77 天使様とお出かけの約束
「そろそろゴールデンウィークがくるなあ」
棚に置いてあるカレンダーを眺めて、周は小さく呟いた。
四月は進級関連で忙しく、気が付けば終わりが近付いていて学生も社会人も心待ちにしているゴールデンウィークが側までやってきていた。
周は別に勉強は嫌いではないし学校に通うのも多少面倒ではあるが苦ではないので、そこまで喜ぶという訳ではない。
ただゆったりする時間が増えて楽だなあ、といったところである。
今年のゴールデンウィークは去年と違って真昼が居るので、そう退屈する事もないだろう。
既に休みの内一日は『まひるんによるお料理教室の毒味役』と千歳に予定をねじ込まれているので、退屈どころか賑やかで大変になりそうだった。
「また長い休みがきますね……」
「ん、嫌か?」
「嫌というより、どう時間を潰そうかと」
真昼もどうやら同じタイプらしい。
そもそも二人してインドア派なので、何か予定を入れているという事はない。
「まあ休みって嬉しいっちゃ嬉しいが、やる事ないとなあ」
勉強は日々の予習復習を怠っていなければ過不足なく出来るので、わざわざ休みまで勉強漬けをしたいとは思わない。
趣味の散歩や読書はこれをしたいと強く思う訳ではなくしたい時になんとなくするので予定には入らなかったりする。ゲームもそうなので、本当に予定がなかった。
「……周くんは、お暇なのですか」
「暇だな」
今のところ、お料理教室の毒味役の日と、樹と門脇とでカラオケに行く約束がある程度だ。休みは一週間はあるので、かなりの日が空いている。
まあ家でのんびりするかなー、とこぼしたところで、真昼がこちらをじいっと見上げてきている事に気付いた。
「どうかしたか?」
何か言いたげな真昼に視線を合わせると、真昼はテーブルの上に置いていたスマホに手を伸ばした。
正しく言えば、スマホケースに、だが。
真昼のスマホケースは手帳型でカード等をしまう場所があるのだが、そのカードをしまう場所からジッパーのついた小さなポリ袋を取り出していた。
中には折り畳まれた紙が数枚しまわれていて、その中の一枚を取り出した真昼は周にみせるように広げた。
懐かしい、と思うにはまだ時が経っていないが、一ヶ月と少し前に彼女に渡した『何でもいう事を聞く券』がそこにあった。
個人的には上手く描けたくまのイラストが載ったそれを差し出してきた真昼は、再びじっと周を見上げてくる。
「使っても、いいですか?」
「なんなりとお申し付けくださいな」
「……ゴールデンウィークに、周くんの一日をもらいます。お買い物とか、遊ぶのとか、したいです」
駄目ですか、とおずおずと問いかけてくる真昼に、周はそっと苦笑をこぼす。
「いや別にそれ使わなくても頼まれれば買い出しくらいついていくし」
おそらく例の男フォームでのお付き合いにはなるだろうが、頼まれればそれくらいは付き添うので、わざわざ券を使わなくたっていいと思っている。
むしろそんなささいな事にお願いの権利を使わなくてもいいのに、と笑ったのだが、真昼は真剣な眼差しで首を振った。
「使います。……その日は、何でも言う事聞いてもらいます」
「そ、そこまで言うならまあいいけど、何をさせるつもりなんだ……」
「……に、荷物持ちです」
「はいはい仰せのままに」
そんなに重い荷物を持たせるつもりなのか、と突っ込みたくなったものの、真昼がそこまで言うのなら頷いておく。
基本的にはインドア派な真昼も、たまにはお出かけを楽しみたいのだろうし、自分でよければいくらでも付き合うつもりだ。
それに、役得だろう。
まあまた例の男と噂にならなければいいのだが、とは思うが、それを恐れてどこにもいかないというのも味気ないだろう。
「で、どこ行くつもりなんだ」
「えっ、そ、それは決めてないですけど」
「決めてないのかよ……」
「……だって、周くんがどんなところ好きか、分からないですし……」
「え、俺?」
「……折角一緒にお出かけするなら、二人で楽しめるところがいいなって」
だめですか? と袖を掴まれて上目遣いに言われて駄目と言える人間が居る筈がなかった。
ぐ、と息をつまらせて視線を右往左往させたあと、くしゃりと髪をかき上げて小さく嘆息する。
「……俺は、真昼についていくつもりだったんだけどさあ。その、なら、行きたい場所がある」
一人では行き辛いが、一度行ってみたい場所があった。
「どこですか?」
「笑うなよ」
「笑いませんよ」
「……猫カフェ」
そう、可愛らしい猫がたくさん居るあの猫カフェだ。
周は動物が割と好きなのだが、流石にマンションで飼う事は出来ず、雑誌や人の飼っている動物を眺める事しか出来なかった。
一人でそういったカフェに行こうにも、男で一人突撃するのは周囲の目が恥ずかしくて今まで実行に移せなかったのだ。
真昼が居るなら、他人の目を気にする事なく行ける。別の意味で視線は飛んでくるだろうが、心置きなく入れる気がするのだ。
それに、真昼が猫と戯れている姿はさぞ可愛らしいだろう、なんてささやかな下心もあったりするが、流石にこれは口には出来なかった。
「……その、ふ、二人なら、恥ずかしくないかと思って。駄目か」
「い、いえそんな事は! じゃあ、その……一緒に、行きましょうか」
「……おう」
受け入れてくれた事がありがたくもあり、気恥ずかしくもあり。
微妙に頬に熱が宿り始めるのを感じながらもそれを押し隠した周は、そわそわしだした真昼に小さく笑う。
「そのあとはどうする?」
「そのあとは、一緒にお買い物して……あ、ゲームセンターに行ってみたいです。私、ああいうところ行った事なくて」
やはりというかお嬢様らしい真昼はゲームセンターも行った事がないらしく興味を示していたので、それなら勉強もかねて連れていってしまえばいい。
おそらく真昼の好きそうなぬいぐるみはまた入荷されているだろうし、一緒にとるのも楽しいだろう。
「ならそこでいいか。猫カフェ行って飯食って買い物してゲームセンター行って、って感じかな」
「はい」
一応当日のスケジュールがある程度決まってほっと一息ついていると、真昼が周に顔を見せるように上を向いた。
「楽しみですね」
そしてとろりと幸せが滲み出て生まれたようなはにかみを向けられて、息が止まりかけた。
「早く休みになってほしいです」
なんて事を呟いて心の底からそのお出かけを楽しみにしているらしい真昼が、甘い笑顔を浮かべて上機嫌にクッションを抱き締める。
しばらく呆けたようにその笑顔を見つめた周は、心臓がドッドッと強い音を立てるのを感じながら「……そうだな」と掠れた声で返した。
天使様の不意打ちは、非常に心臓に痛かった。
レビュー一件いただきました、ありがとうございます(´∀`*)