61 天使様と理解者
「はーんおいしかったー!」
昼食を食べ終えた千歳は、実にご満悦そうにお腹をさすった。
表情からも大満足というのが伝わってくるので、真昼は嬉しそうに微笑んでいる。人に振る舞うのが好きらしいので、今日の突然の襲撃も本人的には悪くないのだろう。
「いやー椎名さん何でも作れるよね。半熟オムレツ、よくあそこまで中とろとろでオムレツの形を作れたなあ」
「料理を教えてくれた先生のお陰ですね」
「料理習ってたの?」
「ええ、まあ。一人暮らしをしても困らないように、誰かに振る舞っても恥をかかないように、と」
「へー! こんなに料理出来るようになったんだったらすごい先生だったんだね!」
真昼が言っているのは恐らく以前言っていたお手伝いさんの事だろう。
真昼の実家で真昼に唯一優しくしてくれた人に違いない。
「私もその人に教えてもらったらこんなうまくなれるかなあ」
「お前は好奇心を抑えて冒険しなければそれなりのは作れるだろ」
「え、冒険しなきゃ始まらないよ?」
「それさえなければお前は大体何でも出来るのになあ……その好奇心と悪戯心が台無しにしてるんだよなあ……大人しくレシピ通りに作ればいいものを……」
千歳はふざけなければ平均以上に大体こなせるのだが、その落ち着きのない性格と悪癖のせいで大体評価がワンランクは落ちるのだ。
猫のように自由気ままでマイペースな性格な千歳が猫を被らないのが問題なのだろう。大人しく出来るには出来るらしいが、疲れるそうだ。
猫を被る事を意識出来るなら聡明な女性になるのだが、本人の素がそれを許さないらしい。
「料理もそうだけど、少しは言動に落ち着きを見せろよ。ここにいい例が居るだろ」
「えーん、まひるんみたいにはなりたくてもなれないなあ。窮屈そう」
「それは椎名に失礼だろ」
「うん、でもまひるん窮屈そうっていうか、息がつまってそうだなって」
時折、千歳は驚くほど本質を見抜く時がある。
「学校のまひるんってつまらなさそうだから」
「……そう見えますか?」
「んー。クラス違うから正確には分かんないけど、つまらないっていうか数歩引いたところから全体を俯瞰してるって感じがするね。誰にでも優しくしているようで、その実誰にも心を許してないなーって見えちゃうな」
おそらく、というよりは確実に千歳の予想は当たっている。
誰にも優しく仲良くするいい子の振る舞いをしているが、その仮面の内側には極少数を除いて入れていないのだ。
真昼はいい子であろうとしているからこそ、素の自分を見せる事を忌避している節がある。
それを本人が一番自覚しているので少し表情を曇らせたものの、千歳はにっこりと笑って隣に居る真昼に腕を伸ばした。
「こうした私的な場だとまひるんすごく可愛い顔してるから、こっちが素なんだなあって分かるよ? 私はこっちの方がすきー」
えへー、と笑って真昼にぎゅっとくっつく千歳に、真昼は一瞬困惑したように視線を泳がせたが、嫌ではなかったのか控えめに千歳に触れている。
「まひるんはねー、もっと素直でもいいと思うんだー。ほら、周とかまひるんの事甘やかせるよ? あれはなんだかんだ懐に入れた人にはすんごく甘いから、まひるんなら甘えればイチコロだよ?」
「しませんっ!」
「えー?」
「……千歳さんの期待する事はありません」
ぷい、とそっぽを向いた真昼に、千歳は笑顔で「そーお?」と返して、何故かこちらを見た。
見られてもこちらにはどうしようもないだろう。真昼が頼ってこない、弱りきっていない限り、真昼を甘やかすなんて事は出来ない。本人は自分の足で立つ事を望んでいるのだから、その意思を尊重した方がいいだろう。
ただ、万が一……甘やかしてほしい、なんて言われたら……やぶさかでもないのだが。
躊躇のしようがない。一人で抱えているものをこちらにも見せて支えて欲しいと願われたなら、当たり前のようにその小さな背中を支えようとする自信がある。
それだけ入れ込んでいる、なんて改めて気付いて気恥ずかしくなるものの、表には出さず千歳と真昼の触れ合いを眺める。
「いやあ、美少女同士仲良くしてるのは目の保養になりますな」
「言ってろ」
樹の変態くさい発言はスルーしておき、仲良さそうにしている二人の姿を見て、真昼にもちゃんと素を見せられそうな同性の友人が現れてよかった、と小さく安堵した。
千歳のお泊まりは、当然真昼の家で行われた。
樹と一緒に居たがるかと思いきや「いっくんとはしょっちゅうお泊まりしてるからまひるんとがいい」と、夕食後喜んで真昼の家に向かった。
二人が非常に仲がよく千歳の家に泊まったりもよくあるのは知っていたので、発言は別におかしくはないのだが……なんというか、お泊まりをよくするという事実が微妙に気恥ずかしさを覚えてしまう。
