86 天使様とゲームセンター
「……ここがゲームセンター」
ウインドウショッピング……というには服を買ってしまったので、正しくは普通のショッピングをした後、周は真昼を伴っていつものゲームセンターに寄っていた。
もうあとは帰るだけなのでゆったり出来る。
「すごく音が大きいです」
「あーゲーセンは大体そうだな」
真昼がやや眉を寄せているが、慣れない人間にはこのゲームセンター独特の雑多な音が耳障りになってしまうだろう。周はもう慣れているので平気なのだが。
スロットやアーケードゲームの側は更にうるさいので、その辺りは避けつつ真昼を伴ってゆっくりと歩く。
「で、何するんだ?」
「私もクレーンゲームしてみたいです。ぬいぐるみとか取ってみたいです」
お目当てはクレーンゲームらしく、周が連れていったクレーンゲームコーナーを見て興奮したようにそわそわと手を握ったり緩めたりしている。
ゴールデンウィークとの事で入荷数も多め、ファミリー向けに可愛らしいぬいぐるみも多く仕入れられているので、真昼が好きそうなぬいぐるみもたくさんあった。
「……周くん、あれ取りたいです」
「ん、どれだ?」
「あれです。あの猫の……シルクちゃんに似てませんか?」
真昼が指差したのは白い体毛に顔の付近が焦げ茶の毛並みの猫だ。青い瞳の感じは確かに猫カフェで出会ったシルクに似ているだろう。
真昼に最初挨拶したシルクそっくりで、真昼も気になるようだ。
「確かに似てるな。取りたいのか?」
「取りたいです。チャレンジしてもいいですか?」
「ん。このゲーセン取りやすいとは思うけど、取れなかったら俺が取るし」
「手を煩わせないように頑張ります」
気合い十分でクレーンゲームに挑み出す真昼を、周はひとまず見守る事にした。
周が手を出すと簡単に取れてしまうのだが、これは真昼が取りたがっているし本人の自主性とチャレンジ精神を優先した方がいいだろう。
硬貨を入れて最初の横に移動するボタンをおそるおそる一瞬触って、様子見している。慎重な真昼らしく、どのくらい押していたら移動するのか確認しようとしていたのだろう。
ただ、このタイプのクレーンゲームは一度離してしまうと縦移動に切り替わってしまうのだが。
「あっ、あれ、動きません」
「すまん、言い忘れてたが一度離すと縦移動になるからチャンスは一度きりなんだ」
「えっ、じゃあこれ……」
「何があってもぬいぐるみまで届かんな」
今のぬいぐるみの位置は空いたスペースの中央。
対して今のアームの位置は落とすスペースから僅かに移動しただけで、残すは縦移動のみ。どうあがいてもぬいぐるみに掠める事も出来ないだろう。
全方向に動くレバーを使ってキャッチするものなら時間制限タイプもあるのだが、こちらはボタン式なのでもう後戻り出来ないのだ。初めてクレーンゲームをした人間がよく通る道なので、致し方ないものがある。
「まあ百円無駄になってしまったが、まだ縦移動があるからそれで移動速度とかボタンを離した時のラグを感じて次に活かそうか」
「むむ……そうします。不注意な私が悪かったです」
そう言って大真面目にアームを動かして、スピードを確認している。
流石に今回のはこちらの注意が足りなかったのでそっとコインを入れると真昼に不服げに見られたが、周が「いいから」と背中をぽんと叩いて促せば渋々クレーンゲームに戻っていた。
一応移動速度は把握したのか、今度は横のラインはぬいぐるみの位置に合わせる事が出来ていた。
多少中心からずれているものの、縦軸の場所次第では取れなくはない。全部中央で捉えずとも重心やアームの力のかかり方、力が抜けるタイミングを考慮すれば落とせる。
初心者なのに割とうまく捉えてるなあ、と感心しつつ真昼を見守る。
縦軸は慎重に移動させてなんとかぬいぐるみの上にアームを移動させてぬいぐるみをアームで持ち上げようとしていた。
狙いはよかったが、微妙に縦長の製品なのでアームが強かろうと直ぐに重心が移動して落ちてしまう。
「むむ」
「惜しいな。これはそのものを持ち上げるよりアームの片側で動かしたり重心を利用して転がした方が取りやすいよ」
幸い落とすスペースの仕切りはそう高さがある訳ではないので、転がして行けば落ちるだろう。
真昼の瞳がぱちりと瞬いて、それから素直に言われた通りに実行し出す。
真昼のいいところは、ムキになったり頑なになったりせずに素直にアドバイスを受けるところだろう。
アームの位置とぬいぐるみの重心を考えて「ここはこうして……頭で転がして……」と試行錯誤を重ねている。
ガラスにうつる表情は真剣そのもので、真昼にばれないように小さく笑う。
数回の硬貨を投入してしばらくすれば、真昼がぬいぐるみをアームで落とすスペースに転がした。
あ、という小さな呟きと同時に、取り出し口の前にぽてんとぬいぐるみが落ちる。
一瞬の沈黙の後、真昼は少し呆けたように周を見上げた。
「……落ちました」
「ん、お疲れ様。……ほら、お前が頑張った証」
悪戦苦闘して手に入れたぬいぐるみを取り出して真昼に差し出せば、ようやく取った事実を実感してきたらしく、みるみるうちに端整な美貌が歓喜を滲ませていく。
「と、取れました。取れました周くん」
「やったな。初めてだろうけど上手かったぞ」
えらいな、と頭を撫でるとくすぐったそうに瞳を細めて受け取ったシルクに似たぬいぐるみを抱き締める。
自分で取った事に喜びもひとしおのようで、ぬいぐるみに頬をすりよせて満足そうに微笑んでいた。
あどけない笑みでぎゅうっと抱き締められているぬいぐるみが少し羨ましいと思ってしまった辺り、最近自制が効いていない気がする。
真昼はご満悦の表情でぬいぐるみを抱えていたものの、ふと周の方を見ておずおずとぬいぐるみを向ける。
「……その、これ、受け取ってくれますか?」
「え、俺?」
「前にもらいましたし、その、何だかシルクちゃん気に入ってたから……」
それは猫が好きというのもあったが、特に真昼に似ていて可愛かったから、とは言えずに頬をかいて頷く。
「……お、男の人だから、やっぱりぬいぐるみは要らないですか……?」
「いや、そうじゃなくてさ。真昼があんなに頑張って取ったのに、俺がもらっていいのかと」
「周くんのために頑張ったというか、いえそんな押し付けがましい事言いたい訳ではなくてっ、周くんがシルクちゃんみたいで気に入るかなって思ったから……」
要らないなら私の部屋に飾りますけど、とちょっとだけしょげたように肩を落として不安げに見上げられて、断れる訳がない。
「じゃあ、もらって部屋に飾るわ。流石に真昼みたいに枕元には置かないというか置けないけど」
「そ、それは忘れてほしいというか……」
「大切にするよ」
真昼から丁重にぬいぐるみを受け取って、側にあったプライズ持ち帰り用の袋を一枚取って、中に入れる。
途端に嬉しそうに微笑んだ真昼に、周がもう一度手を伸ばそうとして――。
「あれ、椎名さん?」
横から声をかけられて、固まる。
真昼も同じように固まって、揃ってぎこちなく声の方向を向くと、最近見慣れてきたあどけなさと凛々しさを合わせたような、端整な顔立ちの青年……門脇が、立っていた。
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