66 天使様と近付いた距離
翌日の真昼は、いつも通りだった。
昨日の事から立ち直ったらしく、普段見せる表情で周の隣に座っている。苦痛の色はなく、至って平気そうな顔だ。
ただ、少し違うのは……少しだけ、真昼の距離が近くなった事だろうか。
以前は基本的に隣に座っていても拳二つ分ほど距離が空いていたのだが、今日の真昼は腕が触れ合うくらいの距離に居る。
甘い匂いがいつもより近いし、ほんのりと体温を感じるのだ。
お陰で、昨日抱き締めた事や香り、柔らかな感触を思い出して悶えたくなる。真昼のあまりの姿に思わず抱き締めてしまったが、かなり大胆な行動だったのではないだろうか。
真昼は嫌がっていなかった、というよりは最後自ら抱き締めてもらいに来ていた。
それだけ信頼をされているし甘える対象として見られているという事なのだが……周には、嬉しくもあり困りもする。
(……そういう事をされると、調子に乗りたくなる)
甘えてくれるのは大歓迎ではあるが、異性として好かれてるんじゃないかと自惚れそうになる。
そうだったらどれだけよい事だろうか。
もう、自分を偽りきれないくらいに真昼に惹かれていると自覚してしまったため、今後の彼女との距離感に苦心する事になっていた。
普通に触れてもいいのか、どこまで触れてもいいのか、なんて悩みを抱える羽目になるとは思ってもみなかった。
幸か不幸か、真昼は周の葛藤を知らないで寄り添って穏やかな表情をたたえている。
この衝動をどうにかしたい周としては、割と辛い。
両親のトラウマがあるので、おそらく男女交際については否定的な真昼に、この感情を知られたくはない。軽蔑されるとは真昼の性格的に思わないけど、そっと引かれそうで怖いものがある。
正面からまた抱き締めたいとか体に触れたいとかキスしたいとか、付き合ってもない男が思っていたなんて、女性からすれば恐怖でしかないだろう。
真昼の事は大切にしたいからこそ、そういった感情を見せないようにしたい。
「……周くん、どうかしましたか?」
「ん、いやなんでもないよ」
「そうですか?」
考え事をしていたのに気付いた真昼がくいっと服の袖を引っ張るので、周はいつも通りの表情で首を振る。
流石にちょっとやましい事を考えていたとかは言えないので、何か話を逸らしたいところだ。
「あー、そうだ。もうすぐ二年生だな」
「そうですね」
春休みも残り数日となったので話題に出してみると、先程の疑問は忘れてくれたようで乗ってくれる。
「二年生になったらクラス替えありますね」
「クラス替えかー。樹か千歳辺り一緒に居るとらくなんだけどさ」
「……そうですね。……クラス替え、楽しみです」
「楽しみ?」
「周くんと一緒のクラスになれるかなあって」
ほんのり照れ臭そうに笑った真昼に、周はソファの肘置きに頭をぶつけたくなった。ついでに胸もかきむしりたくなる。
「……別に話しかける訳じゃないぞ?」
「だとしても、落ち着きますから。それに……ちゃんと、見てくれるんでしょう?」
「ストーカーにならない範囲でな」
「……周くんに見られたところで怒ったりはしませんけど」
いっぱい見てくださいね、と無邪気に言う真昼があんまりにも純粋すぎて、やましい気持ちを少しでも抱いた周としては彼女を直視出来ない。
見てほしいとは見守ってほしいという意味なのに、それ以上に聞こえてしまう。
本人は他意がないのだから、こっちが勝手にそういう意味に捉えては駄目だろう。
んんっ、と喉を鳴らして自分のあらぬ勘違いを流しつつ、肩を竦めてみせる。
「見てたら他人が気持ち悪がるだろ。こんな見かけだし」
二人きりならまだしも、学校で真昼を見ていたら恐らく根暗男子の他にキモい奴という称号を与えられるだろう。
そもそも学校ではほぼ無関係という事にするつもりなので、あまり意識しているとは知られたくないのだ。