そんな周に樹が「何想像してるんだむっつりめ」と囁いたので、とりあえず足を踏んでおいた。小指を踏まなかったのは慈悲である。
「お前さー、照れ隠しに足踏むのやめない?」
「邪推するおまえが悪い」
就寝時に愚痴られたものの、周はそっぽを向いた。
本気で踏んでいる訳ではないしすぐに痛みも引く程度の力加減だったから樹も責める様子はない。というより男同士の軽いじゃれ合いみたいなものに目くじらを立てる事は双方ないのだ。樹にもはたかれたりするので、よくある事である。
「別に今時お泊まりとかよくあるだろ。普通だ普通」
「それは分かってるから。つーかこの話もういいだろ」
「男ならそういう話をするのが定番かと思って」
「定番じゃねえし結構だ」
一々友人カップルの生々しい話など聞きたくないので、話は終わりだと樹を睨めばけらけらと愉快そうな笑みを向けられる。
「お前、ほんと草食っつーかうぶだよなあ」
「ぶっとばすぞ」
「まあ、だからこそ椎名さんも心を許したってのはあるんだろうなあ。お前ががつがつしてるなら絶対近寄らなかっただろうし」
よかったな! といい笑顔で親指を立てられたので、周は真昼にはまず見せられないような渋い顔を樹に向ける。
ただ、樹には全く効果がないようで笑い声が上がった。
舌打ちしつつ樹を睨もうとして、そこで手元にあったスマホから軽快な電子音が響く。
メッセージ受信の合図に設定されている音で、樹を睨むのは一旦やめにしてスマホの画面を表示すると、どうやら千歳からメッセージが来ていたらしい。
明日の予定でも聞いてきたのかとアプリを開くと、メッセージが一件と、写真が送られているようだった。
『見て見てまひるんかわいい!※許可は取ってるよ』
そんな一文と、写真が添えられていた。
写っていたのは、真昼がベッドの上で正座を崩した姿だ。背後には寝室の様子が写っている。
それだけなら何とも思わなかったのだが、問題は服装や表情である。
彼女は寝間着を着ていた。
それはまあ普通の事なのだが、寝間着として着ているのが長袖のゆったりしたワンピースタイプの寝間着、いわゆるネグリジェというやつで、真昼の品と清楚さを際立たせている。淡いピンク色なのがまた女性らしさを引き上げていて、実に可愛らしかった。
お風呂に入りたてなのか、袖や開いたえりぐりから覗く肌は、全体的に火照ったように内側からほんのりと色付いている。
お陰で露出はないのに妙に色っぽく、それでいて清楚という相反するような印象を同時に抱かせた。
そして、何よりも目を引いたのが――真昼の表情だろう。
周の贈ったくまのぬいぐるみを膝の上に置いた真昼は、カメラを見ずに伏し目がちになっている。
ただ、あまり俯いていないので表情は隠れきっておらず、恥じらいの表情が写されていた。
頬に浮かぶ薔薇色は、風呂上がりのせいだけではないだろう。
恥じらいにも、悩ましげにも見える表情は、普段の色っぽさを何倍にも増幅させている。
それでいて、膝の上に載って手を添えられているくまのぬいぐるみのせいで愛らしさも増しているのだから、写真だけだというのに頬が内側から熱くなってしまう。
(――あんの、ばか)
こんな写真を送ってきてどうするつもりなのだ。
何故寝る前の周に見せたのか。こんなものを見せられて、何事もなかったかのように寝れる訳がないだろう。
「なにスマホ見て顔赤くしてるんだ。いかがわしい画像でも見てるのか?」
「んな訳がないだろうが!」
「じゃあ何見てるんだよ」
ひょい、と覗かれて、隠す暇もなく樹の瞳がスマホに表示されたメッセージを写して、それからにんまりと笑みを浮かべる。
「なるほどなるほど。周君はうぶですなあ」
「永久に眠ってろ」
「暗にしねって言ってない?」
「直接言おうか?」
「つれないですなあー。いやいや、でもまああの天使様のこんな格好見せられたら、男ならグッと来るよなあ。いやちぃが一番だけど」
「のろけてろ馬鹿野郎」
ったく、と掌で髪をかきあげてため息をついたところで、かしゃりとシャッターの下りる音がした。
「……樹」
「いや、ちぃの方から周のも記念に撮っとこうぜってきたから。別に野郎の写真なんだからいいよな?」
「いいけど俺を撮って何の意味があるんだよ……」
「別に他人に流出させる訳ではないから安心しろ。あと意味はある」
何の意味があるのか全くわからない周が呆れたように樹を見ても、樹はただ満足したように笑うだけだ。
自分を撮ってもどうしようもないだろ、と小さくぼやきながら大きく息を吐き出した周に、樹は「何でこいつこんなに自分に無頓着なんだか」と周よりも小さい声で呟いた。
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