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79 天使様と小悪魔さん

 気が付けば、甘い匂いが近くにあった。


 嗅ぎ慣れているといえば慣れている、なんとも言えないミルクのような、それでいて花のような甘い香りは非常に心地のよいもので、ついついたっぷりと吸い込んでしまう。


 ぼんやりとした意識でその匂いの元に顔を寄せれば、温もりを帯びたほんのりと柔らかい感触が伝わってくる。

 触れるだけで落ち着くような人肌のそれを堪能しようともっと頬ですり寄ると、もぞりと振動が伝わってきた。


「……あ、あの、くすぐったいのですが……」


 困惑が混じったか細い声がすぐ側で聞こえて、ぽんぽんと腿が叩かれる。

 ぼんやりとした意識が引き上げられるように急速に浮上して、重たいまぶたをこじ開けると……視界には、滑らかな乳白色が広がっている。


 恐る恐る顔を上げると、真昼の困ったような、照れたような、そんな顔が至近距離にある。


「……真昼?」

「はい」

「……おはよう」

「おはようございます……というかもうこんにちは、の時間ですけど」


 ほら、と棚に載せてあるデジタル時計を見ると、正午を過ぎていた。

 どうやらかなり寝ていたらしい、と気付いたのはよいが、何故真昼が側に居るのだろうか。


「隣に座ったらもたれかかってきたんですよ」


 周の疑問に答えるように告げる真昼の頬は、ほんのりと赤みを帯びている。


 どうやら真昼の肩付近に顔を埋めてしまっていたようだ。今日の服はやや襟ぐりが広く肌が覗いており、そこに顔を突っ込んだらしい。

 下手したらセクハラ案件なので怒るなら怒って欲しいのだが、真昼は怒るというよりは恥ずかしそうに瞳を伏せているだけだった。


 むしろ怒ってほしいのにそういう反応をされると非常に困る。許されているみたいで居心地が悪い。


「その、ごめん。不快だったよな」

「い、いえそんな事は!」

「むしろまひるんは『周くんが寝ぼけて甘えてる』って受け止めてたけど」

「千歳さん!」


 どうやら少し離れた位置で眺めていたらしい千歳がにこにこ、否、にやにやと笑って付け足すので、真昼の頬が更に赤くなっていた。


「いつの間に名前で呼び合うようになったんだろうねえ、二人とも」

「……千歳」

「睨まないでよ。迂闊だったのは君もだよ?」


 そう言われたら黙るしかない。

 寝ぼけて気が抜けて、千歳がいるのに真昼と呼んでしまったのは周の落ち度だろう。


「まあ、まひるんから聞いてて名前呼び知ってたんだけどね」

「お前な」

「ご、ごめんなさい」

「違う、責めたのは真昼じゃない」


 うっかり洩らした事を責められたのだと勘違いしてる真昼に慌てて首を振ると、千歳がくすくすと楽しそうに笑いだす。


「別に私としてはまひるんと周が仲良さそうで何よりだなーって思うだけだよ? 悪い事じゃないじゃん」

「お前は邪推が激しいんだよ。お前が思ってるようなものではない」

「ふーん?」

「なんだよ」

「ううん、べつにぃーなんでもなーい」


 何でもないと言う割には何か言いたげなのだが、言葉で表すつもりはないようで肩をすくめていた。

 こうなると問い詰めても無駄なので、彼女に聞くのは諦めておく。


 隣の真昼はというと、微妙に眉尻を下げていた。


「……真昼?」

「え、いえなんでもないですよ」


 声をかけたら我に返ったように慌てて笑顔を浮かべて首を振るので、これまた追及出来ずに唇を閉ざすしかなかった。


「……で、ちゃんとお昼ご飯出来たけど食べるんでしょ?」

「食べるけど、ほんと気付かぬ内に昼になってたな……」

「ぐうすか寝てたから、途中で寝顔眺めて遊ぶくらいには時間あったよ?」

「……悪戯はしてないだろうな」

「悪戯はしてないよー」


 悪戯()していない、と言われても、あまり信用が出来ないのは、千歳の日頃の行いのせいだろう。


「どうしたんだい少年よ」

「悪戯以外ではなんかしたんだな」

「別にー? 私何もしてないもーん」

「ほんとかよ。真昼、こいつなにもしてないよな」


 確認のために真昼を見やるが、真昼は急に話を振られて困ったのかへにょんと眉尻を下げて苦笑を浮かべる。


「千歳さんはなにもしていませんけど……」

「そうか。してたら両こめかみをぐりぐりしてやろうと思ったんだが」

「暴力はんたーい!」


 そう言いつつもけらけら笑っている千歳に、呆れながらため息をついた。




 ようやく、というには周は寝ていたので時間経過を感じていないが、昼食となった。


 千歳も今回ばかりは真面目に作ったらしく、テーブルには綺麗に焼き上がったキッシュや濃厚な海老の匂いが漂うビスクが並んでいる。

 今回はワンプレートで盛り付けていたので、サラダやキッシュ、ビスクに海老のソテーと彩り豊かにまとまっていて、カフェで出されるようなランチに見えた。


「おおうまそう。……真昼、味は」

「大丈夫ですよ。変なものは入ってませんし味見しましたので」

「よかろう」

「どんだけ疑われてるの、もー。今日はちゃんと作りましたー」


 失礼しちゃう、とぷりぷり怒っているが、そう言って不意打ちしてくる事もしょっちゅうだったので半信半疑になるのは仕方ないだろう。

 今回は真昼監修なので安心して食べられる。


「あ、キッシュはまひるんのだよ。私はいっくんにあげる分作ったから」

「キッシュまるごと渡すのか……」

「手のひらサイズの小さめのだから大丈夫。えへへー、いっくん喜んでくれるかなあ」


 満面の笑みを浮かべている千歳を、真昼は微笑ましそうに眺めている。


 千歳は悪戯さえ仕込まなければ基本的には彼氏思いの少女なので、樹もいいやつを彼女にしたんだなと胸がほんわかと温かくなる。

 ただ度が過ぎる事があるので、彼女を信頼しきるのはちょっと危険なのだが。


 にこにこしている千歳に周も小さく笑って、目の前に用意されたプレートに向かって手を合わせる。


「じゃあいただきます」

「はいどーぞ。美味しく食べてねー」


 はにかんだ千歳は、やはりこいつも女の子なんだなと思わせるくらいに魅力的だった。

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