68 天使様と膝枕(オプションなし)
「まさか同じクラスになるとは思わなかったな」
夕食後、いつものようにソファに座って少しゆったりとした時間を過ごしていた時にそうこぼせば、隣に座る真昼は「そうですね」と穏やかに微笑んだ。
やはりというか少し距離が近いので周としては微妙にドキドキしているのだが、彼女にそういった様子はないので何とも思われていないらしい。
「私としては嬉しいですよ。千歳さんも居ますし」
「千歳が居たら賑やかになるなあ」
「そうですね。今年は楽しい一年になりそうです」
「俺としては非常にやかましいクラスになりそうだなって思ってるよ。天使様に王子様に樹と千歳のバカップルとよくも悪くも人目を惹くのが勢揃いだからな」
天使様も王子様も男女問わず人気だ。まあ同性に多少妬まれはしているのかもしれないが、それでも容姿と能力、人柄それぞれ優れているので、それを補ってあまりあるくらいには人気者だろう。
樹と千歳のカップルも、同学年では知らない人間は居ないであろうというくらいには有名だ。まあ大きな理由は校内でいちゃついてるから、というのもあるが、二人とも見目整っているため、人目を惹く。
加えてそれぞれクラスのムードメーカーのような立ち位置に居るため、二人は二人で生徒にウケがよかったりする。
彼ら彼女らが集まれば、当然周りも惹き付けられてクラスに集まってくるので、さぞ担任は胃が痛くなるだろう。挙げた四人の人柄には問題ないが、確実に騒がしいし彼らをめぐって起こる出来事を覚悟しなければならないのだから。
「……周くんは、嫌ですか?」
「嫌ではないよ。眺めてて楽しい」
「入ろうとは思わないのですか」
「俺か? 別に目立たず普通に過ごしたい。樹とはそりゃ話すだろうけど、お前とか門脇とはそう用事もない限り話さないだろ。それに、俺は外ではお前と接点ないからな、急に関わりだしたら色々と疑われるだろう」
まあ門脇辺りなら男子同士で話す事もあるかもしれないが、真昼は女子でそれも校内一の美少女だ。
急に話しかけて立場をわきまえない真昼狙いと周りに言われるのはいただけない。
なので、話しかけようとは思わない。
思わないのだが、真昼が唇を結んで不満げにしているので、どうしたものかと苦笑いが浮かぶ。
「なんで不機嫌なんだよ」
「……何でもないです」
何でもなくはないのだが、真昼が機嫌が悪いという事しか分からないので、とりあえず頭を撫でておいた。
「……頭撫でたら誤魔化せるとか思ってませんか?」
「……そんな事はないぞ?」
「でも嬉しいので今日のところは見逃してあげます」
「それはどうも」
どうやら多少のご機嫌は取れたらしい。
周が掌で優しく撫でると、ふやっと表情が甘い蜜を含んだように柔らかくなるので、直視しにくい。
幸せだと表情で語ってくれるので、嬉しいやら恥ずかしいやらで落ち着かなかった。
「お前、頭撫でられるの好きだよな」
最近知った事だが、真昼は周に頭を撫でられるのがいたくお気に入りのようだ。
「周くんの掌は、あたたかくて、落ち着きます」
「まあ体温は高い方だけどさ」
「……もっと触ってほしいです」
「そういう誤解されるような事言うなよ。はいはい、仰せのままに」
他の人間が聞けば確実に別の部位に手を伸ばしそうな危うい発言をしたので注意しつつ、真昼の頭を撫でた。
先にお風呂に入ったらしくなんだか非常にいいにおいがして正直胸の高鳴りを隠しきれないのだが、真昼に気取られないように丁寧に髪を梳かしてやる。
触る許可をもらっているのは今のところ自分だけだと思うと余計に胸が騒がしくなるのだが、彼女にはとても言えなかった。
頭を撫でていたら、真昼はややふやけた表情で時々くすぐったそうにしていたが、ふと周の顔を見て何やら思案し出す。
「……どうした」
「私も頭撫でてみたいです」
「男の頭撫でて何が楽しいんだ」
「楽しいです、多分。周くんに触るの楽しそうですし」
「おもちゃか俺は……触ってもいいけど、楽しいもんでもないぞ」
比較的髪の指通りはいいが、とても真昼ほどとは言えない。もっさりとした感触なのは否めないだろう。
それでも触りたいというのなら別に減るものでもないので拒む気もなく「どーぞ」と一旦撫でる手を止めたら、真昼は自分の腿を叩いた。
「……それは?」
「身長差と体勢的に周くんの首を痛めそうだったので。……まさか周くんが私にしたみたいにぎゅっとした方がよかったですか?」
「いや膝でいいです」
真昼が周を包み込もうとしたら周が母性の塊に顔を埋めないといけないので、流石に断るしかない。
ほんのちょっぴり、それは非常に魅力的な申し出だ、とは思ったが、言ったら軽蔑されそうなので黙っておいた。
そもそもここで断るべきだった。
だが、二択を迫られたのと、膝枕という男子の夢のような体勢をしてもらえるなんてこんな機会を逃せばないだろう、という欲求が理性を負かしてしまったので、つい受け入れてしまったのだ。
本当にいいのかと彼女を見ても促すようにぽんぽんとスカートの上から腿を叩くので、恐る恐るソファに横になりつつ真昼の腿に頭を乗せる。
真昼の腿は、細かったがほどよく柔らかい。
筋肉質という訳ではなくてしなやかといった風が近いだろう。布越しに分かる女性らしい柔らかさをしっかり残しつつ引き締まった脚の感触は、なんというか、とてもよかった。
おまけに甘い匂いがするし、たまらない。
これで上を向いたらおそらく絶景を拝めるのだろうが、それをやったらとても居たたまれなくなるので抑えておき、大人しく真昼から反対方向を向く。
真昼は周の動揺には気づいた様子はなく、小さな掌で周の髪に触れていた。
細い指が、髪を梳く。
指の腹が優しく地肌をなぞる感覚は、真昼が浮かべるようなふやけた笑みを浮かべるにはほど遠いが、口許を緩める程度には心地よい。なんというか、非常に眠りを誘うような心地よさだ。
周がするよりもずっと優しい手つきで髪を撫でて梳いて整えている真昼がどんな表情を浮かべているか分からないが、恐らく楽しそうにしているのだろう。
「千歳さんから膝枕は男子のロマンと聞いたのですが、いかがでしょうか」
「……千歳か余計なことを吹き込んだのは」
「どうですか?」
「とてもよいです」
千歳グッジョブと言いたいくらいにはいい思いをしているが、恥ずかしさがなくなる訳ではない。
このまま髪を触られていたら、確実に寝る。
ただでさえ新学年でクラス替え直後、恒例の自己紹介をさせられたり見知らぬ人間と話したりして精神的に疲れているのだ、こんな甘やかされたら爆睡する自信がある。
「そうですか。オプションが足りないから喜ぶか分からなかったのですが、喜んでいただけたなら結構です」
「……オプション?」
「耳掻きするとなおよし、と。今度用意してみます」
(あいつマジで何を教えてるんだ)
確実に要らない知識を教えている。
「い、いや、別にその、膝枕は」
「嫌ですか?」
「……嬉しいけど」
「ならよかった」
後ろなので見えないが、笑った気配がした。
髪を通る指が周の睡魔を誘うように優しく撫でてきて、周はもうどうにでもなれと押し寄せる心地よさに身を預けて瞳を閉じた。
(予定になかったのにいつの間にか膝枕してた)
レビュー一件いただきました、ありがとうございます(´∀`*)