月16日。
7月14日からの三連休。最初の2日は家から出なかったが、さすがにここまで家に引きこもるのはまずい。
腐ってしまうと感じたのが、彼と出会うきっかけとなったのだ。
今の時代は便利だ。
インターネットがある。
気軽に人と出会うことが出来る。
合コンなんかには誘われず、今流行りの相席屋なんかは2人でないと入店できない。
友達がいない私はインターネットの海で気軽に遊べる友達を探した。
そこに彼がいた。
彼も私と同じで三連休のうち2日間を家で過ごしていた。
彼は明日、16日に祇園祭に行こうと私を誘った。
知り合って1日で直接本人に会うなんて、リスキーだ。
ネットなんてどんな人がいるかもわからない。
と昭和生まれの両親や、昭和生まれの教師に教わってきた。
しかし、電話で話した限り、到底そんなにひどい人には思えない。
ほどよく低い声には心地良さすら感じる。
そんな彼に会いに、休日のすしずめ状態の阪急電鉄に乗り、烏丸へ向かったのだ。
花屋の前で彼を待つ。
肩をポンポンと叩かれた。
彼の印象は、細身ではあるが頼りがいのありそうな背中。
グレーのTシャツにハーフパンツ。
トートバッグ。
程よい短髪の七三分けで一重の瞳。
どこにでも居るような好青年だった。
待ち合わせの時間は12:00だった。
まずは腹ごしらえに彼がオススメだというつけ麺を食べに向かった。
the 京都 と言ったような古風な建元で、入口の天井は低く、頭をぶつけた。
夏のど真ん中。
山育ちで夏も扇風機すらつけずに過ごしていた私にとってはとてつもなく暑かった。
結構な行列で、蒸し風呂状態の建物の中で、彼が持っていた扇子で私を扇いでくれた。
ずっと片方の腕で扇いでいたので、片腕だけやたら大きいスベスベオウギガニのようになってしまわないか、変な心配をした。
彼はもつが好きだという。
ここのつけ麺はゆずの香りがする麺ともつがオススメだと彼が言うので全く同じものを注文した。
スープの中にナスが2つ。
私はナスが苦手だが、ひとつは食べた。
そしてもうひとつは彼が食べた。
こういうところ、私はまだまだこどもみたいだ。
大人になりたい年頃なのだが、どうも上手くいかない。
麺は思った以上に多かった。
しかし、ゆずの香りが爽やかで、もつはジューシー。
正直言って、私好みの味ではなかったが美味しかった。
私と彼は満腹になり、つけ麺屋を出た。
それにしても暑い。
京都の夏は溶けるほど暑かった。
当日の目的地は沢山あった。
まず観光で京都に訪れるのは初めてだったため、清水寺や八坂神社などメジャーなところや、いろいろ訳があり切りたい縁があったため、縁切りでとても有名な安井金比羅宮は行こうと話していた。
彼はオススメな商店街があると私に行った。
錦市場だ。
もちろん祝日で祇園祭だったため、日本人、外国人、沢山の観光客でひしめき合っていた。
錦市場は歴史を感じるような商店から、若い女性に人気そうなこんにゃく石鹸、キャラクターのコンセプトカフェなど、誰でも楽しめるようなお店が沢山あった。
私が好きなキャラクターのコンセプトカフェがあった。
暑く人に揉まれて既に疲れてしまったため、休憩することにした。
頼んだのはアイス抹茶ラテ。
グラスにはそのキャラクターのマシュマロがのっていた。
実はこういったコンセプトカフェに来たのは初めてだった。
私はとても興奮した。
しかし、つけ麺を食べた時は彼とは横並びに座ったが、今回は向かい合って座った。
顔にとてつもなく自信の無い私は顔を見られるのが物凄い恥ずかしかった。
しかももう既に落ちているのだ。
尚更恥ずかしい。
目を合わせることすら出来なかった。
そんな私にも気さくに話しかけてくる彼は、女慣れをしているなと感じた。
しかし、それは私の誤解だと彼と出会って数ヵ月後に気づいた。
カフェを出ると、やはり暑かった。
私は手を繋ぎたい。
が、出会ってまだ2時間も経っていない。
私はぐっと我慢した。
私も彼も暑がりだ。
熱中症が怖い。
また少し歩いて、冷房が聞いているデパートのベンチで休憩した。
人通りが少ないフロアだ。
彼と私の距離は思っていた以上に近い。
ここでもやはり女慣れしているなと感じた。
私にやたらと触れてくる。
私の心臓は破裂しそうだ。
まるで彼に手を繋ぐよう誘導されているようだった。
もうこの流れで手を繋ぐしかない。
私は手汗をやたらとかいていてとても恥ずかしかったが、ついにその手を伸ばし、彼の手を握った。
彼の手もまた汗をかいていた。
そういえば、私は好きな人と手を繋いだのは初めてだった。
どこまで強く握ればいいのか分からない。
手汗も滝のように出てくる。
けれど離したくはなかった。
やっとの思いで繋げたのだ。
彼はびっくりしていたが、すんなり受け入れてくれた。
そして握り返してくれた。
汗がいい具合に引いた頃、また外に出た。
八坂神社に向かった。
手をつなぎながら、人混みの四条大橋を渡った。
人が多すぎる。
私の地元の住人を集めても足りないくらいには人がいたと思う。
手を繋いでいたおかげではぐれずに済んだ。
四条通りは長かった。
まっすぐ進むと八坂神社が見えてきた。
階段を上ると立派な入口があった。
まずは行列に並びお参りをした。
私はその時、賽銭箱に5円を投げ入れ、この人とお付き合いが出来ますように と、お願いした。
彼は世界平和をお願いしたらしい。
そして八坂神社をぐるっと周った。
