55 天使様とホワイトデー
ホワイトデー当日、周は妙に緊張した面持ちで真昼が訪れるのを待っていた。
学校はバレンタインデーよりざわついた空気はないものの、やはり勝者達がお返しをしようとそわそわしていたり女子達がお返しを期待している空気があった。
ちなみに門脇は律儀に一律お菓子でお返しをしていたのだが、あれだけで数万は飛ぶんだろうなと眺めているだけで遠い目になった。
周は学校で渡す訳ではないのでこうして真昼の訪れを待っている。
今日は先に帰って心を落ち着けているのだが、やはりどうも贈り物をするのは苦手なので緊張してしまう。
一応、普段着のスウェットやジャージではなくて白シャツの上にグレーのブイネックニットのレイヤードスタイルにチノパンを合わせたものを着用している。
普段のだらしなさは見えないとは思うのだが、どう受け取られるかは分からない。
そわそわ、と落ち着かない様子で真昼の訪問を待っていると、玄関の方から解錠音が聞こえる。
反射的に居ずまいを正してしまったのは、緊張ゆえだろう。
いつも通りに合鍵を使って入ってきた真昼はリビングに顔を見せて、それから周を見て固まった。
「え、な、何でその髪型」
「一応ホワイトデーだし正装というか、きっちりした方がいいかと思って……。違和感あるなら落としてくるけど」
どうやら真昼を驚かせる事には成功したようだが、あまり受けはよくないのかもしれない――と腰を浮かせたら、真昼がぶんぶんと否定するように手を振る。
「そ、そんな事はないですけど、びっくりした、というか」
「そうか」
真昼は真昼で落ち着かなさそうなので、こういう格好より普段の方がよかったかもしれない。
隣に座りつつも、そわそわとした様子だ。
「……やっぱり落ち着かないなら戻そうか?」
「い、いえ、そのままでもいいです、けど……その、……無駄にかっこよくて」
「無駄にって何だよ」
「い、いつもは落ち着いた雰囲気で、安心出来るのに……それは、落ち着かないです」
「じゃあ落として」
「……そのままでいいです」
きゅ、と袖を握って見上げてくる。
羞恥からか、ほんのりと赤らんだ頬やとろりと湿った瞳で見上げられると、心臓がどきりと跳ねてしまう。
本人は意図していないのだろうが、服を掴まれて上目使いというのは、中々にクる体勢なのだ。近さゆえに甘い匂いがして色々と辛い。
否応なしに意識してしまうのだが、真昼は真昼でこちらの格好に意識しているのかもぞもぞしつつ周を留めているので、二人して頬が赤くなっている。
それが何よりも居心地悪かった。
視線をさまよわせつつ「お、おう」とぎこちなく返して、それから誤魔化すように側に置いてあった紙袋を彼女に無造作に突きつける。
「ほれ、お返し。あんま期待しないでくれよ」
「……ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「おう」
目の前で開封されるのは気恥ずかしいのだが、止められはしない。
一応かっこつけ程度にベルベット地の小箱を買って入れてみたのだが、中身が釣り合っていない気がするので余計な事だったのかもしれない。
白い指先がそっと濃紺の箱を開けると、中には先日買ったピンクゴールドのブレスレットと、おまけとして折り畳まれた紙が佇んでいる。
真昼はあまり目立つようなアクセサリーは好まないらしいので、シンプルさと品を重視した花モチーフのブレスレットだ。
所々にキラキラと光を受けて輝くクリスタルガラスがあしらわれていて、可愛らしさと優美さも兼ね備えたデザインとなっている。
箱に収まったブレスレットに、カラメル色の瞳はそのピンクゴールドの輝きをずっと見つめている。
「その、趣味に合わなかったか?」
「ううん、可愛いです」
「そりゃよかった。真昼に似合うと思って買ってきたつもりだったから」
「……ありがとうございます」
似合うと思って、という言葉に恥ずかしそうに瞳を伏せている。
そのいじらしさに、思わず息をつまらせた。
「……あと、これは?」
目をそらしたいのに釘付けになってしまって真昼を見つめていた周だったが、おまけとして仕込んだものに真昼が気付いたので頬をかく。
「あー、それか。いや、その、何か足りないかな、と。お世話になってるし、その、願いくらい聞き届けたかったから」
おまけとして中に入れたのは、手作りの『何でも言う事を聞く券』という子供騙しのような券である。三回の回数券で、周が描いたくまのイラスト付きの代物だ。我ながら上手く出来たと周としては思っていたりする。
普段からお世話になっているので、真昼が何かしたいといったささやかな願い事は出来うる限り叶えてあげたいが故におまけとして入れたのだが、真昼が描かれたくまに注目しているらしく肩を震わせている。
「ふ、ふふっ、周くんの手書きですかこのイラスト」
「うるせー下手くそだよ悪いか」
「ううん、味があっていいです」
暗に下手くそと言われている気がしたのでむむっと眉を寄せたものの、真昼が無邪気な笑顔を浮かべているため、文句を言う気も萎んだ。
「……じゃあ、早速使ってもいいですか?」
「なんだ?」
いきなり使うとは思っていなかったが、真昼が何か周に頼みたい事があるのならば、叶えられる範囲で叶えるつもりだ。
そう思って見つめた周に、真昼はそっとブレスレットの入った箱を、周に向けた。
「……周くんが、着けてください」
「それくらい回数券なくてもするよ。……仰せのままに」
紡がれた願いは本当にささやかなもので、周はそんなのお願い券がなくても頼まれればするつもりだと苦笑した。
もっと大きな事に使えばいいのに、可愛らしい願いを口にした真昼の慎ましさや可愛らしさに自然と表情も柔らかくなる。
手を差し出されたので、周は箱を受け取って膝にのせてからブレスレットを取り出す。
しゃらりと細い鎖がこすれる音を聞きながら、壊さないように丁寧に金具を外してそっと手首に巻き付ける。
丁寧に、を心がけて金具をはめてやれば、真昼の細い手首を彩るように柔らかな色のブレスレットが鈍く輝いた。
やはり、真昼の白い肌にはこの色が似合う。
清楚美人といった美貌なので、派手なものより控えめで品のあるものが似合うと踏んだのだが、選択は間違っていなかったと胸を張って言えるだろう。
「ん、似合ってる」
「……ありがとうございます」
触れっぱなしもよくないとそっと手を離せば、真昼はブレスレットのはまった手首を優しく抱えるように胸に当てて、ふわりと笑みを浮かべた。
淡く頬を紅潮させて緩みきれない口許をそのままさらけ出した笑みに、周は目をそらそうとしてもあまりに魅力的で出来なかった。
満面の笑みとも違うしとやかさとあどけなさを含んだ甘い笑みが、頭に焼き付く。
いつも見せる呆れたような笑みや純粋な喜びともまた違う、どこか幼さを残しつつも女を香らせる美しい笑みはしとやかでいて蠱惑的で、周の視線を吸い寄せて離さない。
(……きっつい)
そんな笑みを見せた事も、そんな笑みを見せてくれるのは自分だけという事も、辛い。
否応なしに跳ねた心臓を飼い慣らすためにもと目をそらそうとするが結局出来ず、真昼が見つめられている事に気付いて羞恥からクッションで顔を隠すまで、彼女を眺め続けた。
レビュー二件いただきました、ありがとうございます!(´∀`*)