80 天使様のいたずら
おまけ。
「……その、ごめんなさい」
千歳が帰った後、真昼が唐突に謝った。
何故謝られたのかも分からずに目を丸くして隣に座る真昼を見たら、もじもじと身を縮めて申し訳なさそうに眉尻を下げている。
「……悪戯の、事」
「悪戯?」
「千歳さんは、周くんに何もしてませんけど……その、私が」
「え、真昼が?」
確かに千歳本人は何もしていないと言ったし、真昼は千歳は何もしていないと言った。真昼自身がしていないとは一言も言っていない。
周としては真昼がこっちに何かするなんて全く考慮してなくて無意識に除外していたのだが、どうやらその真昼が何かしたらしい。
罪悪感で白状してしまったらしく、微妙に居たたまれなさそうだった。
「何したんだ」
「その、ほっぺぷにぷにを……」
「……それ悪戯の範疇に入るのか」
「そ、それから、周くんの寝顔眺めたり周くんの髪をもふもふしたりしました」
「真昼それ好きだよな」
「……は、はい」
「それだけ?」
「……はい」
しゅん、と反省の見える態度を取っているが、それ悪戯じゃないと突っ込んでやりたい。
真昼がしたのは、悪戯というかただのスキンシップだろう。
それが悪戯なら周は真昼に悪戯を仕掛けている事になるので、悪戯判定されても困る。
「別に怒んないよ。まあ真昼が楽しいならそれでいいんじゃねえのか、俺が人前で寝たのが迂闊だっただけだし」
「あ、ありがとうございます……」
「まあこんなやつの寝顔眺めても楽しくないとは思うんだが……」
「……可愛かったですよ?」
「男の寝顔に可愛いと言うのはお前だけだよ」
「そんな事ないです。千歳さんだって言ってました」
「それは確実にからかいの意味でだぞ……」
千歳については絶対に面白がって可愛いと口にしている。
真昼が思う可愛いとは別なので、あまり信用しないでほしい。
「……可愛くて、つい」
「つい?」
「いっぱいぷにぷにしてしまって」
「男の頬つついても楽しいもんなのかねえ」
「楽しいですよ?」
周自身からすれば、頬は女子と比べて固いしつついてもそう楽しいものではない。
真昼が何に楽しみを見いだしたのかは分からないが、つつく行為そのものが楽しいなら文句は言えない。
「まあ気持ちは分からんでもない。お前のほっぺもぷにぷにしてて触り心地いいし」
真昼いわく悪戯な事を、本人にも仕掛ける。
といっても、あんまり遠慮なしに触るのも問題なので控えめに指先で柔らかな頬をつついた。
真昼の頬はやはり女子特有の柔らかさがあり、ふにふにもちもちといった感触だ。無駄な肉はないが、肉質そのものが柔らかいと言えばいいのか。
肌は手入ればっちりなので滑らかで瑞々しく、触れるだけで楽しさを覚えるくらいに触り心地がよかった。
真昼が触ったならこっちも触っていいのではないだろうか、なんて自分に言い訳をしつつ、真昼の頬を軽くつまんだ。
うに、と柔らかく伸びる頬。
真昼がちょっぴり不満げに見上げてくるので、流石にやりすぎはよくないので宥めるためにそっと指の腹で撫でる。
そう、ちょうど子猫に触る時のように、優しく丁寧に。
「……ん」
すぐに不満げな顔は収まって、ふやっと何かを含んだようにふやけた笑みが浮かぶ。
たっぷりと含まれたのは蜜なのか、甘さを帯びた笑顔だった。
(……ほんとゆるゆるというか)
男に触られてこの笑顔を浮かべる真昼の緩さが心配になったが、そもそも真昼は男に体を触らせない、という事実に思い至って少し気恥ずかしくなる。
ある程度特別に扱われているんだ、と実感して、ソファの背もたれに頭をぶつけたくなった。
色々なもどかしさや衝動をごまかすために真昼の顎の下に手を伸ばして、今度は本当に猫を撫でるようにもしょもしょと指を動かせば「ひゃっ」と小さく声が上がった。
「……な、なんですか」
「猫カフェ行った時の練習」
「人間にしてどうするんですか……」
「真昼は猫っぽいから。でも犬っぽくてうさぎっぽい」
「どういう事なんですか……」
「そういう事だ」
最近分かってきたが、真昼は猫と犬と僅かなうさぎ要素を足して三で割ったような雰囲気がある。
知り合った最初はまんま警戒心の強い猫だったのだが、親しくなるにつれて犬のように人懐っこい……とまではいかないが、懐いた人間には笑顔を見せてついてきてくれるような面を見せてくれるようになった。
うさぎは、なんとなく周の中でうさぎには寂しがりなイメージがあったから追加しただけなのだが。
可愛がりたくなるんだよなあ、と本人が嫌がらないのを良い事に顎の下を撫でていたら、真昼が「頭の方がいいのに」と小さくこぼしたので、素直に頭を撫でてやる。
こういうところが犬っぽいのだとは、あえて言わなかった。
「……私が猫と犬とうさぎ……じゃあ、周くんは狼です」
「そんなに俺、女に襲いかかってる風か……?」
「そ、そういう意味じゃなくて。狼は仲間思いだそうですよ。群れの仲間をすごく大切にするそうです。まあ群れは基本家族で形成されてるらしいのでそういった意味では違いますけど、周くんは、一度懐に入れた人はすごく大切にしてるから」
「……まあ、そうなのかもしれんが」
周の交友範囲は、狭い。仲がよいと言える人間は両手で数えられるほどだ。
ただ、その仲良くしている人間には出来るだけよくしたいし、大切にしたいと思っている。その面を狼と言われたら、まあ否定をする事は出来ないのかもしれない。
「そ、それに……そうあって欲しいというか」
「そうあって欲しい?」
「……いえ、なんでもないですよ。気にしないでください。えっと、髪ももふもふしてるから狼っぽいです」
「それ狼要素じゃない」
何か別の事を言おうとしてやめたらしい真昼が周の髪を触るので、周は追及はせず真昼の好きなように髪を触らせた。
レビュー一件いただきました、ありがとうございます(*´꒳`*)
狼はつがいを生涯大事にするらしいですよ(lヮl)