59 三人での食卓
夕食の時間になり三人で真昼手製の料理を囲んでいるが、樹は実にご満悦そうな表情だった。
「うめえ……」
「ありがとうございます」
姿勢よく食べている真昼は穏やかな表情を浮かべている。天使様の微笑みではあるが、秘密を知っている相手という事なので少し素の方が出ている。
樹は夢中になって料理を口に運んでいた。
樹は周より食べる量が多いと事前に言っていたので多目の盛り付けだが、それすらあっさりと平らげそうである。
「やー、こんな料理を毎日食べられる周は幸せ者すぎるというか……」
「それは自覚してる。今日のも美味しいよ」
「……ありがとうございます」
味噌汁を啜ってから感想を口にする。
自然と頬の緩む、このほっとするだしの風味や味噌の風味がたまらない。毎日飲んでも飽きないというのは実はすごい事なのだが、作り手本人はあまり自覚がないようなので褒めるのは日課となっている。
本人の人柄が滲み出たような優しい味は舌だけでなくて胸まで心地よくなるので、樹が夢中になるのも頷けた。
「はー、うまい」
今日は周の好物のだし巻き玉子を作ってくれてるので、いつもに比べて二割増しで食が進む。もちろんいつも美味しいのでおかわりする勢いなのだが、やはり卵料理があると食欲が違う。
うまいなあ、と滋味溢れる料理に舌鼓を打っていると、樹がこちらと真昼をちらちらと見ている。
「……比翼」
「何か言ったか?」
「いーやなんでも」
わざとらしく首を振ってご飯をかきこんでいる樹にそれ以上追及はせず、周は穏やかにこちらを見つめる真昼に肩を竦めてみせた。
夕食後、真昼は早めに帰宅した。
普段なら周が風呂に入る手前、二十二時前まではこの家に居るのだが、今日は樹が居るので遠慮して帰ったのだろう。周が洗い物をしている間に樹と何か会話していたらしく、ほんのり気まずそうにしていたので、そのせいもあるだろう。
樹に何を話していたかと聴けば「世間話とちぃの事」と返ってきてそれ以上は追及出来なかったが、確実に他の事も話題にのぼっていた気がする。
「なあ周」
就寝前、周の部屋の床に布団を敷いていた樹が、ベッドに腰かけた周を見上げる。
「なんだよ」
「お前、椎名さんにあれだけ優しい顔しといて好きじゃないとかないだろ」
「うるせえ」
「はたから見てるとめちゃくちゃでれっでれだからな」
「追い出すぞ」
「いやん」
まだ言うのかこいつ、といった眼差しを向けるものの、樹に反省の様子はない。
ただいつものにやにや笑い、というものではなく、どこか感心したような、嬉しそうな表情だ。
「まあお前が素直ではないのはいつもとして。俺としては嬉しい訳ですよ。周のいいところを知ってくれる人が現れて」
「は?」
「なんで喧嘩腰なんだよ……。お前さ、クラスのやつらには多分根暗でぶっきらぼうな存在感薄い地味系男子って思われてるからさ」
「それは自覚してる」
クラスの中での周の立ち位置は、地味で無愛想なこれといって特技もない目立たない男子、といった所だ。試験後に張り出される順位を見ている人間ならほどほどに頭のいい、といったものが付け足される程度。
樹のようなあか抜けた明るいイケメンや門脇のような爽やか王子様系イケメンといった濃い面子からすれば、周など無個性にも近い。
意図して目立たないようにしている、というのもあるが、周の評価は決して高くないのだ。
「でもそれって外見だけの評価で、お前の中身の評価じゃない。中身を見てもらおうにも、ある程度内側に入らなきゃお前のいいところは見えにくい」
じっと、樹が周を見据える。
居心地が悪くなったのは、樹の目が冗談やからかいの色を孕んでおらず、真剣なものだったからだろう。
「お前がすげぇいいやつなんだって知らないのは勿体ないっつーかさ。だから、椎名さんがお前の中身見て仲良くしてるのは、俺としては嬉しい訳ですよ」
「樹……」
「なのではやく付き合ってダブルデートしよう」
「お前結局そこに行き着くんかい」
ちょっと感動して損した気分になったのは悪くないだろう。
ただ、樹は樹で茶化さないとやっていられないのか、ほんのりと頬が赤くなっていて、照れ隠しなのだと推測も出来る。
「ちぃも喜ぶだろ」
「一人で……もとい二人で行ってこい。俺らを巻き込むな。つーか仮にそういう関係になったとしても、俺の格好で行けるか」
「いやあそれは例の男フォームになってもらおうと。つーか例の男フォーム見たい」
「嫌だ」
「あれか、椎名さんだけに見せてあげたいという男心か」
「樹、寒空の下永眠するか黙って温もりを享受するか選べ」
「さーせんした」
布団の上で正座して謝った樹に「まったく」と呆れた声を送る。
樹としては、周に彼女が出来たら周も日々が楽しくなるという魂胆があったのだろう。
(……真昼と交際とか、ないだろ)
ただでさえ面倒見てもらってるし迷惑もたくさんかけているというのに、付き合ったら何から何まで頼りにしてしまいそうで怖い。既に駄目人間だというのに、付き合ってしまえば更に堕落へと一直線だろう。
そもそも、真昼はおそらく異性を忌避している。
周や修斗、周が信頼している樹にはそう拒否感は示していないのだが、たまに学校で見かける真昼は異性に対しては他の女子よりも壁が厚い。天使様の仮面を被りつつ綺麗に違和感なく距離を置いている。
あの告白されっぷりで交際経験がないのだから、男性そのものを避けているというのが近いだろう。
たとえ周だとしても、拒絶される事なんて見えているのだ。
そもそも、生半可な気持ちで相手に好きと伝えるのは失礼だと思ってすらいる周なので、現状真昼とどうこうなりたいとは思っていない。
真昼もそんな気持ちは持っていないだろうし、付き合うなんて馬鹿げた妄想なのだ。
「……でもまあ、椎名さんがあれだけお前を信頼してるんだ。それを全部あり得ないとか言って否定する前に、ちゃんと見てやれよ」
周の心を見透かしたように告げた樹に、周は「……そうかよ」とだけ呟いて、布団に潜り込んだ。





