84 天使様の意外な弱点
結局微妙に真昼が拗ねた原因は分からなかったが、猫達と遊んでいる内にいつの間にか機嫌が直ったらしく笑顔を向けてくれるようになった。
途中から周そっちのけで猫に首ったけになっており周は苦笑して見守っていたのだが、猫達が何故か周の膝を陣取り出したのだ。
その様子を見てまたも拗ねさせてしまったものの、シルクが仕方ないなあと言わんばかりに真昼の腿に乗って事なきを得た。
割と猫に好かれるのか、猫を可愛がっていたらおやつも与えていないのに他の猫に群がられる事態に陥ったという貴重な体験をして、猫満喫タイムを終える事になった。
互いにコロコロで猫の毛を取ったり手洗いをしたりしつつ、真昼が手を洗っている隙に会計を終えてしまえば不満げな顔で見られる。
「何でそんな顔してるんだ」
「そういう気遣いしなくていいのですけど」
「気遣いじゃなくて自己満足だから安心しろ」
こっちが勝手に払っているのだから、気にする必要はない。
「むしろこっちとしては、一人で入りにくい猫カフェについてきてもらった、という事で感謝してるくらいだし。な?」
「……でも」
「こういう時は甘えとくもんだぞ。納得いかないなら……そうだな、また今度一緒に来てもらうって事でチャラはどうだ?」
「……それ、私は得しかしてませんよ?」
「俺も得だからウィンウィンだな」
問題ないな、と笑えば、真昼はきゅっと唇を結んで周の二の腕に頭突きして、改めて周の手を握り返した。
あらかじめ選んでおいた評判の良さそうなレストランで昼食を済ませて、周達はショッピングモールにやって来た。
ちなみに評判のレストランだが、やはり評判に違わぬ美味しさであった。ただ、好みの問題でいえば真昼の料理に軍配が上がるので、やっぱり真昼の料理が一番だと再認識する。
ゴールデンウィークという事だけあって平日と比べて客の数がかなり多いので、真昼の手をしっかりと握りつつ一度壁際に寄って、これからの予定を決める事にした。
「そういえば、ショッピングモールで何する? 買い物って言ってたけど何か買いたいもんあるのか?」
「こ、これといってないですけど、その、一緒に見て回るのとか楽しそうだなって……だ、駄目ですか?」
「いやいいよ。俺は割とウインドウショッピングとか平気だし」
実家では母親に連れ回される事が多かったし、家族でのんびり見て回るという事も多かったので、男性が割と苦痛に思うような事には耐性がある。
それに、真昼が見たいものを見るというのも、悪くない。
「何から見たいんだ? 雑貨とか服とかインテリアとか色々あるけど」
この大型ショッピングモールは数えきれないほどの服飾店や飲食店、雑貨屋、アミューズメント施設などが併設されていて、一日では回りきれないくらいには広く多様な店が入っている。
流石に全部を見て回るというのは無理なので、行きたいところをある程度絞らなければならないのだ。
「じゃあ……服からでいいですか?」
「いいよ。新しい服でも買うのか?」
「いいのがあったら買いたいですね。今年の夏物も出てますし、新しいの買いたいなって」
「夏かー……早いもんだな」
やや汗ばむような季節になりかけているものの、それでもまだまだ暖かな陽気が降り注ぐ程度の季節なので、夏物は気が早いと思ってしまう。
シーズンを先取りするのが基本とはいえ、やはり春気分が抜けない。
「今年の夏は……あー、真昼はうちに一緒に行く……のか?」
「え、は、はい。周くんや志保子さん達がよければ、ですけど」
以前帰省ついでに真昼も一緒に実家に来てみるか、という話は覚えていたらしく、こくこくと頷いている。
「あの後母さんに一度聞いてみたけど是非だってさ。予想はしてたけどな」
確認しなくても承諾してくれそうだったが、部屋の用意とかもあるので一応確認したところ「大歓迎よ!」との事なので、今年の夏は真昼と一緒に実家に帰る事になるだろう。
「まあ、俺の地元って大したところじゃないけどな。レジャー施設とかは割と多いかもしれんが」
「そうなんですか?」
「母さんが連れ回す先に困らない程度には色々ある。こういったショッピングモールとか、ばかでかい自然公園とか、無駄に規模のあるウォーターランドとか」
都会過ぎず田舎過ぎず、といったほどよい立地なので、夏も冬も退屈しないのが地元だ。退屈というか連れ回されて暇すらない事もあったので、時間潰しは割とある方だ。
夏ならウォーターランドが開いているのでスライダーに乗ったりゆったり泳ぐというのが中々に気持ちよかったりする。
「うちの学校、水泳は選択だから取ってないと泳ぐ機会ないし、夏に帰ったらプールで泳ぐのも良いかもな……真昼?」
「い、いえ、なんでも……」
「ああ、安心しろ。水着見たいとか不埒な事は考えてないぞ? 嫌なら俺一人で行くし」
「そ、そういう誤解はしていないんですけどっ。ぷ、プールかぁ、と」
「なんか問題あったか?」
夏場にプールは定番だと思うし、変な事はないと思っていたのだが、真昼が微妙にぎこちなさそうな動きで首を振る。
「そ、の……えっと」
「ん?」
「お、泳がないでいいなら、その……行く事も検討するというか……」
「……もしかして、泳げない系?」
目を露骨に逸らされた。
どうやら図星だったらしい。
「……俺、お前なんでも出来ると思ってた」
「そ、そんな事はないですっ。水泳は選択だから誰にも言わずに済むと思ってたのに……」
どんどん顔が赤らむのは、羞恥によるものだろう。
「なんつーか意外というか……」
「もっ、もういいじゃないですか泳ぎについては。ほら、行きましょうっ」
あまり泳げない事に触れて欲しくないらしく、すっかり赤くなった顔で真昼が手を引く。引くというか、腕に体を密着させてぐいぐいと抱き締めるように引っ張っていた。
本人は話を逸らしたいから強引にウインドウショッピングに出発しようとしているのは分かるのだが、いかんせん体勢がよろしくなかった。
少しずつ暑くなってきた季節に合わせているので、どうしても服の生地は薄くなる。
今回の真昼のシフォンブラウスは見た目の軽やかさに伴って、当然生地も薄め。おまけに今回はデコルテ部分が綺麗に見える広めの襟ぐりで、中のインナーに大部分隠れているとはいえ、周の角度からだときゅっと寄ったそれが見えるし当たる。
しかしそれを指摘したら今度はゆだって逃亡しそうな気がしたので、敢えて何も言わずにやんわりと真昼の体から腕をほどきつつ手をしっかりと握る。
もう少し柔らかいものを素直に堪能出来たなら苦労しないのだが、罪悪感が先に立ってしまうあたり自分は意気地なしのへたれ野郎なんだろうな、と苦笑した。
「分かった分かった。走るなよ、転ぶから」
「……子供ではないです」
周の動揺を知らない真昼がそっぽ向いたのをいい事に、周も少しだけ彼女の視線から逃れるように外側を向く。
未だに腕にほんのりと残っている柔らかさの残滓を必死に頭から追い出して、周は真昼に聞こえないようにそっとため息をついた。
レビュー一件いただきました、ありがとうございます(´ワ`*)