ただ、真昼は微妙に不満げだった。
「そんな顔されても」
「……周くんは、髪切らないのですか?」
「なんだよ唐突に。揃える事はあっても短くしようとかはあんまない」
「勿体ない……」
「あのなあ」
「でも、かっこいい周くんの姿は私だけの秘密っていうのもそれはそれで」
今日の真昼は何だかいつもよりも周に対する態度が非常に甘いというか、いわゆるデレを見せている気がした。
普段なら耐えられるものが、色々と自覚した周には致命傷になりそうである。
顔が赤くなりそうなのを誤魔化すように「……別に、かっこよくなんて」とこぼした瞬間に真昼が不服そうな目でぺしりと腿を叩いてくる。
何が言いたいかは分かっているのだが、気恥ずかしくて視線を合わせられない。
「わかったごめんごめん。お前の美的センス的にはかっこいい、これでいいか?」
「あんまりよくないですがよろしい」
一応納得してくれた真昼は、周に手を伸ばして前髪を持ち上げる。
すっきりした視界は、真剣な瞳の真昼を写した。
「周くんこそ、自分を卑下してますよね? ちゃんとかっこいいのに」
「……正面切って言われると恥ずかしいんだが」
「周くんがいつも私に言ってるのですから、周くんも甘んじて受け入れるべきですよ?」
私だって恥ずかしかったです、と自信満々に言っている真昼に、確かに可愛いと言われてこれでもかと顔を赤くしている姿を思い出す。
周が褒めると素直に照れてしまう真昼が可愛いので、素で称賛を口にしてしまうのだが、その度に照れている真昼としてはたまったものではないのだろう。
「……お前だけだよ、俺にそういう事言おうとするの」
「周くんはもっと自信つけるべきですよ? 私を慰めた人が自信ないのはだめです」
「……そういってもさあ」
「周くんは私を助けてくれたし自信を持たせてくれました。すごく感謝してるのですよ。……周くんも、自信をつけてほしいです。周くんは、優しくてかっこいい素敵な人です」
「……お、う」
そんな事を真正面から言われたら照れずにはいられない。
ただでさえあまり褒められる事のない周としては、真っ向から、それも自分が好きな女性に本気で褒められて、非常に居心地が悪かった。
当然嬉しいのだが、気恥ずかしさの方が先に立つ。
というか気恥ずかしさの割合の方が圧倒的に大きくて、もどかしくて、周は気を逸らすためとごまかすために真昼の頭に手を伸ばしてわしゃわしゃと頭を撫でた。
「ちょ、あ、周くん……」
「うるさい」
「……い、いいですけど、ぐしゃぐしゃにしないでください」
女の子には乱暴な手つきだったかもしれない、と慌てて優しく梳かすように撫でる手付きに変えると、真昼は素直に頭を差し出してくる。
彼女から『もっと撫でてください』という副音声が聞こえたのは、周の都合のよい妄想のせいだろう。
それでも嫌がられていないので、艶やかな髪を整えるように撫でた。
(……甘えてくれてるんだろうか)
今まで甘える人間が居なかったゆえに、初めて事情も本音も全部知った相手が出来て甘えたくなったのかもしれない。
ならもっと甘やかすべきだろう、と自分の触りたいという不埒な感情を心の奥に押し込んで、望むままに優しく頭を撫でてやった。
終わった後に真っ赤な顔で俯いてしまった真昼に、調子に乗って散々撫でた周も顔を赤くした事は、ある種当然の流れだった。
感想は明日明後日に返します。今日はちょっと時間がなくて無理です、ごめんなさい。(朝起きたらめちゃくちゃ感想がきていてびっくりしました。いつもありがとうございます!)
あととりあえずこの話で一年生編は終了です!
次の話から二年生編に入りますので、二人がどうなっていくのか今後とも見守っていただけたら幸いです(´∀`*)
(早く季節夏にして周くんの実家にお邪魔編とプールのお話書きたい。修学旅行とか知らない子です)