美の女神の美容水が湧いているところがあると言って、彼は私の手を引いた。
彼はこういう、私が喜ぶようなリサーチを細かくしてくれていた。
その美容水で全身洗い流したかったが、残念ながら顔はメイクをしており、さすがに公共の、神前の場なので、私は手汗のひどい手のひらをよく美容水で洗い流した。
そしてハンカチで手を拭き、当たり前のように彼と手を繋いだ。
八坂神社を出ると、次は清水寺を目指した。
清水寺に向かう道は、坂道だ。
彼のグレーのTシャツは汗を吸い込み濃いグレーになっていた。
途中、二寧坂に某アニメ制作会社のグッズを販売しているショップがあった。
その入口には井戸の手押しポンプがある。
彼は水が出るからやってみて、と言うのでポンプを上から下へ押してみたが、水なんか出るはずはない。
そんな私を見て彼は笑っていた。
その笑顔が今でも忘れられない。
ショップの中で、彼はよく分からないが、年上の後輩がいると話してきた。
その話の内容は思い出せないが、私はこの人がどんな仕事をしているか分からない。
彼はどんな人なのだろうかと深く興味を持った。
清水寺は改修工事をしていたが、よくテレビで見る、あの景色を見ることが出来たと興奮した。
清水寺の中に恋愛成就で有名な地主神社がある。
そこは他よりも閉まる時間が早く、閉まる時間ギリギリだった。
目を瞑って石と石の間を歩くと恋が実るという恋占いの石があった。
若い女性3人組が目を瞑って歩いていた。
私もやるように彼に勧められたが、恥ずかしがり屋のためやることが出来なかった。
神社なので、またお参りした。
5円を投げ入れ、また、この人とお付き合いが出来ますように とお願いした。
途中、転んで泣いてしまったブロンドの男の子がいた。
私は絆創膏を渡した。
男の子のお父さんにお礼を言われ、少し照れていると彼は私を見て嬉しそうに微笑んだ。
清水寺は音羽の滝でも有名だ。
3つの滝が流れており、学業・恋愛・長寿の3種類、どれかを飲むとその願いが叶うという。
私はもちろん、恋愛の水を飲んだ。
彼は3種類全てを飲んでいた。
後々知ったが、全て飲むのは意味が無いらしい。
今後、行かれる予定のある方は気をつけていただきたい。
清水寺を出て、いちごのかき氷を食べて、また坂道を下って行った。
清水寺の次に向かったのが、強力な縁切りで有名な安井金比羅宮だ。
大きな岩に願い事が書かれている紙が岩肌が見えなくなるほど貼られていた。
私はこれを見ると少し引いてしまい、その石の穴をくぐると願いが叶うと言われていたが、スカートを履いていたこともありくぐることが出来なかった。
しかし彼は少年のような笑顔でくぐっていた。
悪縁を切り良縁を結んでくれると有名で、私は過去の嫌な繋がりを切って、彼との良縁を結んでくださいとお願いした。
安井金比羅宮を出ると、その近くにラブホテルがあった。
その横を通ると、彼が 強引に連れていこうとすれば連れて行けるんやで と囁いた。
私はここで連れ込まれたら幻滅する。
呟いたのは聞こえないふりをして聞き直し、彼の様子を伺った。
彼は少し照れたように、なんでもないとラブホテルを素通りした。
もう当たりは薄暗くなっていた。
沢山歩いたため、また休憩にデパートへ寄った。
次はベンチタイプではなく、普通の椅子だった。
彼は私に近づくように言ってきたが、学生が沢山いたため恥ずかしく、近づきたい気持ちを押し殺した。
しかし押し殺したはずの気持ちは直ぐに顔を出した。
私はとりあえず二人きりになりたかった。
眠たいと嘘をつき、カラオケに向かった。
カラオケはやたらと広い部屋だった。
彼は私に膝枕をしてくれた。
そして私にキスをした。
私はもう嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
八坂神社、清水寺の地主神社、安井金比羅宮にありがとうと伝えたくなった。
カラオケで彼はしようとしたが、そこは私の理性が押し勝ち、キスだけで我慢した。
カラオケは1時間で部屋を取っていた。
その1時間はあっという間で、そのあとはラブホテルに行こうと私から誘った。
出会って一日でラブホテルだなんて、彼に引かれてしまうだろうか。
そんな心配をしていたが、もう後戻りは出来なかった。
ラブホに入ると彼はギュッと私を抱きしめた。
夏の暑さのせいか、彼の温もりのせいか、私はとうとうとろけてしまった。
彼はあまり経験がないと打ち明けた。
私はそれに安心した。
私はもう本気で落ちてしまっている。
彼が私を遊んでいるとは思えなかった。
私は彼に好きだと伝えた。
付き合おう、とも伝えた。
彼は嬉しそうに笑ってくれた。
そして優しく抱かれた。
本当に幸せな時間だった。
一日中我慢した 好き という感情を全てぶつけた。
彼は私の鎖骨にキスマークを付けた。
そして2人でお風呂に入った。
彼と手のひらを合わせた。
私は手が大きいのがコンプレックスだが、指が細く綺麗な手だと褒めてくれた。
彼と居ると自分に自信が持てると感じた。
そして一生離さないと決めた。
もう夜も深まっていた。
終電の時間が近づいていた。
彼は京阪電車で帰る。
私はその頃は自分も京阪電車で帰れるなんて知らずに、午前中と同じく阪急電鉄で帰った。
家に着いたのは12:30だった。
シャワーを浴びると鏡にキスマークが写っていた。
明日から仕事で見られたら困るが、何だかとても愛おしく、幸せだった。
私は彼のものだと、そして彼は私のものだと私は実感した。