96 みんなでお昼ご飯
「……あきたー」
開始して二時間ほど過ぎたところで、千歳は辟易したような声で呟いて後ろに倒れるように寝転がった。そのままころんころんと体を転がしている。
千歳は今日ショートパンツとタイツをはいているため下着が見える心配はないが、周は一応ソファにかけてあったブランケットを千歳の腰に放り投げつつ、時計を見上げる。
「まあ休憩するにはいいんじゃないのか。丁度昼過ぎだし」
「そうですね、もうお昼ですし……」
「まひるんのご飯!」
現金なもので、真昼のご飯と聞いて千歳はすぐに復活していた。
ぴょこんと起き上がって机を軽く叩いている。
「今日のお昼ご飯は?」
「今日はローストビーフがメインですね」
「昼から贅沢だなあ……」
「周くんが食べたいって言ってたの思い出して……」
「ありがたい限りだよ」
確かに食べたいとは言っていたが、本当につくってもらえるとは思っていなかったので真昼様様である。
周が想像しているよりは手間もかからないらしいので昼ご飯にがっつり肉を食べて勉強に励もう、との事。
ただ、約一名満腹状態で勉強に励むのか分からない人間が居るような気がしたが、まあ彼女次第なので敢えて突っ込まないでおいた。
「じゃあ用意しますのでお待ちくださいね」
「あ、俺も配膳手伝うわ」
勉強する時間を割いて作ってもらっているし、そもそも普段から料理を作ってもらっているのだ。
いつものように手伝いを申し出れば真昼が小さく笑って「お願いします」と頷く。
もう料理も完成して温めたり盛り付けたりするだけなので、本当に手伝いは配膳くらいしかする事がないのだが……何もしないで見ているよりはマシだろう。
「三人共テーブルの上片付けといてくれ、布巾持ってくるから……って何だよ」
「いえなんでもございませんー」
「そのむかつく顔を仕舞ってから言え」
にやっと笑う千歳に目を細めつつ、先に立ってキッチンに向かった真昼の後を追う。
畳んでまとめてある布巾を籠から取り出して濡らして絞っている間に、真昼は冷蔵庫に入れていたポタージュの入った鍋をコンロに載せていた。
「周くん、後でレタス千切ってください。こっちは他の野菜を切っているので」
「あいよ」
それくらいならお安いご用なので、濡らした布巾を樹に手渡してからキッチンに戻り、手洗いをして真昼に渡されたレタスを二玉丸々千切っていく。
五人分な上に腹ぺこ男子高校生三人なのでたっぷりめ。
真昼も男子高校生の食欲が侮れないのは承知の上らしく、他の野菜もたっぷりと用意していた。まあ、これは栄養をとってほしいという彼女らしい願いが込められているというのもあるが。
「……無意識にあれなんだからすごいよなあ」
「ねー」
「色んな意味で出る幕ないなあ」
せっせとレタスを千切ってはボウルに突っ込んでいく周に、後ろでそんな声が向けられた気がした。
五人分の料理が、テーブルの上に並んでいく。
サラダはもちろんの事ローストビーフもたっぷりと用意されていて、男子高校生三人でも満足のいく量がある。コーンポタージュは量的におかわり自由なくらいにはあった。
ちなみにパンとご飯どちらがいいかという事前アンケートでご飯になっていて、こちらもおかわり自由である。米派の周には嬉しい仕様だった。
「どうぞ召し上がってください」
いつもより天使寄りの笑顔で皆に料理を進める真昼に、四人は揃って手を合わせて感謝の言葉を口にして料理に手をつけた。
「うめー」
早速とローストビーフを口に運んで声をあげる樹に、真昼も安堵したように微笑む。
「美味しいよ椎名さん」
「ありがとうございます。といっても、あまり味付けはないので料理の腕はほとんど関係ないんですけどね」
「また謙遜を」
謙虚だなあ、とからから笑って空腹からか勢いよく食べ出す樹に苦笑する。
千歳もにこにこしながら「おいしー」とがっつりお肉を食べている。その勢いは樹に負けず劣らずで、取り分けられたローストビーフがどんどん消えていく。
門脇は落ち着いた様子で食べているので、彼らも門脇を見習ってほしいところである。
周も彼らに遅れて、ローストビーフを口にする。
ローストビーフは加熱しすぎてもしなさすぎてもよくないが、このローストビーフはほどよい塩梅で火が通っていて、柔らかくしっとりとしている。
パサつきはほとんど感じられず、肉の旨味も逃げていないので噛む度に旨味が口の中に溢れた。
(やっぱ肉はうまい)
男子高校生にしては肉が好きというほどではない周でも、これはやはり美味しい。というよりは真昼の料理は何でも好きだし美味しいというのが大きいが。
ほう、と幸せのため息をついて、頬を緩める。
「椎名さんってやっぱり料理も上手なんだね。お弁当見てたけどいつも美味しそうだったから」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「俺は料理出来ないからさ、大学とかで一人暮らしする事考えると憂鬱だよ」
「……料理が出来ないのに一人暮らししてる人も居ますよ?」
「俺の事言ってるんだな」
遠回しに責められている気がしたが、事実であるし文句は言えない。
むしろ真昼には土下座してしかるべきなほどお世話になっているので、これくらいは言われて当然である。
「いや、俺が至らないのは事実だし本当に毎日ありがたいと思ってます」
「べ、別に責めてません。その、周くんに料理作るの、嫌じゃないですし」
「そうか? よかった」
これで嫌だとか言われたらもう立ち直れなかっただろう。そう言われるとも思ってなかったのはあったが。
「なんというか、本当に椎名さんって尽くすタイプというか。いいお嫁さんになりそう」
「おっ、お嫁さん……」
「ゆーちゃんいいこと言うー」
門脇をなんとも可愛らしいあだ名で呼んだ千歳が続く。
「まひるんはお嫁修行要らなさそうだもんね」
「むしろお前が真昼のところに嫁修行にくるレベルだな」
「それはそれで美味しいけどねえ、お馬さんがねえ」
「馬?」
「うんにゃ、何でもなーい。まあまひるんには料理教えてもらうだけでも充分だからね。よろしくねまひるん」
何か含みのある笑みで真昼を見つめた千歳に、真昼は微妙に居心地悪そうに肩を縮めてうっすら頬を染めた。