89 カラオケと練習
「さて、一昨日の事についてちょっと聞かせてもらいたいかな」
真昼とのお出かけから二日。
樹と門脇の三人でカラオケに行く約束の日、集まって予約していた部屋に入って早々に門脇の笑顔が向けられた。
門脇からの追及は覚悟していたのだが、やはり改まって聞かれると気まずさが大きい。
ちなみに樹は門脇から聞いていたらしく「あーあ、ばれてら」といった顔を浮かべていた。ただし、愉快そうな表情も隠していない。
セルフサービスでついできたメロンソーダを一旦口にして喉を潤してから、仕方なく口を開く。
「……別に大した関係じゃないよ。樹と千歳は不測の事態で知っていたが、俺と真昼は隣に住んでる。これは本当に偶然だ。そこでまあちょっとした事がきっかけで仲良くなったっつーか」
「仲良くなって二人きりで出掛けたと」
「まあ」
客観的に見れば、単なる知り合いにはまず収まらないだろう。よくて友人、下手をすれば恋人にも見える。
周としては、真昼の名誉のためにもきっちり否定しておきたい。
「門脇が思ってるような仲じゃないよ」
「藤宮が言うようなものでもない気がするんだけど」
「あのなあ」
「仲良くどころじゃ済まないんだけどな、周達の状態。椎名さんに毎日ご飯作りにきてもらってるのにな」
「え?」
爆弾を落としてくれた樹に頬をひきつらせ、樹を睨む。
「樹」
「その内バレるだろうし早めに言っておいた方がいいだろ」
そう言われればそうなのかもしれないが、いきなり真昼の手料理を毎日食べているなんて情報を与えたら、まず勘違いするに決まっている。
「……通い妻?」
「違う。一人暮らしだから食費折半で二人分作った方が都合がいいだけだ」
「だ、そうだ」
「説得力ない……」
「門脇まで……」
決して、真昼と恋仲ではないのだが、門脇が呆れたようにこちらを見てくるので微妙に自信がなくなってくる。いや、元から自分にそう自信はないのだが。
「普通、女の子はよく思っていない相手の側に行こうとしないし、安心出来る相手じゃないと男の部屋には入らないよ。女の子から襲おうとするならともかく」
何だか微妙に経験が混じったような付け足しだったので門脇の女性に対する苦手意識がどれだけのものか気になったが、言っている事は間違ってもいないので否定しきれなかった。
女子、特に真昼は警戒心が高いので、男性に自ら近寄る事はない。周が結果論ではあるが近付けたのも奇跡に近い。ある意味で特別扱いされているのも自覚がある。
ただ、異性として好かれている、なんて思えるほど、周は自分に魅力があるとは思えない。あまりに真昼が近くて純粋に信頼を寄せてくるのも、一種の依存のようなものだと思えて仕方がないのだ。
「……藤宮って変に自信ないし意固地な時あるよな」
「それな」
樹と門脇が揃って呆れた眼差しを向けてくるので、非常に居心地が悪かった。
「で、結局藤宮って椎名さんの事好きなのか」
ごまかすようにメロンソーダを口に流したのを見計らって門脇がとんでもない一言で刺してきたので、周は危うく吹き出しかけた。
「……何だよ急に」
「いや、警戒心の高そうな藤宮が一緒に居るんだから、多少なり好意はあるよなあと。というか、視線とか雰囲気が好きって物語ってる気がする」
「……好きじゃ悪いのかよ」
門脇は本当に人をよく見ている、と苦々しく思いながらも素直に頷けば、何故か苦笑いを向けられた。
「いや、悪くはないけど……うーん、大変そうだなあ色々」
「別に真昼と付き合えるとか思ってない」
「うんうん分かってなさそうなところがまたね。樹も見守ってきたんだなあ」
「まあなあ。背中蹴りたくなる」
「分かる」
「分かり合うなよそこで……」
背中蹴りたくなるというのに同意をする門脇がよく分からなかった。
「いやだってなあ、焦れったい。もっと押してほしい」
「無理言うなよ」
「いやいや、椎名さんはお前に気を許してるんだ。押せば陥落する」
「真昼は確かに俺をある程度好ましく思ってくれてるだろうけどさ。……真昼のは、好きというか、多分ある種の依存なんじゃないかな」
樹はあっさりと言ってくれるが、そう簡単に行く訳がないだろう。
そもそも、真昼に親愛を向けられている事自体は、自覚している。どの男よりも大切に思われている、までは認めよう。
ただ、それが異性としての好意だとは思えない。
異性としての好意というよりは、全てを知る相手として信頼して依存しているというのが近いのではないだろうか。
「お前、あの眼差しを見てよくそんな事言えるよな」
「俺の本体のどこに魅力があるんだよ」
そう反論すれば、樹に思い切り背中を叩かれた。
「……いてえ」
「叩いたのは悪いと思ってるが、ほんっっっとに、お前って自分に自信ないというか。肝心なところで及び腰っつーか逃げ腰になるよな」
「……そんな事言われてもな。癖なんだから仕方ない」
「その癖は直すべきだろ。自己否定が強すぎる」
「それ真昼にもよく言われる」
「……椎名さん苦労してるな……」
「見てるオレらも苦労するぞ。こいつそういうところは頑固だし」
「うるせえな」
寄ってたかって言われるとこちらが悪いように思えてくる。
こればかりは性格なので仕方ないし、直そうとしてもそう簡単に直るものではないのだ。忌々しい思い出は易々と消える事はない。忘れようにも、まだ時はそう経っていないのだから。
自分でも情けないくらいにはへたれていると分かりつつも、どうしようもなかった。
「まあ、オレは周がそれでいいって言うなら無理強いは出来ないけどさ。椎名さんが好きで交際したいならもっと押せよ」
「……俺にそれが出来るとでも?」
「へたれめ」
「うっせ」
「まあまあ。でも、藤宮はもう少し自信持ってもいいと思うよ。ほんと、学校でも一昨日の格好してたらモテるだろうに。練習でもしとく?」
「練習?」
「椎名さんの前で出来るし、俺の前に出ても平気だったんなら、親しい人間の前でならちょっとずつ出来るって事だろ。折角休日に遊んでるんだから、な?」
「……つまり?」
「なんとここにワックスがあります」
すっ、と鞄の中から男の身だしなみセットが取り出される。
門脇と目が合えば、とてもにこやかに微笑まれた。流石王子様と言ったお綺麗なスマイルであったが、悪寒がした。
「な?」
「いや遠慮して」
「まあまあ遠慮すんなよ」
「待て、そんな事よりカラオケしよう。ここはカラオケだし、な?」
「そうだなあ。じゃあ俺歌ってるから樹任せた」
「任された」
「冗談だろ……?」
恐る恐る問いかけても爽やかな笑みを返されるだけ。
「まあ、嫌ならしなくてもいいけど……周の場合、そろそろ人目に慣れた方がいいから荒療治しよう」
「おいこら……うわっ」
樹が櫛とワックス手ににんまり笑うので周は後ろに後ずさろうとしたが、カラオケルームに逃げるスペースなどある訳がない。
門脇がにこにこしながら歌う準備をしているのを傍目に、周は樹の手によって髪を弄られるのであった。
レビュー二件いただきました、ありがとうございます(´∀`*)